『悪いことした?』#目を閉じる シロクマ文芸部 お題 ショート小説
目を閉じる。死は急速に訪れるはずだったのに、なかなか訪れなかった。
私は病気でも、事故にもあってない。自分で選んだ死でもない。
私は殺される。なんで殺されなきゃいけないのかわからない。幸せになりたい、ただの女の子なのに。すっごく努力した。お料理も、作法も、自分磨きも。皆もしてるでしょ?愛される努力してる?
そんな私が死刑だなんてありえない。
すっごくモテるのよ。どうしてかって?胃袋を掴むのよ。美味しいものを食べさせて、ひたすら尽くすのよ。男は途切れなかったわ。容姿に恵まれていないのは少し認める。でも男の人は多少ぽっちゃりした女性が好きだし、皆、私の声がかわいいと言ってくれたわ。
とにかくマスコミも、判事も、聴衆も、うるさいこと。自分の女としての魅力を利用して、男たちをたぶらかしたのがそんなに悪いこと?
彼らだって楽しんだのよ。幸せだなって皆言ってたわ。幸せになるためにはお金はかかるものなのよ。学校に通うって嘘ついたのは悪かったかもしれないけど。
楽しかったな。帝国ホテルのランチ、エステ。高級ブランド店のはしご。
自分より何十倍も美しい女が、
「鬼島さまは、本当にグラマーで、綺麗で羨ましい」と自分を讃える。
高級店の紙袋を、外車まで持ってこさせる瞬間、店に入るなり、店員が駆け寄ってきて。名前を連呼する瞬間。安物のアクセサリーを選ぶ女の前で、値札を見ず購入する喜び。
そして滅多に市場に出回らない肉が、口の中で溶ける瞬間、お取り寄せスイーツ。想像して、生唾が出た。忌々しい刑務所のご飯のせいで、味覚が落ちた。今ならコンビニのエクレアでも美味しいと言ってしまうかもしれない。キルフェボンのケーキが恋しい。
一ついいことがあった。不味い刑務所の食事のおかげで、すっきり痩せて綺麗になった。誰にも綺麗と言われない。刑務所だと美意識の高い人間も、クラッシックを語れる人間もいない。
どうして死ななきゃいけないの?リア充してたのに。僻まれて死刑になるなんて、マリーアントワネットと同じだわ。それはそれで、少し嬉しくなった。
「かなえちゃんは、めぐさい(器量がよくない)から、心がきれいなじゃないとお嫁に行けないよ」
「何よりも心が綺麗な人だね」
だからこれからでも遅くないわよ、生きていれば。なのにどうして。
北海道の、凍てつく空の下、見知らぬ男が果てて、自分に覆いかぶさった。
男の重さを感じながら、空を見た。
その瞬間、星一つない漆黒の夜が空ごと落ちてきたのであわてて、目を閉じた。
魅力的な肉体は二度と動かなかった。
完
