諦めるべきか、取り組むべきか
ABEMA TV の ABEMA Prime という番組に出させてもらいました。
厳しい予感しかしない
出演依頼をいただいたときから「これは厳しい番組になるだろうな」という予感はしていました。デジタル教科書について特集されるわけですが、いただいた企画は明らかな「紙かデジタルか」二択を迫るもの。
「いや、そもそもそれって二択じゃないですよ。」
と考えている私にとって、ボタンのかけちがったところから話をしなければならないのは明らかでした。
スタッフの方は、その辺、全部わかっていらっしゃるのですが、やはり番組として成り立たせ、視聴者を惹きつけるためにはわかりやすい構図が必要ということなのでしょう。そこから、どう「この話は二択で考えることじゃない」という方向に持っていくか。難しい勝負になるだろうな、とは思いました。
私の紹介の仕方からして「デジタル教科書推進派」。ご一緒させていただいた「紙派」の方の主張は、以前の記事を見る限りは明らかに「紙派」。これは噛み合わないぞ、という予感しかしませんでしたが、それもまあそういうものでしょう。
それ以外のゲストの方は、テレビをあまり見ない私にとってほぼほぼ知らない方ばかりでしたが、おそらくは学習者用デジタル教科書なんて見たことがないだろうな、という経歴の方ばかり。これもまたろくなことにならない予感しかしません。
そこで、私から番組スタッフに提案して、特集の冒頭で学習者用デジタル教科書のデモ版を使って「今のデジタル教科書はどのようなことになっているのか」を見てもらうことにしました。実物を見てもらえば、賛否はあるにしても、少なくとも教育に関する討論でよくある「各自が自分の経験からだけものを言ってろくでもないことで終わる」ようなことにはならないだろうな、と思ったからです。
実際、どうだったか、ですか? 学習者用デジタル教科書の機能紹介はしっかりとやりました。その後の議論は…上に貼った動画をどうぞご覧になって判断してください。
私がここで書きたいのは議論の中身のことではありません。さっきも書いたように、教育に関する討論では「各自が自分の経験からだけものを言ってろくでもないことで終わる」ものが少なくありません。それでも、そこに飛び込むべきか、否か、です。
諦めるべきか、取り組むべきか
教育に関する討論が、なぜ「各自が自分の経験からだけものを言ってろくでもないことで終わる」に陥ってしまうのか。それは、その討論に参加する人も、みんな教育を受けた経験を持っているからでしょう。
すると、どういうことになるか。なぜか人は、良くも悪くも「自分の受けた教育こそが教育だ」と思ってしまう傾向があるように思います。「自分の受けた教育こそが良い教育だ」と思ってしまえば、デジタル教科書なんてポジティブに受け止められるわけがありません。逆に「自分の受けた教育は悪い教育だった」と思ってしまうと、「教育は全部ダメだ」みたいな論調になってしまう。
いや、これは私の肌感覚の話かもしれませんが、実際にそういう人と話をして「噛み合わないなぁ」と思ったこと、一度や二度ではありません。不愉快な思いをしたことも数多くあります。今回も、視聴者の書き込みコメントにはひどいものがいくつもありました。
では、もう世に問うことは諦めた方がいいのか。学校の先生だけを相手にしてセミナーを開いたり本を書いたりしていれば、ここまで不愉快な思いはしなくても済むでしょう。そして、そうした方が、直接的に教室を変えるのに有効なのかもしれません。世間一般に新しい考え方を問うことをどれだけ試みても、さしていいことはないでしょうし、そんなことは無駄な努力なのかもしれません。
でも、と思うのです。たとえ、不愉快な思いをすることになっても、終わった後に無力感を味わうことになっても、自分の声が正しく届かない可能性があっても、世に問う機会を得られるのであれば、そのチャンスは掴みにいくべきではないかと。
昨日の番組を見て「なんだ、この鈴木というのは。言ってること、わけわからんぞ。」と思った人もいるでしょう。「何を言っているのだ。デジタルなんてダメだ!」と改めて思った人もいるでしょう。でも、それでも視聴した多くの非教育関係者に学習者用デジタル教科書の機能を見せることはできました。それだけでも前進ではないでしょうか。
その中に、もしかしたら「読むこと」や「書くこと」に困難を抱えていて、「この教科書だったら学べるのに!」と思った子や、その子の保護者がいたかもしれません。学習者用デジタル教科書の存在を知らないそういう子に情報が届く。そんな事例が一つでもあったのなら、やった価値はあります。
そして、もしかしたら視聴者の0.01%くらいは私の言うことを聞いて「そうだよな」と思ってくれたり「待てよ、考え直す必要があるか?」と思ってくれた人がいたかもしれない。その0.01%に私はリーチする手段を持ちません。今回のような番組に出ることがなかったら絶対に情報を送り届けることのできない人たちに送ることができた。それだけでも、やった価値はあったのではないかと思うのです。
冷静?
終わった後、番組を視聴した多くの知人に「よく冷静でいられましたね」「見ていたこっちの方が腹が立ちましたよ!」というようなことを言われました。
どうだったのでしょうか。割とイライラしていることが顔に出るタイプなので、まずかったのではないかな、と思うのですが。
それも番組を見て判断していただくよりありませんが、もし顔に出ていたのであれば、それは「どれだけ不愉快な思いをしようとも、これは諦めていいことじゃない。取り組むべきことだ。」と考えて必死に我慢している男の顔だと思って笑っていただければ幸いです。
