『再生可能エネルギーと製造業』・・建前を脱して本音で向き合う 【第8話】RE100・SBT・CBAM
サプライチェーン全体の脱炭素
はじめに 第7話を振り返って
第7話では、「工場電化と熱プロセス、製造業の現場でどう実装するか」というテーマで、第二層(燃料起因CO2)の現場実装論を3つの視点で掘り下げました。ヒートポンプの可能性と限界(〜200℃まで)、JFE倉敷の世界最大級電炉導入決定(投資3,294億円、年260万t-CO2削減)、GI基金の鉄鋼4社コンソーシアム(4,500億円、3拠点実証)について、現場感覚でお伝えしました。
特に強調したのが、「設備更新タイミングと脱炭素技術導入を一致させる」という現場の実装論の核心でした。
本日の第8話では、視点を自社の壁を越えて、サプライチェーン全体へと広げます。
ここまで7回、自社の電力・燃料・原料という観点で脱炭素を語ってきました。ところが、グローバル製造業の現場では、自社単独の脱炭素では到底足りないという現実があります。
具体的には、こういった圧力が、確実に強まっています。
● Apple、Microsoft、Googleのサプライヤー要求(RE100準拠)
● SBT(Science Based Targets)認定企業からの取引条件
● EU CBAM(炭素国境調整メカニズム)の本格運用(2026年1月開始)
● Scope3排出量の開示要求
これらは、自社の脱炭素努力だけでは絶対に解決しない領域です。
取引先サプライヤー、製品使用、廃棄物処理まで含めた、サプライチェーン全体での脱炭素が必要になります。
わたし自身、大手ケミカルHDで長年、グローバル顧客のサプライチェーン要求に対応してきました。独立後も、製造業のRE100対応、SBT認定支援、CBAM影響評価のコンサルティングに数多く関わってきました。
その経験から言えるのは、「サプライチェーン脱炭素は、自社の経営判断を超えて動く外部圧力」だということです。
経営者がいくら「うちは関係ない」と言っても、グローバル顧客から要求が来れば対応するしかありません。この現実を、本音で受け止めて準備することが、これからの数年で問われます。
本日は、3つの視点でサプライチェーン脱炭素を掘り下げます。
第一に、RE100、グローバル顧客の再エネ要求。
第二に、SBT V2.0改定、Scope3への深化。
第三に、CBAM本格運用、2026年1月の現実。
それでは、始めましょう。
第一章 RE100、グローバル顧客の再エネ要求
1.1 RE100、500社超の影響力
RE100(Renewable Energy 100%)は、企業が事業で使用するエネルギーを100%再生可能エネルギーで賄うことを目指す国際的なイニシアチブです。
2014年にThe Climate Group(クライメイト・グループ)がCDPとのパートナーシップで設立しました。
RE100の最新動向(2025年7月時点)
● 加盟企業数:世界で444社
● 売上合計:6兆6,000億米ドル超
● 加盟国:27カ国
国別加盟企業数(2025年7月時点)
● 1位:アメリカ 93社
● 1位:日本 93社(同率)
● 2位:イギリス 50社
驚くべきことに、日本はアメリカと同率1位で、世界最多のRE100加盟企業を抱えています。
これは、日本のRE100地域パートナーである日本気候リーダーズ・パートナーシップ(JCLP)の活動の成果でもあります。
代表的な加盟企業は、Apple、Google、Microsoft、Meta(旧Facebook)、IKEA、Nestle、Walmart、Sony、リコー、富士通、丸井、城南信用金庫、生協コープさっぽろなど、業種を問わず多岐にわたります。
1.2 加盟要件、影響力ある企業に絞られる仕組み
RE100は、「影響力のある企業」に限定されたイニシアチブです。
中小企業が誰でも参加できるものではなく、ハードルが高く設定されています。
加盟要件(5つの条件のいずれかを満たす)
● グローバルまたは国内で認知度・信頼度が高い
● 主要な多国籍企業に位置付けられる(Fortune 1000相当)
● 消費電力量が50GWh以上ある(日本企業の場合)
● RE100の目的に寄与する、何らかの特徴と影響力を有する
● RE100事務局が重視している地域・業種における主要な事業者
消費電力50GWh以上という条件が、事実上の壁です。
工場を多数抱える製造業では比較的クリアしやすいものの、中小企業には現実的ではありません。
そこで、「再エネ100宣言 RE Action」という日本独自の枠組みが、中小企業向けに用意されています。2024年12月時点で、自治体・教育機関・医療機関を含む388団体が参加しています。
1.3 2024年技術要件改訂、「新設・15年以内」基準の衝撃
RE100で2024年から極めて重要な変更が入りました。それが、「技術要件」の改訂です。
改訂後の要件
● コーポレートPPAで新設の発電設備から調達するか
● 運転開始から15年以内の発電設備から電力や証書を購入する
これは、「とりあえず再エネ証書を買えばOK」という従来の対応では、RE100が認めなくなる方向への転換です。
「新規の再エネ発電所建設を促進する」という、本来の目的に立ち返った改訂と言えます。
日本企業への影響
● グリーン電力証書の利用に制限が増える
● 既存FIT電源の活用が難しくなる
● コーポレートPPAへの移行が事実上の必須に
● 第3話の欧州PPA市場(19GW)と同じ方向性
これは、第3話で論じた欧州コーポレートPPAの隆盛と整合しており、世界的なPPA市場の拡大を後押しする方向に進んでいます。
1.4 中間目標、日本企業の特例
RE100では、加盟企業に対して中間目標の設定を求めています。
● 標準的な中間目標:2030年60%、2040年90%
● 遅くとも2050年までに100%達成
ただし、日本企業の中間目標設定は、必須から推奨に緩和されています。
日本の遅れている再エネ環境を考慮した特例です。
ただし、日本企業には代替要件が課されています。
● 「日本の再エネ普及目標の向上」に関する政策関与
● 「企業が直接再エネを利用できる、透明性ある市場の整備」に関する公的な要請を積極的に行うこと
つまり、「自社の100%達成」だけでなく、「日本社会全体の再エネ普及」に貢献することが求められるのです。
これは、極めて重要な視点です。日本企業は、個別最適だけでなく、社会システム全体への働きかけまで期待されています。
1.5 グループ全体での参加が原則
RE100は、親会社から見て支配率50%以上の子会社すべてが対象です。
つまり、グローバル製造業がRE100に加盟すると、世界中の子会社・工場が対象になります。
例えば、Appleは2020年に自社オペレーションでRE100を達成しました。さらに、Appleは2030年までにサプライチェーン全体でカーボンニュートラルを目指すとしています。
これが、日本の電子部品メーカー、素材メーカーにとって、極めて大きな影響を及ぼしています。
具体的には、Apple向けの部品供給を継続するには、サプライヤーがApple指定の再エネで生産する必要があります。日本のサプライヤー企業も、Apple Supplier Clean Energy Programに多数参加しており、これがRE100加盟数押し上げの一因となっています。
第二章 SBT V2.0改定、Scope3への深化
2.1 SBT、7,469社の科学的脱炭素
SBT(Science Based Targets)は、企業が設定する温室効果ガス排出削減目標が、パリ協定の水準(1.5℃ないし2℃以下)と科学的に整合していることを認定するイニシアチブです。
SBTi(Science Based Targets initiative)が、企業の目標の妥当性を確認します。
最新動向(2024年度末時点)
● 認定企業数:7,469社
● コミットメント中(2年以内に認定取得を宣言):2,827社
● 合計:10,296社が関与
これは、グローバルに極めて影響力の大きい枠組みです。
SBTの基本構造
● Scope1:自社の直接排出(燃料燃焼等)
● Scope2:自社が購入した電力等の間接排出
● Scope3:取引先・製品使用・廃棄物等のサプライチェーン排出
Scope1+2は1.5℃シナリオと整合する目標が必要で、Scope3は2℃を十分に下回るシナリオとの整合が求められています。
2.2 短期SBT、4.2%/年の削減
短期SBT(Near-term SBT)は、5〜10年先までの削減目標です。
● 基準年を2020年以降に設定する場合:Scope1,2は2030年までに42%削減、Scope3は25%削減
● 基準年が2020年以前の場合:Scope1,2は毎年4.2%削減、Scope3は毎年2.5%削減
これは、極めて野心的な削減水準です。
製造業にとって、毎年4.2%の削減を10年継続することは、相当な覚悟が必要です。
2.3 再エネ電力閾値、2030年100%
SBTでは、Scope2排出削減目標の代替案として、再エネ電力調達目標を設定することが認められています。RE100と整合する基準として、以下が定められています。
● 2025年までに再エネ調達比率80%以上
● 2030年までに再エネ調達比率100%
つまり、SBT認定を取得すれば、実質的にRE100相当の再エネ目標を負うことになります。
RE100加盟企業が増えるのは、SBT認定とセットで動いているという背景もあります。
2.4 Scope3、サプライチェーンの根本問題
SBTで最も難しいのが、Scope3の目標設定です。
Scope3は、自社の管理範囲外の排出(取引先サプライヤー、製品使用、廃棄物処理等)です。
Scope3目標が必要となる条件
● Scope3排出量がScope1,2,3合計の40%以上である場合
● 化石燃料の販売・流通に関わっている場合(割合に関わらず)
Scope3のカバー範囲
● 排出量合計の2/3以上を目標対象とする必要
製造業では、Scope3が全排出量の80〜95%を占めることが珍しくありません。
そのため、自社のScope1,2を完璧に削減しても、Scope3が下がらなければ意味がないという現実があります。
2.5 V2.0改定、Scope3の柔軟化と再エネ電力2040年100%
SBTiは、現行のVersion 1.2に代わる新基準として、「企業ネットゼロ基準V2.0」の改定を進めています。
2025年3月と11月に2回のパブリックコメントが行われました。
2026年5月時点では、まだ確定版ではありませんが、改定の方向性が明確になっています。
V2.0の主要な変更点
変更① Scope2のデュアル基準化
● これまで:ロケーション基準 / マーケット基準のいずれかを選択
● V2.0:両方で設定し進捗を見ていくことが必須
変更② Scope3の柔軟化
● バウンダリ(カテゴリと算定方法)を、自社にとって排出インパクトが大きいカテゴリに絞って目標設定可能
● カテゴリごとの目標設定オプションが明確化
● 排出削減だけでなく、サプライヤーエンゲージメント、削減貢献量等も活用可能に
変更③ 第三者保証の義務化
● Scope1, 2および重要なScope3に対して、第三者保証(限定的保証)が必須に
● SBT取得・更新タイミングでの実施が想定
変更④ 電力セクターの2040年脱炭素化
● 系統電力が2040年までにほぼ脱炭素化されることが、達成の前提に
これは日本企業の競争力に直結する重要な変更です。
変更⑤ Scope1,2,3それぞれでの目標設定
● これまで:Scope1,2で42%減、Scope3で25%減という一律設定
● V2.0:Scope1,2,3それぞれで目標設定が必要
これらの変更は、より厳しく、より精緻な目標設定を求める方向です。
特に、第三者保証の義務化は、コンサルティング業界にとって極めて大きな変化です。
わたしのような独立コンサルタントだけでなく、大手監査法人も対応に追われている状況です。
2.6 長期SBT(ネットゼロ)、2050年90%削減+10%中和
長期SBT(Net Zero SBT)は、2050年までのネットゼロ達成目標です。
● Scope1,2,3全体の90%削減が必要
● 残り10%は、炭素除去(中和)クレジットで相殺
重要な制約:他者のクレジットを取得することによる削減は、SBT達成のための削減には算入できない。
これは、カーボンオフセットでは目標達成にならないという明確なメッセージです。
つまり、「自社で本気で削減する」しかないのです。
わたしが現場で常に強調するのも、「クレジット頼みではダメ、自社の構造変革が必要」という点です。
第三章 CBAM本格運用、2026年1月の現実
3.1 CBAMの本質、貿易ルールの根本変更
CBAM(Carbon Border Adjustment Mechanism、炭素国境調整メカニズム)は、EUが導入した世界初の国際貿易における炭素価格制度です。
CBAMの基本構造
● EU域外で生産された対象製品をEU域内に輸入する際
● EU域外の生産者が支払うべき炭素価格を、輸入時にEU域内で課す
● EU域内の生産者と、EU域外の生産者の競争条件を平等化
つまり、「EU域外で安く作られた高炭素製品を、EUで売ることは難しくなる」仕組みです。
3.2 2026年1月、本格適用開始
CBAMの段階的適用スケジュール
● 2023年5月17日:施行(CBAM規則施行)
● 2023年10月1日〜2025年末:移行期間(報告義務のみ、金銭負担なし)
● 2026年1月1日〜:本格適用(CBAM証書の購入・提出が義務化)
つまり、2026年1月から、EU域外から対象製品をEUに輸入する際に、実質的な炭素税が課されることになりました。
2026年5月の現時点で、すでに本格運用が始まっているのです。
3.3 対象製品、現在の6分野
現在のCBAM対象製品
● 鉄鋼(鉄、鋼、関連製品)
● アルミニウム
● セメント
● 肥料
● 電力
● 水素
これらは、「カーボンリーケージリスクの高い」業種として選定されました。
EU域内で厳しい炭素価格が課されると、生産が域外に逃げてしまう(リーケージ)可能性が高い業種です。
3.4 無償割当の段階的削減
CBAMと並行して、EU ETS(EU排出量取引制度)の無償割当が、段階的に削減されていきます。
EU ETS無償割当の削減スケジュール
● 2026年:2.5%削減
● 2027年:5%削減
● 2028年:10%削減
● 2029年:22.5%削減
● 2030年:48.5%削減
● 2031年:61%削減
● 2032年:73.5%削減
● 2033年:86%削減
● 2034年:100%(完全廃止)
つまり、2034年にCBAMに完全移行します。
それまでは、EU域内製造業向けの無償割当が残っているため、最初の3〜4年はCBAMの影響が限定的、という見方もあります。
3.5 対象範囲の拡大、ほぼ確実
CBAMの対象範囲は、今後拡大することがほぼ確実です。
拡大候補(2025年末欧州委員会報告書で検討)
● 有機化学品、ポリマー(プラスチック製品):有力候補
● 鉄鋼・アルミニウムを使用した自動車部品、機械製品:「川下製品」への拡大
● 2030年までにEU ETS全セクターへの拡大目標
これは、日本の基幹産業(自動車、機械、化学、電子部品)全体に関わる構造的経営課題へと発展していきます。
「鉄鋼・セメント等の素材産業の問題」から、「製造業全体の問題」へと拡大するのです。
3.6 2025年簡素化規則、実務負担の軽減
EUは2025年前半に、「オムニバス・パッケージ」という簡素化法案を採択しました。
これにより、CBAMの根幹目標は維持しつつ、一部の義務の履行期限が延長されました。
簡素化規則の主な内容(2025年10月施行)
● 対象事業者の閾値設定(年間50トン以下の輸入は対象外)
● 報告義務の簡素化
● 中小企業への配慮
ただし、根本的な義務(炭素価格の支払い)は維持されています。
2026年1月以降、対象製品をEUに輸出する企業は、確実に対応が必要です。
3.7 日本企業への影響、3つの経路
CBAMの影響は、日本企業に3つの経路で波及します。
経路① 直接輸出
● 日本から鉄鋼、アルミニウム、セメント等をEUに直接輸出する企業
● 炭素価格を直接負担、コスト増
経路② 間接的な影響(サプライチェーン)
● 日本企業の製品を組み込んだ製品が、第三国経由でEUに輸出される
● 取引先からCBAM対応の要求が来る
「うちはEUに直接輸出していない」と言っても、関係ないのです。
経路③ 川下製品への拡大
● 自動車、機械等の最終製品にCBAM対象範囲が拡大
● これが本格化すれば、日本の自動車産業全体が直撃
特に経路②と③は、多くの日本企業が「自分には関係ない」と思い込んでいる領域です。
ところが、現実には取引先から要求が来た時点で対応せざるを得ないのです。
第四章 日本の製造業に何を学ぶべきか
ここまでの議論を踏まえて、サプライチェーン脱炭素への対応で重要なポイントを5つに整理します。
4.1 学び① RE100加盟は「経営判断」、実装は「組織課題」
RE100加盟そのものは、経営者が決断すれば数ヶ月で完了します。
ただし、実装は10〜20年スパンの組織課題です。
● 全工場の電力使用量の精緻な把握
● 工場ごとの再エネ調達戦略(PPA、自家消費、証書)
● 進捗の毎年報告と第三者監査
● 政策提言活動(日本企業の代替要件)
これらすべてを、全社プロジェクトとして動かす体制が必要です。
RE100加盟は「ゴール」ではなく「スタート」だ、と捉えるべきです。
4.2 学び② SBT V2.0への準備、いまから動く
SBT V2.0は2026年中に確定見込みです。
ただし、現行のV1.2で認定取得済みの企業も、再認定が必要になる可能性が高いです。
準備すべき項目
● Scope2のロケーション基準・マーケット基準の両方を算定
● Scope3の重要カテゴリの絞り込みと精緻化
● 第三者保証の体制構築(監査法人との早期連携)
● 削減貢献量、サプライヤーエンゲージメント等の選択肢理解
「V2.0確定を待って動く」では、間に合いません。
2025年・2026年のドラフトを踏まえて、先回りで体制構築することが必要です。
4.3 学び③ CBAM、まず自社の影響を定量評価する
CBAMの影響を定量評価するには、以下の作業が必要です。
● ステップ①:自社製品のうち、CBAM対象製品(鉄鋼、アルミ、セメント、肥料、電力、水素)の特定
● ステップ②:これらをEUに直接または間接的に輸出する量の把握
● ステップ③:自社製品の体化排出量(embedded emissions)の算定
● ステップ④:将来的なEU ETS価格動向に基づく、追加コストの試算
● ステップ⑤:取引先からのCBAM対応要求への準備
特にステップ③(体化排出量の算定)は、製造プロセス、調達電力、原料投入量を細かく追跡する必要があり、相当な作業量です。
わたしも現場で、化学メーカーやアルミメーカーのCBAM対応コンサルティングを進めてきましたが、最低でも半年〜1年の準備期間が必要です。
4.4 学び④ Scope3の精緻化、サプライヤーとの協働
Scope3は、自社単独では絶対に削減できない領域です。
取引先サプライヤーとの協働が、必須です。
サプライヤー協働の3つのアプローチ
● データ収集:サプライヤーごとの製品別CO2排出量データの収集
● 目標設定要求:主要サプライヤーへのSBT認定取得要求
● 代替調達:低炭素サプライヤーへの取引シフト
これは、取引先との関係構築の根本的な再設計を意味します。
Apple、Microsoft、Googleが既に進めているこの動きが、日本のメーカーにも波及してくるのは時間の問題です。
4.5 学び⑤ 脱炭素を「コスト」から「競争力」へ転換する
最後に、最も重要な学びです。
これまで、多くの日本企業は、脱炭素を「コスト」として捉えてきました。
● 再エネ調達は割高
● SBT認定は事務負担
● CBAM対応はコスト増
しかし、これからの時代は、脱炭素対応そのものが「競争力」になります。
● グリーン鋼材ブランド(NSCarbolex Neutral等)が、いすゞエルフEVに採用された(第7話)
● Apple、Microsoftのサプライチェーン要求に対応できる企業だけが、取引を継続できる
● CBAM対応で先行する企業が、EU市場で優位に立つ
「脱炭素対応コスト」と捉える企業は、市場から淘汰されます。
「脱炭素対応こそ競争力」と捉える企業は、新たな市場を獲得します。
経営者の皆さまには、この意識転換を本気で行っていただきたいと思います。
第五章 現場からの3つの問いかけ
第8話を終えるにあたって、3つの問いを投げかけたいと思います。
5.1 問い① 「主要顧客のRE100・SBT要求に、対応する準備はできていますか」
Apple、Microsoft、Google、Amazon、Walmart、Mercedes-Benz、BMW、Volvo。これらのグローバル顧客は、すでにサプライヤーへの再エネ要求を本格化しています。
主要顧客のサプライチェーン要求が、自社に来た時の対応シナリオを、組み立てているでしょうか。
● 必要な再エネ調達量は何MWh/年か?
● 調達手段は、PPA、自家消費、証書のどれか?
● 投資コストはどれくらいか?
これらを、いまから準備することが、これからの数年で問われます。
5.3 問い② 「CBAM、自社の定量影響を試算していますか」
CBAMは、2026年1月から本格運用が始まっています。
自社の製品が、CBAMの影響を受けるかどうか、定量的に試算しているでしょうか。
● 直接輸出の影響
● サプライチェーン経由の間接影響
● 川下製品への拡大の将来影響
これら3つの経路で、いずれも影響を受けない企業は、ほぼいないと考えるべきです。
「とりあえず試算してみる」ことが、まず必要です。
5.4 問い③ 「脱炭素を『コスト』ではなく『競争力』として位置付けていますか」
これが、最も本質的な問いです。
経営層、事業責任者、現場担当者の全員が、脱炭素対応を競争力の源泉として認識しているでしょうか。
「対応しないと取引が切られる」という消極姿勢ではなく、「対応することで新しい市場を取りに行く」という積極姿勢です。
この意識転換は、社内全体の意識改革が必要です。組織変革の本気度を、自社で問い直す時期に来ています。
おわりに 次回予告
次回の第9話では、「エネコスト競争力、価格高騰時代を生き抜く」というテーマで、エネルギー価格の急激な変動の中で、製造業がコスト競争力をどう維持するかを掘り下げてまいります。
2025〜2026年は、エネルギー価格が極めて不安定な時代になっています。
● ホルムズ封鎖の懸念によるLNG価格高騰
● 中東情勢、ウクライナ情勢
● 円安による輸入燃料コスト増
● 日本の電気料金上昇
これらの中で、日本の製造業がどうコスト競争力を維持するか。
● 長期PPA、コーポレートPPAの戦略
● 自家消費・蓄電・需要応答(DR)の組み合わせ
● ヘッジ戦略、調達ポートフォリオ
● 海外移転とエネコストの関係
現場感覚で、率直にお伝えしてまいります。
ホルムズ封鎖の影が長く伸びる2026年5月、サプライチェーン脱炭素を踏まえて、次はエネコスト競争力を見つめましょう。
それでは、次回でお会いしましょう。
引用文献・参考資料
● The Climate Group「RE100 Annual Report 2024」
● 日本気候リーダーズ・パートナーシップ(JCLP)「RE100・EV100・Smart Energy Coalition日本地域パートナー」
● RE100「Technical Criteria」(2024年改訂)
● SBTi「Corporate Net-Zero Standard Version 1.2」
● SBTi「Corporate Net-Zero Standard Version 2.0 Initial Consultation Draft」(2025年3月)
● SBTi「Corporate Net-Zero Standard Version 2.0 Second Public Consultation Draft」(2025年11月)
● 自然エネルギー財団「SBTiの基準改訂案、2040年までの電力セクター脱炭素化」(2025年4月)
● 環境省「SBT詳細解説資料」(2025年6月)
● 三井化学「SBT企業ネットゼロ基準の改定ポイントと今後の展望」(2025年12月)
● JETRO「EU炭素国境調整メカニズム(CBAM)の解説(基礎編)」(2024年2月)
● JETRO「EU炭素国境調整メカニズム(CBAM)の簡素化規則の解説」(2026年2月)
● 経済産業省「主要国のCBAM関連動向」(2025年5月)
● 自然電力「CBAMとは|本格適用はいつから?」(2025年8月)
● フューチャーアーティザン「CBAM対象範囲の拡大」(2025年)
著者プロフィール
畠山 達彦 株式会社DCTA 代表取締役
大手ケミカルHDの事業会社にて機能性樹脂事業の責任者を務め、素材開発・加工技術・工場設計・生産管理に至るバリューチェーン全体の意思決定を担う。30カ国以上の事業運営を統括した後、2014年11月に独立し株式会社DCTAを設立。製造業の環境規制対応(PFAS・EU CRA等)、IoT/AI/デジタルツインを活用したスマートファクトリー構築、アジアでの資源循環ビジネス開発を中心としたコンサルティングを展開。湘南・横浜を拠点に、東南アジア・中東・インド・欧州・米国で活動中。CLOMA(クリーン・オーシャン・マテリアル・アライアンス)ワーキンググループ・インドネシア協力チームリーダー。NewsPicks EXPERT AWARD ベストフラッシュオピニオン賞2024/2025年連続受賞。
会社URL https://www.dctainc.com/
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