画面の中の「笑い」と、現場の「あくび」。園でのテレビ撮影で知った、情報の本当のカタチ。
以前、子供の通う園に、あるテレビ番組の取材がやってきました。
テレビでよく見る芸人さんもいらっしゃって、番組はおなじみの生放送。
私が好きな芸人さんだったので会えたこと自体が嬉しかったです!笑
「こんな機会は滅多にない!めちゃくちゃ楽しい経験だ!」
と親としてはミーハー心がうずき、
テレビの裏側を覗けるワクワク感もありました。
でも、その現実は想像以上にハードなものでした。
集合時間は、なんと朝の6時45分。
たった10分程度の生放送のために、子供たちは2時間以上前から待機し、リハーサルを何度も何度も繰り返します。
子供をその時間に連れて行くだけでも一苦労ですし、園児たちの集中力も限界です。
いざ本番を迎えた時、疲れ切ってあくびをしてしまう子がいました。
それを見たスタジオや出演者からは、ドッと笑いが起きます。
「眠いんかな?」なんていう、和やかな笑いです。
もちろん、テレビ的には「ほっこりするハプニング」でしょう。
芸人さんに会えたことも、裏側を見られたことも、親としてとても楽しい経験でしたし、番組を作るスタッフさんの熱意には頭が下がりました。
ただ、その「笑い」を聞きながら、ふと冷静な頭でこう思ったのです。
「ああ、文脈はこうやって消えていくんだな」と。
画面の向こうの人たちは、そのあくびを「子供らしい可愛い姿」として見ています。
でも、現場にいる私たちだけが、「早朝から2時間頑張った結果のあくび」であることを知っている。
映ってはいるけれど、そこに至るまでの「背景」は切り捨てられ、別の意味を持って伝わっていくのです。
高校生の時、社会科の先生が言っていた言葉を思い出しました。
「テレビのニュースも切り取られた一部だ。それを鵜呑みにするのか、そこから自分で考えるのか。その違いが大切なんだぞ」
当時は聞き流していましたが、大人になった今、この言葉が痛いほど響きます。
つい最近、園から持ち帰ったチラシにも情報リテラシーについて似たようなことが書かれていて、妙な巡り合わせを感じました。
私たちは日々、情報の渦の中にいます。
特定のニュースばかりが報道されると、世の中には「それしか起きていない」かのような錯覚に陥ります。
でも実際には、カメラのフレームの外側、あるいは「あくび」の裏側に、もっと多様で、もっと複雑な事情があるはずです。
例えば、SNSで見かけるキラキラしたインフルエンサーの方。
画面の中では素敵なファッションに身を包み、幸せそうに微笑んでいます。
でも、その「映える」一枚の写真を撮る裏側では、撮影ばかり気にする妻に夫が呆れていて、実は夫婦仲が冷え切っている……。
そんな現実が、フレームの外側には広がっているかもしれません。
実際に私も、そんな切ない裏話を知人から聞いたことがあります。
綺麗な部分だけが切り取られ、世間はそれを「真実」として受け取る。
イメージと現実のギャップは、どこにでも潜んでいるのです。
そして、これは他人の話だけではありません。
今、私が書いているこの「note」という場所だって、仕組みは同じです。
その気になれば、自分にとって不都合なことは書かず、綺麗に整った言葉だけを選んで、「自分」という人間をブランディングすることだって可能です。
私自身はありのままを正直に書いているつもりですが、発信されている情報というものはすべて、誰かの手によって「編集」され、意図が含まれたものになり得ます。
そう考えると、画面越しの情報をただ眺めているだけでは、本当のことは掴めないのかもしれません。
だからこそ、私は「五感」を信じたいと思うのです。
自分の目で見て、耳で聞き、肌で感じる。
足を使って得た一次情報の手触りだけは、誰にも編集できない確かなものです。
テレビもネットも便利で楽しいけれど、情報の海に溺れないように。
「この笑いの裏側には、どんな準備があったんだろう?」
そんな想像力を、常にポケットに入れておきたいと思います。
今日も読んで下さりありがとうございました!
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