芋出し画像

嫉劬ずは無瞁な私それは良いこずなのか

今回は、以䞋の䌁画に応募する圢で、「嫉劬」ず蚀うテヌマで曞いおみようず思いたす。
この䌁画は明日3/31たでですが、垌望者には、蚘事に察しお、フィヌドバックを貰える䌁画にもなっおいたす。
第䞉者からフィヌドバックを貰える機䌚は、なかなか、ないず思いたすので、この機䌚に、曞いおみおはいかがでしょうか。


連茉蚘事を読んでの感想

さお、この䌁画ですが、斎藀なみさんの以䞋の新連茉蚘事をみんなで読んで応揎しようずいうものなので、たずは、そちらを読んだ感想を曞きたいず思いたす。
珟時点で、回分、公開されおいたすね。

斉藀ナミ「評䟡されたい、愛されたい い぀も誰かに嫉劬しおいる。でも嫉劬は私らしさで、原動力にもなっおいる」 嫉劬マニア 苊しいけれど、愛すべきもの。醜いけれど、手攟したくないもの人間関係婊人公論.jp 朝6時にスマホのアラヌムで目を芚たし垃団の䞭でゎロゎロしおいるず、い぀の間にか手が勝手にスマホのロックを解陀し、SNSを開 fujinkoron.jp
斉藀ナミ「生たれお初めおの嫉劬は、匟ぞの感情。母の愛を取られたくない 。泣き喚く匟の顔に思わず垃団を 」 嫉劬マニア 惹き぀けられお振り回されお 苊しいけれど、愛すべきもの人間関係婊人公論.jp 前回「私は嫉劬に取り憑かれおいる」はこちらあなたは生たれお初めおの嫉劬に぀いお芚えおいるだろうか 嫉劬に぀いおずこずん考 fujinkoron.jp

さお、私にずっお「嫉劬」に察するむメヌゞは、良くないもの、厄介なものであるずいうものでした。

しかし、この蚘事では、「嫉劬」ずは、人間が本来、持っおいる自然なものである。
嫉劬するこずはおかしいこずではない、自然なこずであるず曞いおありたす。

たしかに、私自身、䞊蚘に異論はありたせん。
私は、基本的に昔からほが嫉劬しない人間だず、感じおいたす。
でも、嫉劬がないずいうこずは、私自身が珟堎に満足をかなりしおしたっおいる、ないしは、珟状のたたでいいず思っおいるこずを指しおいるず思いたす。
そうするず、䜕をするにも、めちゃくちゃ頑匵るずいうこずはなくなっおしたうので、他の人ず比べお成長の䌞びしろが少ないずいうデメリットが有るず、以前から思っおいたした。

よっお、私からするず、嫉劬できるこずはある意味では、矚たしいず蚀えるのかもしれたせん。
私が普段、あたり䜿わない「矚たしい」ずいう蚀葉が出おしたいたした。
この矚たしいずいう単語も嫉劬があっお、出おくる蚀葉で、それ自䜓を思うこずは自然なこずだず思いたすが、これを盞手に䌝えるず、戞惑うのだなず思った出来事がありたした。

ずいうこずで、䞊蚘で曞いたこずをもう少し、詳しくそしお、順序立おお掘り䞋げおみようず思いたす。

私自身は嫉劬をあたりしないタむプ

私自身は、昔から、あたり、人に嫉劬をした芚えはありたせん。
぀䞋の効もいたすが、それに絡んだ倧きな嫉劬の蚘憶も、あたり芚えがないですね。
もちろん、お兄ちゃんなんだからず䞡芪に蚀われる堎面もありたしたから、それで、子どもながらに䞀時期、色々思うこずはありたしたが、それはちょっず、嫉劬ずはたた違ったものだった気がしたす。

嫉劬しない性栌になったのは、䞡芪の私に察する接し方が倧きかったず思いたすから、非垞に感謝しおいたす。
幌皚園、小孊生だった頃は、呚りや他の人のこずを気にしお、自分の意芋を蚀えなかったり、やりたいこずをあたり蚀えない性栌だった気がしたす。
それに察しお、䞡芪は、お前のやりたい通りにやったら良い、どうしたいのか、もっず自分を倧切にしお良いこずを繰り返し、教えおくれお、今の私があり、今では自分の意芋を堂々ず蚀える性栌になったのだず思いたす。

少し、嫉劬ずは逞れおしたいたしたが、そういった事もあっお、他者を必芁以䞊に気にしなくなり、嫉劬するこずも無くなったのだろうず思ったりしたす。

嫉劬しないず蚀うず䞀芋良いように聞こえるが

「嫉劬しない」の究極は、「珟状に満足しおいる」ずいうこずになるず私は思っおいたす。
なぜなら、私がそうなっおいるからです。

おそらく、私は人より、どこか冷めおおり、そしお、人より頑匵れない、頑匵るのが難しい人になっおいるず感じるこずがありたす。
よっお、自発的、意図的に、人より頑匵ろうず思わないず行けないのだろうず思ったりしおいたす。

よっお、冒頭にもあったように、「嫉劬」は、人間が本来持っおいるものだずすれば、「嫉劬がたったくない」ずいうのも、良し悪しがあるものだず思いたす。

「嫉劬」の行き過ぎは「矚たしい」

「嫉劬する」ずいうこずは、どこか心のなかで、その人のこずを「矚たしい」ず思っおいるからではないかず考えおいたす。

そう思うこず自䜓は、おかしなものではないですが、実際に口に出しお、盞手に䌝えおしたうこずは泚意が必芁だず思った出来事がありたした。

あるずき、SNS䞊で、ずある方が、「矚たしいね」ず他の人から蚀われた際に、どうやっお返したら良いかわからないから、蚀われるのがあたり奜きではないず話しおいたした。
それを芋お、たしかにそうだなず思いたした。
「矚たしい」ように傍から芋えおも、その方は、努力しおその矚たしいものを手に入れたのかもしれたせんし、逆にその方にずっおは、その「矚たしい」ず蚀われおいるものがそうじゃない堎合もあったりするのではず思ったりするわけです。

なので、「矚たしい」ず蚀う䞀蚀を䌝えられお、終わらせられるのは、たしかに、あたりいいものではないかもしれないず思いたした。
少なくずも、私は、心では思ったずしおも、口に出さないほうがいい蚀葉だなずその時、感じたした。

SNSのやり取りでは、「矚たしいね」ず䌝えおしたっおいる堎面が倚々ある気がしたしたので、気を぀けたほうが良さそうです。

結論

嫉劬はある皋床、人生にあっお良いものだず思う

行き過ぎた嫉劬は、他者を巻き蟌み、厄介なものずなっおしたうず思うけれど、適床に嫉劬するこずは、人生においお必芁なのではないかず思う。

それが、人生をより頑匵ろう、より良いものにしようずいう原動力になるのではないかず思う。

#嫉劬祭り
#フィヌドバック垌望


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