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海沿いのバイク🚲06 + 北前勉強⚓09 

1 鬼伏のつづき

江戸時代のはじめから
鬼伏の人達は、
弁財船べざいせん」で北海道、九州、大阪まで
出かけて商売をしていたそうです。

古い文書には、
1761年の回船状況があって、
鬼伏44艘、鬼舞27艘、能生10艘とあります。

2 両鬼りょうき

鬼伏と鬼舞の境にあります。
ボックスカルバートです。
(箱型コンクリート構造物)
奥へ進むと、漁港があります。

地元の皆さんが
海水浴とかBBQやってました。

おじちゃんが、
「ああ、写真を撮る人ね」とアイコンタクト。
その通りなので、
会釈しました。

3 鬼舞

鬼舞(きぶ)と読みます。

江戸時代には、弁財船を使い、
大変栄えた地域です。
弁財船には、15人くらい乗り込んでいたが、
激しい船上に耐えられるのは若いものばかりで、
14歳くらいから乗り込み、
30歳を過ぎて船頭になったと言います。
現在、廻船業者の佇まいを残しているのが
伊藤助右衛門家です。

国の重要文化財です

4 伊藤家

伊藤家は、1627年に廻船業を開始、
5人乗り1艘から始まって、
1858年には、
400~600石積の弁財船(8人~12人)を
9艘を所有していたようです。

そして江戸後期から明治にかけて
新潟県内屈指の廻船船主として
活躍しました。

この建物は、1887年の類焼後に
再建されたものです。

現ご当主のお父さんから
「載せてもいいよ」と
言っていただいた写真です。

なぜここにある?

5 帰りに

バイクの帰り道、
鬼舞の神社に寄っています。
船に乗ってやってきた狛犬くんを
後日ご紹介します。

編集に当たり、
次の資料を参照させていただきました。
 能生ふるさとサークル
 「温故知新」復刻版

Have a good day.