くじ引きが旅の始まりだった。_SAIPAN①
毎年開催される旅行イベントに行くのが好きで、
2023年も旅行好きの知人カップルと一緒に会場を歩き、各国の観光局や航空会社のブースを見て回っていた。
あちこちのブースから、
「まもなく抽選会を始めます!」
という声が聞こえてくる。
私は昔からくじ運が良い方ではない。しかも、並ぶのが好きではない。
熱心な人なら、お目当ての抽選会の時間を調べて並ぶのだろうが、そこまでしない。
そんな自分がくじに並ぶことにした。
マリアナ政府観光局のブースから抽選会が始まるというアナウンスが聞こえたのだ。
「もうすぐ抽選が始まりますよー!!」
凄くタイミングが良かったし、一度くらいくじを引いてもいいだろうと。
「せっかくだし、並んでみようか。」
と、知人たちと一緒に最後尾についた。
正方形の箱から一枚のくじを引き、番号が呼ばれるのを待つ。
すると、呼ばれたのは私の番号だった。
景品は、サイパン・アクアリゾートクラブの3泊4日宿泊券。(ペア宿泊)
「おめでとうございます!」
拍手の中で宿泊券を受け取り、観光ガイドまで手渡された。

「2019年までの情報しかないのですけど」と言われた気がする。
その表紙には、誇らしげに「最新版 2018-2019」と書かれている。
2023年なのに。

コロナ禍で観光が止まり、ガイドブックの時間も止まったままだったのだ。
その日は知人(カップル)たちと食事をしながら、サイパン旅行誰と行くかと言う話をしたが、どうやらお二人ともサイパンには興味がなさそうだった。
帰宅してからは、ずっとサイパンの事をあれこれ考えたり、思いだしてみた。
35年ほど前、家族旅行の行き先を決めるとき、候補はハワイとサイパンだった。
結局、「せっかくならハワイだろう」という話になり、見栄っ張りだった父の意見に賛成した。
少し気になっていたサイパンは、その時の選択肢のまま、私の中で長い間眠り続けていた。
森高千里の「私がオバさんになっても」の歌詞に出てくる女の子は、19歳で彼氏とサイパンに行った設定になっている。
リアルおばさんがサイパンに行くことになったのか・・・と、考えるようにもなった。
テニアンが大好きで何度も通っている知人がいたけれど、彼は稀なパターンで、お隣グアムだったら家族旅行を繰り返す人は少なくない。
グアム便はある。
しかし、サイパンはコロナ前には日本からスカイマーク直行便があったのに、なくなってしまった。(今は成田からユナイテッド便がある)
「さて、どうやって行こう。」
そして、もう一つの問題があった。
誰と行こう???
2泊3日なら、何とか都合をつけられる人もいただろう。
2拍3日で済む旅行地なら、直航便が飛んでいたりする。
しかし3泊となると話は違う。
できるだけ航空券を安く抑えようと思えば、乗り継ぎに時間がかかったり、到着が夜になったり、帰国便が深夜になったりすることも覚悟しないといけない。
宿泊日数よりも、実際に必要な日数で考えなければならない。
友人や知人に一通り声をかけてみたが、みんな仕事がある。
自分一人で家庭を空けられないとういのもある。
当選した私ですら、当時属人化した仕事を抱えていて、一週間近く職場を空けることには少し気が引けていたくらいだ。
旅行好きで、おいしい話には目がない母にも話してみた。
「ええやん。行ってきなはれ。」だけだった。
やはり、予想どおりの返事だった。
オバさんどころか、おばあさんだしなぁ・・・
友人からは、
「航空券まで付いているならともかく、宿泊券だけって微妙だよね。」
とまで言われた。
確かにその通りだった。
これって、ファミリーや夫婦に当たるべき券だったのではと思った。
行かないという選択肢もあった。
それでも、せっかく当たったのだから、「行ってこい」ということなのだろう、と都合よく解釈することにした。
当時携わっていたプロジェクトは、終盤になればなるほど休みを取りづらくなることが分かっていた。
だったら早いうちに。
どうせなら、日本が寒く、航空券も安い時期に行こう。
そう決めた。
結局、一緒に行ける人は見つからなかった。
ならば、一人で行けばいい。
こうして私は、一人でサイパンへ向かうことにした。
