北マケドニア旅行🇲🇰
こんばんは!
スウェーデンからのフライトで北マケドニアの首都スコピエに来ましたのでその様子をお伝えします。宜しければご覧ください😊
北マケドニアはどんな国?

東欧に位置する、旧ユーゴスラビア社会主義連邦共和国を構成していた国の一つ。同構成国の中では最も発展が遅れていると言われています。
2019年まで国名を巡ってギリシャと論争を繰り広げていましたが、そもそも「マケドニア」という国名は古代ギリシャのマケドニア王国に由来し、北マケドニアにおける旧マケドニア王国の占める面積が少ないことや、同国の大半を占めるスラブ人はマケドニア人(現在のギリシャ人)とルーツが異なることなどから国名を北マケドニアに改称することで合意しました。
インドのコルカタを中心に貧困や病に苦しむ人々を救済するために生涯を捧げ、ノーベル平和賞を受賞したマザー・テレサは北マケドニアの出身であり、首都スコピエには彼女の記念館があります。
1日目 なんとか宿に辿り着く
…→デンマーク→スウェーデン→北マケドニアと移動してきた私ですが、デンマーク後半からかなり重めの風邪を患っており、フライトで無事北マケドニアに到着したはいいもののもはや入国審査の列に並ぶ元気もなく、近くにあったベンチの横にカバンを置き、カバンに寄りかかる形でうつらうつらしていました。
しばらくして列に並ぶ人もいなくなり、ああ早く行かなければと思いながらも起き上がる気力すらなく、虚ろになりながら税関を眺めていると、
「おい大丈夫か。とりあえず入国審査受けて、眠るならその後にしなさい。」と警備員に注意され、力なく起き上がり入国審査を抜けました。

スコピエ国際空港からスコピエ市内までは低頻度でバスが出ているのですが、バス停まで歩く気力もなく、しばらくベンチに座ってカバンに寄りかかりながら休憩していました。
とりあえず何か食べないとヤバそうだったので空港内のカフェで謎スイーツも食べました。
宿はAgodaから最安の個室のものを選択したのですが、

な…ながい…
長文のオートメッセージが送られてきました。しかもAgodaは仕様で外部リンクを送信できないようになっているので、正確な住所やチェックイン手順が記載されていると思われる一番重要なリンクが隠されており宿泊情報については全く分かりません。
とりあえずwhatsappを通してオーナーに連絡を入れ口頭で上記の情報を教えてもらい、その後空港前でタクシーを捕まえ宿に向かいました。
空港前にいるタクシーの料金は一律(タクシー乗り場の掲示板に記載あり)で25ユーロ(≒4500円)でした。具合が悪すぎて道中の写真はありませんが、25kmほどの道のりを約30分かけ宿に到着しました。
しかしここで問題発生。口頭で伝えてもらったパスワードをもとにキーボックスのロックを解除するも、中に鍵が入っていませんでした。オーナーに連絡すると10分ほどでオーナーがやってきて、「ごめんね。」と言いながら鍵を渡してくれました。
自室に入ると、これでやっとゆっくりできる…と安堵し、薬を飲んでそのまま床につきました。
2日目 倒れる
起床すると深夜の3時頃でした。体温計を持っていないので具体的な体温は分かりませんが、体調が悪化の一途を辿っているのは分かりました。
そしてトイレに行こうと立ち上がった瞬間、全身の力が抜けその場に倒れこみました。目の前はチカチカしていて視界が悪く、全身が痺れ始めます。
なんとか自室のドアを開け廊下に出ると、"HELP ME!"と全力で叫び続けました。深夜3時に大声で叫ぶ人間普通にめっちゃ迷惑ですが、かなり緊急性があったので許してください宿泊者の皆様()
3分くらい叫んでいると「おいおい、こんな夜中にうるさいじゃないか。」と目の前の部屋から男性が出てきて、少々怪訝な顔をしながらも「ほら立てるか?」と肩を貸して私を自室に連れて行ってくれました。
一応クレカ付帯の海外旅行保険が有効だったので「とりあえず救急車呼んでくれませんか?」と頼んだのですが、「まあまあ落ち着けって。多分君インフルエンザだよ。」とかなり冷静な様子で、コップ一杯の水と謎の薬を差し出されました。
普段なら警戒するところですが、男性の奥さんらしき人もおり、悪意はなさそうだったので言われるがまま薬を飲みました。

「食べれたらこれも食べなさい。」と、皮をむいたキュウリ、オムレツ、パンも焼いてくれました。すると30分ほど経ち、薬が効いたのか体の痺れがだんだんと取れていきました。
とりあえず緊急性が薄れてきたので、「本当にありがとうございました…!!」と何度もお礼を言い、また男性に肩を借りながら自室に戻りました。
その後余った夜食、水、必要日数分の薬までくれたので、せめてものお礼に100ドルを渡そうとしましたが、「いいか、別に何か見返りを求めて君を助けた訳じゃないぞ。困っている人がいたら助けるのは我が国では当たり前のことだよ。」とイケメンな一言を残し自室に帰っていきました。
しかし私が宿泊している部屋と違いかなり広い構造で、なおかつキッチンまでついているのはおかしいなと思っていたのですが、後々ここの宿のオーナーであることが判明しました。(多分鍵を渡しに来たのが娘さんで、そのお父様)

それからまたしばらく寝ていたのですが、午後2時30分にオーナーがサンドイッチを作ってきてくれました。
3日目 ご飯食べて寝るだけ

オーナーからもらった薬を深夜、昼、晩、朝と飲んでいたらギリ出歩けるくらいまで体調が回復したので、近くのレストランにグラタンを食べに来ました。食欲が全然戻ってなかったので半分くらい残してしまいましたが美味しかったです。グラタンとスプライトでクレカ支払いお値段987円。

4日目 ご飯食べて寝るだけ②

今日も昨日と同じ場所でご飯を食べました。昨日と比べるとまずまず快復しており、なんとか完食できました。お値段1672円。


深夜にオレオと牛乳を買ってきました。
5日目 ある程度回復

おはようございます。昨日今日の一日で見違えるほど回復し、まだ遠出は難しいですがぼちぼち出歩けるくらいにはなったので飯を探しがてら散策していきます。


こちらのお店でハンバーガー、ポテト、コーラのセットを購入しました。お値段1128円。
思ったんですけど物価そんなに安くないんですよね、、郊外の方とかは安いのかもですが、少なくとも首都スコピエにいる分には日本にいるのとそんなに変わらない気がします。


近くに無名の広場があったので行ってみます。



ユニークな像とユニークな落書きがありました笑

更に散策を進めていると、アダルトな写真と共にS〇X SHOPと書かれたドチャクソストレートなお店がありました😂
ちなみにこの後もボチボチ散策を進めていくわけですが、S〇X SHOPメチャクチャ見かけます。性に関する制約はだいぶ緩めなのかもしれませんね笑



宿付近のスーパーで買い物をしてから一旦宿で休憩します。

リンゴが安かったので1/2kgほど購入しました。今更ですが北マケドニアの通貨単位はディナールで、これはヨルダンやイラクといった中東の国々で多く使われている通貨単位ですが、これはデナリウスというローマ帝国時代に使われていた通貨単位に由来するそうです。

宿に戻り一休みしたら少し遠くの大型スーパーまで夕飯を買いに行きます。

歩道はめちゃくちゃ路駐されていて歩く場所がないです😂
この辺の規制も結構緩めなんですね。

ということで15分ほど歩き大型スーパーVEROに到着しました。

近くに小型のスーパーがあるのにわざわざ歩いてここまで来たのには理由があり、それはカップラーメンが食べたかったからです。
過去に何度か記載している通り私は極度のラーメン中毒なのですが、風邪や食中毒の後にはそれが特に顕著になります。カップラーメンなんて大抵小型店でもありそうなものですが何故かなく、大型スーパーに足を運びました。

中は広く生活に必要なものは一通り売っていそうな感じでしたが、やはり新興国特有と言うべきか既成食品のバラエティはそこまで多くないように感じました。
そして肝心のカップラーメンですが…まさかのなかったです。別に日本の会社が出しているものではなく、中国の辛いやつや最悪ロシアの謎パスタみたいなやつでも良かったのですが、どれだけ探してもカップ麺らしきものは一切見つかりませんでした。

仕方がないので別のものを購入し宿に戻ります。

購入したのはこちら。フルーツの盛り合わせと謎の何か()です。
この謎の何かは量り売りで、英語の分からない店員さんに伝え方が難しくかなり大量に買ってしまったなあと思っていたのですが、ふたを開けてみるとかなり美味しくおかわりしたくなりました。
二つ合わせて900円でした(普通に結構高い)。
6日目 スコピエを散策

昨日キャパ以上に動いたせいで午前中動けなかったので午後からスコピエを散策していきます。霧雨が降っています。

バスに乗ってスコピエ中心地に…と思っていたのですが、20分くらい待ってもバスが来ないので遠いですが歩いて向かいます。


遠くの山の上に十字架が光っているのが見えます。あれはミレニアムクロスという、キリスト教信仰2000年の記念に建てられた高さ66メートル、世界最大級の十字架モニュメントだそうです。こんな遠くからでも見えるのは凄いですね。


しばらく歩いた場所に見えてきました、こちらの白くライトアップされた建造物群は北マケドニアの政府庁舎です。

実はここスコピエ、まだユーゴスラビアだった時代の1963年にスコピエ地震と呼ばれる、マグニチュード6.1で規模はそこまで大きくないながらも震源が浅く大きく揺れたバルカン半島で最悪の震災を経験しています。
この地震で街の約8割が壊滅したとされ、政府庁舎も例外ではなく倒壊しました。

政府庁舎はそれから間もなく再建されましたが、現在の白塗りライトアップのアシガバードみたいな姿になったのは2017年、結構最近のことだそうです。


あと北マケドニア、公用語のマケドニア語はキリル文字なのですが、街を歩いていると結構英語を見かける気がします。


橋の下を通って目的地に向かっていますが、めちゃくちゃ薄気味悪いです😂
チラッと中を覗いたら向こう側にも広い空間が広がっていて、こうなんというか…ゾッとしました。

という訳で到着しました。スコピエ旧市街の中心地です!

この場所はオスマン帝国時代に商業地区として整備されました。辺りを見て回るとトルコ系の料理屋が多かったり、トルコ語の案内板があったり、モスクがあったり、キリスト教色の強い今までの雰囲気とはかなり違う感じがします。




ムスリムの方も多いです。

適当に入ったハンバーガ屋さんで超ゴテゴテのバーガーを食べました。コーラとセットでクレカ支払い761円でした。

北マケドニアに来てあまり物乞いの人たちは見かけませんでしたが、やはり観光客も来るエリアだけあってかこの辺はぼちぼち見かけます。

しばらく散策していたら結構遅い時間になってしまい店も閉まってきたので、そろそろ引き返します。


政府庁舎の改装と同時期に造られたヘラクレスの像がありました。

北マケドニア考古博物館を横目に橋を渡っていきます。

こちらも同時期に建てられたアレクサンダー大王像です。このように2014年プロジェクトではスコピエのあらゆる場所が改築されましたが、ただでさえ資金が限られている中で7億ドルも都市開発に投じられたのは国民からかなり不評だったそうです😅



7日目 コソボへ

今日はコソボに行きます。本当はホストに直にお礼を言いたかったのですが、鍵の返却もセルフなのでAgodaのメッセージ機能でお礼を言って宿を後にしました。

こちらの二段バスに乗って国際バスステーションに向かいます。北マケドニアのバスアプリがあり、決済はそちらから行いました。



バスを降車しました。
油が固まっていてあまり美味しくなかったですが、ケバブを食べてから歩いてバス停に向かいます。

取り忘れたので写真はありませんが、ここからまたしばらく歩いてバス停に到着しました。
チケットは事前にget by busで購入していたのですが、eチケットでバスに乗ろうとすると「カウンターで紙のチケットを発行してもらう必要がある」と言われ、カウンターに向かったところ発行手数料で3ユーロ(≒540円)取られました。
バスターミナル敷設のトイレを利用しようと思っていたところ、トイレの前に座っていた婆さんが北マケドニア語で何か言っているのでお金がかかるのかと思い財布を取り出したところ、サッと財布ごと奪われました。
急いで逃げようとする婆さんのフードを掴まえると財布の取り合いになりましたが、唯一1枚しか入ってなかった紙幣を抜かれポケットに隠し始めたので喧嘩になりました。
しばらく揉めていると、別の被害者と思われる女性が現れ窃盗ばあの首根っこを掴み始めました。いいぞ、もっとやれ。
舐められるアジア人を少しでも減らすためにそのまましつこく追っかけまわしても良かったのですが、なんせ取られたのが記念にとっておいた100,000レバノンポンド(≒173円)だったので面倒くさくてそのまま逃がしました😂

ということでバスに乗りコソボへ向かいます。乗客は結構少なめです。



そんな感じで山を越えコソボ国境に到着しました。次回は謎の国連未承認の国コソボ旅行記をお送りします!
ここまでご覧いただきありがとうございました👋
まとめ
・物価はそんなに安くない
・旧市街にはムスリム街が広がる
・目を引く建造物の数々は2014年プロジェクトで造られた。しかし国民には不評。
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