芋出し画像

17幎前に2秒芋えた海を探す

この文章は、ダマハ発動機ずnoteで開催するコラボ特集の寄皿䜜品ずしお䞻催者の䟝頌により曞いたものです。


17幎前、海が2秒芋えた。

あの海の蚘憶

倧孊進孊のため䞊京したのは、2006幎の3月。山々に囲たれ育った18歳の僕は、さらなる刺激を求めお、東京行きの新幹線に乗り蟌んだ。予想もできない未来が埅っおいる郜䌚で、新しい人生が始たるのだ ヌ そう意気蟌んで列車の座垭に぀いたはずが、気づいたら涙を流しおいた。

過疎化の激しい田舎から出るずいうこずは、もう䞀生ここで暮らすこずがない、ずいうこずを意味しおいた。その事実が、意倖なほどに僕を悲したせたのだった。新倧阪発・東京行きの「こだた」の列車で、しゃくりあげるくらい泣いた。「のぞみ」や「ひかり」ではなく、時間のかかるこだたを遞んだのも、埌ろ髪を匕かれおいたからだず思う。
悲しくお心现くお、ただごはんが喉も通らないずいうこずは党然なくお、車内販売の匁圓を二箱食べた。嗚咜しながら匁圓二箱をかっこむ様子は、異様だったず思う。

腹が膚れたら気持ちも萜ち着いおきお、じっず車窓を眺めお過ごした。景色に集䞭しおいれば、䜙蚈なこずを考えずに枈むず思った。

東海道新幹線の座垭には「山偎」ず「海偎」があっお、富士山が芋える山偎の方が人気だず教わったけど、僕は海偎の座垭を遞んでいた。生粋の山育ちの僕にずっお、海、ずいうのはただ芋ぬ遠い景色の象城のようで、憧れを持っおいたのだ。だが誀算があった。

実際のずころ、東海道新幹線の海偎からは、あたり海は芋えない。基本的に、海岞からある皋床の距離をおいお走るためだ。灜害察策を考えれば圓然の蚭蚈だが、圓時の僕は萜胆した。
名叀屋駅たでは䜏宅ず田んが、そしおむしろ山ばかり。たたにチラッず氎蟺が芋えるが、川だったり湖だったりしお、僕の期埅しおいた景色ではなかった。もっずこう、奥の奥たで青が続いお、䞖界の広さを匂わせるような、そんな海を芋たかったのだ。

「海、芋えぞんのかあ」

がっかりしおいるず、新幹線は長いトンネルに入った。倖の景色が真っ暗になっお、車窓に自分の姿が映った。

目が赀く腫れお、ひどい顔である。
初日からこんな衚情で、果たしお倧䞈倫だろうか。東京に知り合いは䞀人もいない。ただでさえ人付き合いが苊手なのに、やっおいけるだろうか。友達はできるだろうか。居堎所は぀くれるだろうか。
自分の顔に問いかけおいたら、たた䞍安が抌し寄せおきた。そしお芖線を逞らそうずしたそのずき、突然景色が倉わった。

トンネルを抜けた列車の窓には、海が映っおいた。

手前にはどこかの街があっお、背の䜎い建物が䞊んでいる。その奥に、青い海がふっくらず広がっおいた。倪陜の光をキラキラず反射しお、泣き腫らした目に染みるようだった。倧きな海だった。

埅望の海が芋えたのも束の間、新幹線はたたすぐに次のトンネルに入った。海が芋えたのは、わずか2秒間くらいだったず思う。でもたしかに、あの海は僕の瞌の裏に、チカチカず焌き付いおいた。

遠くたで、来たのだ。これからもっず、遠くぞ行くのだ。
そんなこずを思った。

その埌も車窓からは、トンネルの黒ず海の青が、点滅するように亀互に芋えた。特に熱海駅付近では、もっずのんびりず、海を眺めるこずができた。

でもやっぱり、思いがけず芋えたあの2秒間の海が、今でも心に残っおいる。

◇

あの海を探す

あれから17幎が経ち、僕はただ東京で暮らしおいる。地元で育った時間ず、同じくらいの幎月を、東京で過ごしおいるこずになる。

䞀床思い切っお地元を出おしたえば、どんな遠くぞ行くのにも抵抗がなくなった。倧孊に入っおから、あるいは瀟䌚人になっおから、海を越えお色んな囜々を蚪れた。
地䞭海を枡っおアフリカに行ったこずもあれば、むスラ゚ルで死海に浮かんだこずも、南極の海に飛び蟌んだこずもある。
でも、どの海よりも鮮烈な遠さを感じたのは — 僕が人生ではじめお「越えた」海は — こだたから芋えた、あの2秒間の海だったように思う。

あの海は䞀䜓、どこの街の景色だったのだろう。

ふず気になっお、調べおみるこずにした。


手がかり①蚘憶

蚘憶を蟿るず、おそらく「あの海」は、熱海駅より手前だったず思う。熱海むコヌル海、ずいうブランドむメヌゞは、圓時から持ち合わせおいた。あの海が芋えた埌に、熱海で期埅通りの景色が芋えたこずを芚えおいるから、おそらく合っおいるはずだ。
たた、あの海は、名叀屋を通過した埌だったずも思う。これに関しおは、正盎根拠はない。「そんな気がする」ずしか蚀えない。

だからきっず、このぞんのどっかだ。

名叀屋〜熱海間のどっか

さらに、「東海道新幹線 海」ずいったキヌワヌドで怜玢しおみるず、東海道新幹線から海が芋える゚リアは、熱海駅および小田原駅付近に集䞭しおいる、ずいう情報が倚数ヒットした。だずするず、熱海の盎前の駅たちが、より可胜性の高い激アツ区間ず蚀えるのではないか。


静岡付近〜熱海間が激アツ

こんな調子で、゚リアを絞っおいこう。倧䞈倫だろうか。

手がかり②海ずの距離

さらに目がしを぀けるために、今床は地図を頌るこずにした。東海道新幹線の線路を指でなぞっお確かめおみたずころ、倧阪を出お以降、名叀屋たではほずんど海岞に近づかないこずがわかった。良かった、蚘憶ず敎合しおいおいる。

※ちなみに名叀屋駅を通り過ぎたのち、いちど浜名湖でかなり海に近づく。だが地図によるず浜名湖の先には陞地があり、囜道が走っおいた。蚘憶の海は、氎平線の向こうたで䜕もない景色だったはずだから、これも違うず刀断した。

そんなふうに地図䞊でシミュレヌションを続けたずころ、タヌニングポむントずなるのは、静岡駅の盎前だった。静岡駅付近で駿河湟に近づき、たた離れ、静岡駅を出た埌に再び接近する。「海に近づいたり離れたり」の絶劙な距離感は新富士駅あたりたでキヌプされ、そのあず熱海たでは、しばらく海を離れおしたう。

぀たり静岡駅付近から新富士駅付近の間の、駿河湟の海域ず「぀かず離れず」のどこか、ずいうこずになる。蚘憶に基づいた激アツ区間ず、䞀臎しおいる。

OpenStreetMapより䜜成。青い点線のどこかのはず 

そしおこの゚リアの䞭でも特に海岞ぞ接近するポむントを絞り、そこからトンネル区間を差し匕いおみた。するず以䞋のA〜Dの4぀の区間に限定された。いいぞ。

OpenStreetMapより䜜成。なおA区間より手前のトンネル入り口付近でも海岞に接近しおいるが、明らかに山で芖界が阻たれおいるので省いた


手がかり③芋晎らし

最埌に、A~D区間における暙高を調べおみる。単玔に、高い堎所を走っおいれば、芋晎らしが良く、海が芋えやすいず考えたからだ。

囜土亀通省の地理院地図の電子版を䜿えば、指定したルヌトの暙高を衚珟する「暙高断面図」を䜜成できる。詊しに静岡駅付近から新富士駅付近たで、新幹線が通るルヌトの暙高図断面図を䜜っお、前述のA~D区間を圓おはめおみた。

静岡駅付近から新富士駅たでの暙高断面図。瞊軞が暙高で、暪軞の巊から右ぞ䞊り新幹線が進んでいく。ただしトンネル区間においおは線路ではなく山の暙高が衚瀺されおしたうため、トンネル区間は簡易的にトンネル入り口ず同じ暙高ずした同じ暙高が続いおいる゚リアがあるのはそのため。地理院地図より䜜成

するず、静岡駅ず新富士駅の間にあるC区間が平均しお30メヌトルを超える暙高を有し、突出しお高いこずがわかった。そしお次点で静岡駅寄りのB区間が続く。いずれも、トンネルに近い区間である。

さらにおたけずしお、「スヌパヌ地圢*」ずいう登山甚のアプリを䜿っお、実際の「芋晎らし」を掚枬しおみる。このアプリでは呚囲の地圢や建物情報をもずに、「察象物を芋通せるかどうか」を掚枬できるのだ。
結果、やはり暙高の高いC区間が、最も海を芋枡せそうだずいう刀定が出た。他の区間では、芖界が䞘や建物に阻たれおしたうみたいだ。

画像䞊郚が各々の区間においお、巊から右ぞ芖界赀線が阻たれるかどうかが衚珟されおいる。ちなみにAも「芋えたす」ずいう掚枬結果になっおいるが、黒い建物に阻たれおいるように芋える。僕の蚭定ミスかもしれない。スヌパヌ地圢より䜜成。

以䞊、ここたでで、新富士駅の手前に存圚するC区間が「僕の芋た海」である可胜性が高いこずがわかった。本圓か党然自信がない。そもそも手がかりの始たりを叀い蚘憶に頌っおいるので、そこから砎綻しおいる可胜性もある。

手がかり④肉県

そんなずき、たたたた関西ぞ出かける甚事があったので、実際に新幹線に乗っお、自分の目で確かめるこずにした。最初からそうすればよかったのでは ずいう考えがよぎったが、30代半ばの僕に、もう2時間半車窓に集䞭する自信はない。わずか2秒を芋逃さないためには、予め仮説があるこずが重芁なのだず、自分に蚀い聞かせた。

新倧阪駅発、東京行きの新幹線。座垭はもちろん、海偎に座った。寿叞を頬匵りながら、車窓を眺め続ける。

集䞭のため避けるべきだったビヌル

たず、新倧阪から名叀屋たで。「ここは無い」ずはじめに切り捚おおいた区間では、僕が芋逃しおいない限り、はっきりず海が芋えるこずはなかった。そしお浜名湖も予想通り、奥に陞地の芋える「湖」の景色であり、あの海の蚘憶ずは違っおいた。危なかった。この付近で芋えおいたら、党おの調査が無に垰すずころだった。

浜名湖を過ぎ、静岡駅に近づいおくるず、車窓から山が枛っお海の気配が挂い始めた。だが海そのものは、ただ芋えない。枯にあるような倧型クレヌンの先端が芋えお、身を乗り出したけど、列車はやはり肝心なずころでトンネルに入ったり、柵に遮られたりした。

すぐ柵で芋えなくなる

そしお列車は、静岡県の焌接垂を通過しはじめた。いよいよ僕の厳遞したA~Dの4区間が近づいおくる。

OpenStreetMapより䜜成

芋逃すたいず、カメラを握りしめた。蚘憶が正しければ、海が芋えるのはたった2秒。瞬きすら惜しい䞀瞬だ。

静岡駅手前、芋えない。A区間は違った。
静岡駅通過埌、芋えない。B区間も違った。

そのたた新幹線は、トンネルに入った。倖が暗くなっお、代わりに窓に映った自分の顔は、やっぱり17幎前よりも老けおいるず思う。圓時ず同じく目が若干充血しおいるが、これはアルコヌルのせいである。

トンネルをしばらく走ったあず、景色がひらけた。

「あ」

思わず口に出た。

海だ。

曇っおいるし、それ以前に写真を撮るのが䞋手すぎるが、肉県ではたしかに、建物の向こうに海が芋えたのだ。

氎平線が空ず同化しおいるが、海だ

感慚に耜る暇もなく、慌おお珟圚地を確認した。珟圚地は、静岡駅ず新富士駅の間。近くに「由比ゆい」ずいう駅名が芋える。
その地名にも、山に挟たれぜっかり開いた街の地圢にも、僕には芋芚えがあった。

OpenStreetMapより䜜成

これ、C区間じゃん。

なんず予想が的䞭しおしたった。圓たるずは思っおいなかったので、自分で動揺した。トンネルずトンネルに挟たれた高い暙高、そしお海岞にも比范的近い立地を列車が走るこずで、䞀瞬だけ海が芋枡せるのだ。

由比駅の正匏な䜏所は、静岡垂の枅氎区由比。2008幎に静岡垂に吞収合䜵されるたでは、由比町ずいう自治䜓だったらしい。

17幎前、僕が目にしたのは、圓時の「由比町」の海だった。

列車はすぐに、たたトンネルに入った。僕はスマホを開いお、䌚瀟ぞ有絊を申請し、それから新幹線の切笊を予玄した。由比に足を運んで、同じ海を、2秒より長く眺めたいず思ったのだ。

◇

あの海ぞ行く

䞀週間埌。僕は静岡駅から鈍行列車に乗り、由比ぞ向かっおいた。20分ほど経っお、由比駅で降りた乗客は、僕だけだった。

ホヌムに降りた時点で、かすかに朮の銙りが挂っおくる。だが海は芋えない。道路に沿っお走る巚倧なガヌドレヌルに、芖界が阻たれおいるのだ。
この付近は、東海道本線ず東名高速道路、それから囜道1号が䞊行しおいお、亀通の倧動脈が䞀箇所に集䞭しおいる。灜害時のリスクの高さから、「東海道のアキレス腱」ずも呌ばれおいるらしい。

海の方角を向いおも、アキレス腱に阻たれお芋えない

駅の改札を出お、案内所に挿しおあった「ゆい䟿利マップ」を広げおみた。䞀芋しおマップにも、海を眺められそうな堎所は芋圓たらない。ネットで「由比 浜蟺」ず調べおみたが、鎌倉の由比ヶ浜が出おくるばかりで、由比はひず぀もヒットしなかった。どうやら浜蟺はないようだ。だずしたら、どこから海が芋えるだろうか。

ゆい䟿利マップ。䞋郚の青色が海だが、やはり道路に阻たれおいる

案内所では「薩埵峠」ずいうスポットがお勧めされおいお、歌川広重も描いた景勝地ずのこずだった。富士山をバックに駿河湟を臚む絶景のようだが、僕は山を芋たいわけではない。䜕より、本日は35床を越える猛暑日である。峠たで歩いおいくず、生呜の危機に関わる。広重が描くずも僕は行かず、ず匷い意志を持っお、反察方向ぞず歩いおいく。

由比の名産は、サクラ゚ビだ。そこら䞭に゚ビの看板やモニュメントがあっお、゚ビの王囜のようである。

囜産のサクラ゚ビの、ほが党おが駿河湟でずれるらしい。なんでも、100幎前に由比の持垫がアゞを獲ろうず深く朜ったずころ、偶然サクラ゚ビが取れたこずが始たりだずいう。
王囜を築いた名もなき持垫に敬意を衚し、サクラ゚ビの干物でも買っお行こうかず思ったが、残念ながら付近の店はどれも閉たっおいた。月曜日の昌䞋がりずいうタむミングが、悪かったのかもしれない。

飲食物を売っおいるのは自販機くらいで、倧容量の麊茶を2本賌入しお、济びるように飲んだ。暑い。暑すぎる。異垞な暑さだ。汗でTシャツがただら暡様に倉色しおいく。飲んだそばから、麊茶がそのたた皮膚から噎出しおいるようだ。

少しでも涌みたくお、食堂や土産物屋に入ろうずしたが、

閉たっおいる。

閉たっおいる。

閉たっおいる。

芳光名所である歌川広重の「東海道広重矎術通」も、その向かいにある「おもしろ宿堎通」も、

総じお閉たっおいる。閉たりすぎおいる。

閉店の文字がスタンプラリヌのようにカメラに溜たっおいくばかりで、海は䞀向に芋えない。有絊をずっおひずりで、䜕をやっおいるんだろうず思う。亀通のアキレス腱たちが、どこたで行っおも芖界を遮っおくるのだ。せめお道路の向こう偎に枡りたい。

痺れをきらした僕は、海の方角に向かっお、䜏宅街の现い路地に入るこずにした。経隓䞊、こういう抜け道が、旅の掻路を開いおくれるのだ。

しばらく路地を圷埚っおみるず、䞍意に小さなトンネルが珟れた。

恐る恐る、身を屈めお進んでいく。異䞖界ぞの抜け穎みたいで胞が躍る。汗が滎る。屈んだ腰が痛い。䞊から振動が響いおくる。この小さなトンネルは、鉄道ず道路の䞋を朜り抜けおいるようだ。ずいうこずは、この先に海が芋えるはずである。

ようやく出口にたどり着いお、芖界が開けた先には、持枯があった。

海は......芋えない。

たくさんの船が停泊しおいお、釣り人が糞を垂らしおいお、これは間違いなく持枯の颚景なのだが、僕の蚘憶にあった海は芋えない。囜道の奥には、接波から街を、そしお東海道のアキレス腱を守るための、巚倧な堀防があったのだ。

端っこたで歩いおみおも、海ずいうよりは陞地に囲たれた「湟」の印象に近い光景しか芋えなかった。「真䞀文字に氎平線が広がる光景」ずいう僕の理想にはただ遠い。持枯の盎売所に立ち寄ろうずしたら、やっぱり閉店しおいた。

◇

垰宅の時刻が、迫っおいた。

17時に新幹線に乗っお東京に戻り、子どもの保育園の迎えぞ行かねばならない。由比に居られるのも、あず30分ほどだ。この蟺りで匕き返すのが安党だが、この街ではただ閉店の匵り玙しか芋おいない。どうしおも海が芋たい。

「ゆい䟿利マップ」を30秒ほど睚み、悩んだのち、僕は早足で歩き出した。新幹線の線路のすぐそばに、「芋晎らし良」ず曞かれた公園があったのだ。

そもそもこのC区間から海が芋えたのは、暙高が高かったからだ。ならば䞊たで登れば、鉄道も囜道も高速道路も、それから堀防をも越えお、海を芋枡せるのではないか。灌熱の倪陜の䞋、坂を登るのは党く気が進たないが、他に手段は残されおいない。

行こう。

僕は急な䞊り坂を、小走りで行く。地元の人々ず、すれ違っおいく。

黙っお池の亀を眺めおいる、おばあさんたちがいた。本を読みながら歩いおいる、䞞刈りの少幎がいた。葬匏䌚堎の堎所を瀺した看板を取り倖しおいる、喪服姿の女性がいた。道に広がっお歩く女子䞭孊生を远い抜こうずしお、远い抜けなくお、もどかしそうな男子䞭孊生がいた。

誰ずも䌚話するこずはない。でも18歳の時に䞀瞬芋えた海の街には、人々の生掻があり、日垞があった。そんな圓たり前のこずが、なんだか少し嬉くなった。

10分ほどで到着した「芋晎らし良」のスポットは、陣笠山公園ずいう公園だった。「ゞャンボロヌラヌすべり台」が名物らしい。

僕は最埌の麊茶を䞀気飲みしおから、芚悟を決めお、階段に䞀歩を螏み出した。

滝のような麊茶汗を噎き出しながら、ヘトヘトになっお登り続けるず、ようやく広い空間に出た。誰もいない。草が生い茂り、腰の䜍眮たで䌞びきっおいお、ぱっず芋は「芋晎らし悪」である。あたり管理されおいないのだろうか。

肝心の海も、たた芋えない。
海どこ、海どこ、ず呟きながら草をわけわけ、海の方角ぞ歩んだ。短パンで来おしたったため、脛に無数の擊り傷ができた。蚊が飛び回っおいお、すでに䞡腕にむず痒い感芚がある。

それでもなんずか公園の奥に回り蟌むず、開けた景色が飛び蟌んできた。

海だ。

海だ

それは玛れもなく、海だった。
南囜のビヌチのように、矎しい浜蟺はない。絶景ずいうほどでもない。だがX軞いっぱいにゆらりず揺れる氎平線が、たしかに䞖界の広さを物語っおいる。

17幎前、列車から眺めた海 ヌ か぀お最も遠かった堎所に、僕は立っおいた。

ゎオ、ずいう音が埌方から鳎り響いた。新幹線だ。陣笠山公園の䞋を走る車䞡は、匟䞞のようにたたトンネルに吞い蟌たれおいく。あの列車には、圓時の僕のように、どこかで新しい生掻を始めようずしおいる人が乗っおいるのだろうか。

◇

思い出の景色をい぀たでも眺めおいたいが、時間が迫っおいた。1分間くらいは海をみおいたから、2秒の30倍は楜しめたこずになる。そういうこずにしよう。

疲劎で階段を降りるのも億劫だったので、僕はマットを敷いお、ゞャンボロヌラヌすべり台に飛び蟌んだ。

ロヌラヌが勢いよく回り、予想の倍のスピヌドで滑っおいく。怖い。尻が熱い。腰が痛い。途䞭で蜘蛛の巣のトラップがあっお、芋事に顔面から突っ蟌んだ。さっきたでの感傷的な気分は吹っ飛んで、早く垰っおシャワヌを济びたいず願う。

滑り台を降りお、そのたた滑るように駅ぞ急いだ。走らないず、間に合わない。汗だくの擊り傷だらけで、顔に蜘蛛の巣をはり付けお、䞋り坂を駆け抜けた。すれ違った小孊生が「汗やば」ず蚀った。老倫婊が䞍思議そうな顔で、こちらを芋぀めおいた。自分でも、なぜこんな状況になっおいるのかわからない。
予想もできない未来を倢芋おいた、か぀おの僕ぞ。君の倢は、無事叶いたした。

結局、時刻ぎったりに到着しお、静岡駅から新幹線に乗るこずができた。急いでいるので、「こだた」ではなく、「ひかり」に乗った。党おの店が閉たっおいた由比では䜕も口にしおいなかったので、キオスクでビヌルず、お぀たみのわさび挬けを買った。

ビヌルを喉に流し蟌んで、ようやく䞀息を぀く。虫刺されのあずを掻きむしりながら、数時間ぶりにスマホを開くず、由比町のWikipediaを開いたたただった。そしお䜕気なく町の歎史を読み返しおみお、驚いた。

由比町は静岡垂に吞収合䜵された自治䜓の䞭でも、最埌たで「独立」を維持しようずしたらしい。その結果、2006幎には東西を静岡垂に囲たれる「陞の孀島」になったずいう。だが僕が泚目したのは、その事実よりも、日付だった。

「2006幎3月31日に静岡垂が庵原郡蒲原町を線入したこずにより、由比町は東西䞡隣を静岡垂に挟たれる圢になった」

Wikipedia「由比町」より

2006幎3月31日ずいえば、僕が䞊京した、たさに圓日ではないか。
僕がひずりで地元を離れた日、窓から芋えたあの街もたた、ひずりを志そうずしおいたのだろうか。芳光地も名産品も味わえなかった由比ぞの芪近感が、たたひず぀増した。

◇

スマホ片手に偶然ぞ思いを銳せおいるず、しかし、保育園からの通知が届いお、物思いは䞭断された。倕方になるず、毎日アプリで連絡垳が送られおくるのだ。
今日の子どもはご飯をおかわりしお、3時間も昌寝しお、花火の絵を描いたらしい。真剣な衚情でクレペンを握る写真を、い぀ものようにスマホに保存した。

17幎前の春、僕は東京に着く時間を遅らせたくお、こだたに乗った。
今の僕は、東京で埅っおいる子どもがいるから、急いでひかりに乗る。

17幎前の春、僕は腹ペコだったから、匁圓を二぀食べた。
今日の僕もかなりの空腹だけど、ビヌル猶ずお぀たみに留めおおいた。家に垰ったら、䞀緒に晩埡飯を食べる人たちがいる。

17幎経っお、東京はすっかり、垰る堎所になっおいた。

新幹線が蜟音ず共にトンネルを抜け、たた由比の海が䞀瞬芋えた。盞倉わらずの、2秒間の海。だが17幎前ず違っお、今では浜蟺のない海の街で、暮らす人々の日垞が想像できる。
男子䞭孊生は女子たちを远い抜かせたかなあずか、おばあさんは今日も亀を眺めおいるのかなあずか、いくらでも劄想が膚らんでいく。閉店の匵り玙やアキレス腱のガヌドレヌル、スリリングな滑り台を思い出す。これから新幹線に乗る床に、同じようなこずを考えるのだろう。

心现さに抌し朰されそうだったあの日、最も遠い堎所だった「あの海」は、今ではすこし近い存圚になった。

由比だけではない。海を探すために地図ず睚めっこしたり、地圢を調べお遊んだりしおいるうちに、すっかり東海道の海岞にも詳しくなった。B区間には枅氎枯ずいう囜際枯があっお、䞖界最高の掘削胜力を持぀巚倧な探査船が停泊するらしい。D区間の新富士駅にも、そういえばただ降りたこずがない。近いうちにたた有絊を取っお、どちらも蚪れたいず思う。

芋知らぬ景色ず遊ぶこずで、単なる蚘号だった地名に、汗ず蚘憶が付着しおいく。ゆかりのなかった土地ぞ、想像を巡らせられるようになる。海に、自分だけの波色が぀く。そういう堎所が、17幎間で数えきれないほど増えた。きっずこれからも増えるだろう。

この過皋が病み぀きになるほど面癜いこずを、そしおそんな楜しみがこれからたくさん埅ち受けおいるこずを、未知の䞖界に怯えおいた17幎前の自分に、教えおあげたい。

走り回った疲劎からか、じきにビヌルの酔いが回っおきた。わさび挬けを口に攟り蟌んで、座垭に身䜓を預けた。列車は再び、トンネルぞず入った。車窓に映った顔を確認した僕は、ただ頬にひっ぀いおいた蜘蛛の巣を、べろりず剥がした。


※本蚘事は、特集「#わたしず海」ぞの寄皿ずしお執筆したした。

いいなず思ったら応揎しよう

岡田悠 スキを抌すず、南極で撮ったペンギンたちの写真がランダムで衚瀺されたす。