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素人の考古学―古市古墳群(津堂城山・仲哀天皇・応神天皇・仲津姫・雄略天皇)巡り

 4世紀末ごろ朝鮮半島との交渉が活発化したのに伴って、ヤマト政権の中枢が大和より朝鮮半島に近い場所への移動が必要とされ、奈良盆地から古市(大阪府羽曳野市、藤井寺市)や百舌鳥(大阪府堺市)へと移動した。
河内地域の勢力が台頭し、ヤマトの勢力にとって代わったとする王朝交代説もあるが、歴代の宮は大和にあり、ヤマトと河内の諸勢力は一体化した連合政権を形成していたと考えるのが妥当であろう。
第13代成務天皇から第14代仲哀天皇の代に大和佐紀盾列古墳群から古市古墳群に王墓の移動がある。築造順は、津堂城山→仲津山→誉田御廟山→岡ミサンザイの順。
古市や百舌鳥地域は河内平野の中心にあり物流、交通の要衝であった。
この時期、技術や文化の交流が活発になり古墳の建設にも影響を与えた。
古市古墳群は現存する45基の古墳のうち26基の古墳が世界文化遺産の構成要素となっている。

1.津堂城山古墳(城山古墳)(国史跡)
大阪府藤井寺市にあり、古市古墳群(世界文化遺産)を構成する古墳である。古市古墳群の中でも初期の古墳であり、誉田御廟山古墳よりも古い。
墳丘長208m、前方部幅117m・高さ12.7m、後円部径128m・高さ16.9mの前方後円墳であり、造り出しや二重の周濠が墳丘を囲んでいる。また周溝内に方形の島状遺構があり、そこから3体の水鳥形埴輪が出土した。
複数の周濠や堤などの建築様式は大仙古墳など5c以降の大王墓の基本形として継承されている。4c後半の築造。
 ・埋葬施設:竪穴式石室、長持形石棺。
 ・出土品:形象埴輪(水鳥形・家形・盾形・靭型など)・銅鏡・玉類・鉄
      鏃など
 ・被葬者:第19代允恭天皇(宮内庁推定)やヤマトタケルの墓など諸説あ
      り。

(津堂城山古墳)
(島状遺構)
(島状遺構から発掘された水鳥形埴輪)

2.仲哀天皇陵(岡ミサンザイ古墳)
 大阪府藤井寺市にあり、古市古墳群(世界文化遺産)を構成する古墳であ
 る。
 墳丘長は245、後円部直径150m・高さ20m、前方部幅180m・高さ16.6m
 の前方後円墳。3段築成、造り出し、周濠、周提、周提上には円筒埴輪
 列、陪塚。4c後半から5c後半築造。
・埋葬施設:不明、横穴式石室か
・出土品:円筒埴輪、形象埴輪(家形・盾形・靭形・人物)
・被葬者:第14代仲哀天皇(宮内庁治定)、雄略天皇との有力説あり。

(仲哀天皇陵 藤井寺市ホームページより)
(鉢塚古墳 前方後円墳 仲哀天皇の陪塚)

3.応神天皇陵(誉田御廟山古墳)
 大阪府羽曳野市にあり、古市古墳群(世界文化遺産)を構成する古墳である。大仙古墳に次ぐ全国第2位の規模の前方後円墳である。5c前半の築成。
墳丘長約425m・高さ36m、後円部直径250m・高さ35m、前方部幅300m・高さ36m。3段築成、斜面に葺石、造り出し、2重の周濠、幅約48mの中提、5基の陪塚
埋葬施設:前方部に巨大な竪穴式石室
出土品:2万本の円筒埴輪、形象埴輪(水鳥形・靭形・家形・盾形)、魚形
    土製品
被葬者:第15代応神天皇(宮内庁治定)

(応神天皇陵)
(応神天皇 誉田八幡根本社)

4.仲津山古墳(仲津姫命陵)
大阪府藤井寺市にあり古市古墳群(世界文化遺産)を構成する古墳である。
墳丘長290m、後円部径170m・高さ26.2m、前方部幅193m・高さ23.3mの前方後円墳、古市古墳群で2番目の大きさ。3段築成、葺石、造り出し、周濠は空壕、周提は国史跡。4c末~5c前半の築造
・埋葬施設:不明、石棺が存在
・出土品:円筒埴輪、形象埴輪、勾玉
・被葬者:第15代応神天皇皇后の仲姫(宮内庁治定)、第14代仲哀天皇の陵
     墓とする説がある。

(仲津山古墳)

5.雄略天皇陵(島泉丸山古墳)
雄略天皇陵は大阪府羽曳野市にある古市古墳群(世界文化遺産)を構成する古墳である。島泉丸山古墳と隣接する島泉平塚古墳の2基で構成される特殊な古墳で、島泉丸山古墳は周濠に囲まれており、2基はつながっていない。5c後半築造。
島泉丸山古墳は、直径75m、高さ8mの円墳で2段築成。
島泉平塚古墳は、辺50m、高さ8mの方墳で2段もしくは3段築成。
古くは丸山古墳を雄略天皇陵としていたが、明治に入ると補修され平塚古墳と合体化し前方後円墳に似た形とし、雄略天皇にふさわしいものとした。
・埋葬施設:不明
・出土品:埴輪、土師器、須恵器
・被葬者:第21代雄略天皇(宮内庁治定)

(雄略天皇陵 島泉丸山古墳)
(Googleマップ航空写真より)

                        以上
                       小兵衛

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