美しさとは、心の揺らぎかな
だれもが、
なんとなく好きな風景や景色というものが、
存在するのではないでしょうか?
それは、美しいからだけではなく、
思い出や感情を揺さぶる何かと繋がっている気がするんです。
例えば、
元カレがいつも車を止めて眺めていた、
なんてことない自動販売機の明かりとか、
祖母が縁側から見ていた、夕暮れの畑とか、
仕事で大失敗して、終電を逃したときに見上げた東京タワーとか、
その景色は、映像として感情の揺らぎと共に貴方のメモリーに保存される。
私にも、大好きな風景がある。
新潟の「笹川流れ」。
日本海とは思えないような澄んだ青が広がる海岸線。

若い頃も、この同じ笹川流れの海を眺めていた。
私にとって、この海は「退屈な地元」と「輝く未来の都会」を隔てる境界線だった。
早くここではないどこかへ行きたい。
そんな焦燥感と、根拠のない高揚感で胸がいっぱいだった。
そして今日、年齢を重ねて同じ海を眺めている。
今の海は、どこか優しく、包み込んでくれるように見える。
都会での戦いや日々の忙しさから解放される安堵感と懐かしさ。
あの頃から時は流れて、現在の私は、
「普通」を捨てることで得た自由と共に、
いくつかの選択肢を通り過ぎた。
私には、パートナーがいる。
結婚はしておらず、子どももいない。
世間が言う普通のレールとは、少し違う景色を歩んできた。
お盆のこの時期、周りの座席からは、
実家へ子どもを連れて帰る家族連れの賑やかな声が聞こえてくる。
胸の奥が少しだけツンとする。
選ばなかった未来、人生の「その先」の長さが少しずつ見えてくる頃だからこそ、
特有の哀愁がふわりと漂う。
若い頃のような、爆発するようなワクワクはもうない。
けれど、様々な酸いも甘いも噛み分け、自分の人生を自分で選んで生きてきた今だからこそ、笹川流れの澄んだ青が、こんなにも優しく、
少し切なく心に染みるのかもしれない。
海の青さは昔も今も変わらない。
変わったのは、それを見る私の心。
美しい風景とは、ただそこにある自然ではなく、私たちの記憶と感情が重なって、初めて完成する。
皆さんにも、ご自身の歩んできた人生の記憶や、その時々の感情とセットになって心に残っている、大切な「思い出の風景」はありますか?
