見出し画像

#98【雑記】「完全機能不全家庭」の父と母と娘のお話。①

『機能不全家庭』という語彙をnote記事を読んで初めて知った。「生きづらさ」を感じる人の多くが『機能不全家庭』に育ったのが原因だというのだ。

なるほど、”父親”になれない父親と”母親”になれない母親に育てられた子供達であるが故の「生きづらさ」。それ関係の論考記事を読んでいると、私と両親の関係は、猛烈な「機能不全家庭」であった事に気づく。

母は、ことどこく、典型的な「機能不全の母親」に該当した。

父も、幼い頃から私に手を上げる”恐ろしい人”だった。中学校の教員なのにね。当時は、「体罰上等」の時代だったから。「教育」や「躾」という名目での、生徒(子供)を、はたく、殴るは、当たり前の時代。

父に、ちょっとした事で殴られるのが嫌で、私は、小さな頃から、一生懸命「知恵」を付けた。今で言えば、『論破術』だ。

教育者の父に、どう言えば、その所業を止めてもらえるのか?これは、当時の教育業界や社会全体への批判であり反発でもあった。

中学校に入った頃、朝の食卓で「お味噌汁」を誤ってこぼしてしまった時、父がいつもの様に、ごっつい箸を鞭の様にしならせて、私の手をピシャリと叩こうとした、その時、

「叩くなっ!! 叩かなくても、言えばわかる。もう小さい子供じゃないんだから。それに、これは”事故”でしょ。私だって、わざとやった訳じゃない。もし私が、”こんなマズい味噌汁なんか飲めるか!!”と、ぶん投げたのなら、叩かれるのも、甘んじて受けましょうよ。」

父は、とても驚いた様な、渋い顔をして叩くのを止めた。

私が父を論破した、人生最初の出来事だったから、これは良く覚えている。

たかだか、”こぼした味噌汁一杯”が、「タイガー&ドラゴン」の”仁義なき戦いの狼煙”だった。

しかし、私が本当に戦っていたのは、教育者でありながら、暴力を振るう父ではなく、その陰に隠れていた「母」だった。

今回は、私の育った家庭の「機能不全」っぷりを、全3回に渡り、書いて行こうと思う。

(本当は1記事として書いていたら、なんと7,000文字超えにもなってしまい、やむを得ず、3部作と致しましたw ご了承下さいませ。)

いいなと思ったら応援しよう!