「Broken heart for sale」
もう、10年前の話になる。
私は別のサイトで
ブログを書いていた。
ある日、自分のページを
確認したら新しい、
でも見覚えのあるアイコンが
いくつもgoodを押してくれていた。
少し前に閉鎖した
「彼女」だった。
行って読んでみたが、
不覚にも泣いてしまった。
どういう感情の涙なのか、
今でもわからない。
その頃、私は夫の金銭問題、
彼女はモラハラに悩んでいた。
私は勝手に同志のように
感じていたのだ。
彼女の日記は読みづらく、
私は何回か反芻しなければ
意味が理解できなかった。
文章の間から気難しさと
子供っぽさが垣間見え、
いつも不安定だった。
そんな彼女がとつぜん離婚、
再婚する。
彼女はそのころ
コンビニエンスストアで
アルバイトをしていた。
常連客のなかに密かに
想いを寄せる人がいたのだ。
いつも、「かわいい」と
書き連ねていた相手。
バレンタインデーのプレゼントで
一気に距離が縮まり、
深い関係になった。
私はそれを知ったとき、
とても意地悪なことをした。
そのころの私は我慢することが
美徳だと、強く思い込み
それを他人にまで
押し付けようとしていた。
そのくせ生きることを
呪いながら、
何もしようとしていない。
彼女への思いは
どす黒く汚い嫉妬と羨望
それに焦りだった。
でも、それだけじゃない。
10代の少女のように、
≪ 愛さえあれば
どんな困難も乗り越えられる≫
≪ 私達の愛は永遠に不滅≫
と、思い込んでいる
その危うさに憂慮した。
だから手放しで
『頑張って!応援してる!』
と、無責任に励ますことは
できなかった。
離婚成立する前に
恋人のことがバレないだろうか?
と、心配したが杞憂におわった。
彼女は高校生の娘をつれて
一時的にマンスリーマンション
に引っ越し、その後再婚した。
再婚相手には姑がいた。
元妻である外国人女性が
置いていった高校生の娘と
中学生の息子がいた。
彼女には大学生と高校生の
娘がいたが、二人とも
彼女のもとを去った。
彼女はその後、何度も
消えたり現れたりしながら
新しい生活のことを綴っていたが
今はどうしているのか、
わからない。
私はその後も、
言葉も心も通じない夫と
暮らしていたが
離婚することができた。
孫も生まれた。
猫は死んでしまったが、
娘と二人平穏だ。
仕事で腹が立つことは、
しばしばある。
彼女は
『 絶対幸せになってやる』と
何度も繰り返していた。
永遠に幸せでいることは
不可能だし、
それは、どちらかというと
感じるものかしらと、
今は思う。
ときどき、ふと思い出す。
彼女の日常が平穏であることを祈る、
と、言うのは綺麗事が
過ぎるだろうか?
