「予言」全文無料

 カネがない。カネがない。それにしても、カネがない。カネがないのは、よっぽど辛い。 
 カネなんて無くても、気合いだけで、根性だけで、やっていけるのだ、この世を存分に楽しんでいけるのだ、世の真理というものは、カネとかいう俗気あるモノに宿りはしないのだ、と、そう思っていた時もあったが、もう私も四十七、すっかり身体は老いさらばえ、頭は禿げ上がり、額にはしわが刻まれ、頬は垂み、口元は歪み、腹は出っ張り、それでもって、常に腰と膝をガタピシ鳴らしているのだから、身体と精神の自然の関係上、すっかり若い頃のような勇猛な勘違いも能わず、やはり世の中、カネがものを言うのだ、と悲壮の観念に囚われて、自分でも情けなくなってくる。 
 こんな筈では、という漫画の悪役のような思い違いを嘆く台詞でも吐きたいところなのだけれど、実のところ、これは思い違いでもなんでもなく、全く予想通りの現状であって、十四の頃から、ずっと想像していた自分と、ぴたり重なるものだから、笑いのこぼれるのを抑えきれない。驚いた。私に、予言の才があったとは。もう少し気づくのが早ければ、偉い人にでもなれたろうに。 
 予言といえば、予言の外れた人は、どういう顔をして生きているのだろうか。当てれば、まあ良いのだけれど、堂々の大予言をして、すっかり外してしまったら、これは大問題だ。そこらの占い師のする、ちっぽけな未来予想ならいざ知らず、例えば二十世紀末の、ノストラダムスの予言のような、大規模なものとなると、それを信ずる人も十や二十ではきかないし、例えば投げやりになったり、物を買い占めたり、発狂したりなんかする人も出て、社会も混乱するだろうから、外れてしまってすみません、で済みそうにない。社会的な責任、という点でもそうなのだが、ここでは一旦置いておいて、私のいいたいのは、恥の問題である。恥ずかしくないのだろうか、という疑問である。大予言を外しても、知らん顔をして済む人もいるかもしれないが、私は済まないし、済む人を想像できない。私だったら、恥ずかしくてたまらない。もう、それはそれは、息の止まるほど恥ずかしいだろう。そういう点では、神様はずいぶん気楽だ。どれだけ頓狂なことをいったとしても、世のほうを、自分の言ったようにしてしまえばいいのだから。あるいは、世のほうが、神様の言ったように、自らを変形させるのかもしれない。神様は、恥知らずとみた。 
 少し想像してみよう。大予言、何でもいいけれど、たとえば、「三ヶ月後、空から太陽が落ちてくる!太陽に飲み込まれて、地球は、人類は滅亡してしまうのだ!」と宣言する。手っ取り早く拡散するために、お金を払って広告を出そう。テレビやラジオ、ネットに新聞、なんでもござれ。すぐに広がる。人々は困惑する。混乱する。動揺する。恐れる。泣く。馬鹿にする。批判する。否定する。笑う。嘲る。無視する。考察する。期待する。信じる。祈る。真っ赤なウソなので、当然外れる。外れるのを見て、聞いて、読んで、人々は怒る。喜ぶ。叫ぶ。騒ぐ。泣く。落ち着く。落ち込む。悲しむ。笑う。祝う。それを見て、聞いて、読んで、恥ずかしさで、顔が真っ赤に染まる。かーっとなる。かーっと赤くなる。熱くなる。痛いくらい、熱くなる。ここまで想像してみると、もう、耐えられない。顔から火、どころの話ではなくて、顔が、極度の高温発光でもって、ぴかぴか光ってしまうんではないかしら。それを、太陽だと間違える人もあるかもしれない。「お母さん、太陽が二つあるよ」。 
 天と地に、太陽が二つあったら、人はずいぶん明るい生き物になるだろうと思う。明るい性格、明るい暮らし、明るい恋、明るい友情、明るい言葉、明るい音、明るい命、明るい生、明るい死。こうなれば、幸も不幸も関係ない。ぴかぴか光って生きればいい。ぴかぴか光って死ねばいい。 
 しかし、実際に、太陽は二つ無いのだから、予言を外した者も、ぴかぴか光ることもなく、太陽になることもなく、素知らぬ顔をして生きているのだろう。恐ろしい。恐ろしいし、可哀想だ。太陽になっておけば、きっと人々に感謝されたろうに。喜ぶ人もいるだろう。祝う人もいるだろう。笑う人もいるだろう。祈る人もいるだろう。お布施だって、いただけるかもしれない。せっかくのチャンスを、不意にしてしまった。けれど、それも、仕方なし。 
 断っておきたいのだけれど、私は、そういう者を、つまり、大予言を外しておいて、それでも何でもないような顔で、大予言、はてな、ナンノコッチャ、と言わんばかりに街を闊歩する人間を、厚顔無恥と罵るつもりはない。これまでも、これからも、ない。むしろ、称えたい。そればかりか、両の腕を目一杯広げて、迎え入れて抱きしめたい。素晴らしい、と賛美したい。きっと貴方は救われる、と叫びたい。なぜなら、予言を外しても、恥も外聞もなく、ふらりとその辺を歩いて、目についた居酒屋に入り、隣の席の、予言の外れたのに腹を立てるオヤジ二人組に、「まったくそのとおり、あんな予言するものは、生かしちゃおけん、だいたい今の日本は」と得意になって割って入れるくらいの者でなければ、神様には愛されないのだから。神様が恥知らずなのだから、そうに決まっている。

ここから先は

0字

¥ 100

この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?