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ガーデンズ・バイ・ザ・ベイで草間彌生に出会って気づいた、「日本らしさ」のこと

植物園で、思わぬ日本人作家に出会う

シンガポールのガーデンズ・バイ・ザ・ベイ。多肉植物が生い茂るクラウドフォレストの一角で、水玉模様の少女の像に出くわした。草間彌生さんの作品「Kei-chan」だ。

美術館ではなく、植物園。しかも海外で、日本のアーティストの作品に出会う——この体験が、思いのほか多くのことを考えさせてくれた。

草間作品は、なぜ自然にも都市にも溶け込むのか

草間さんの水玉模様は、幼少期からの幻覚体験に根ざしている。身の回りのものが水玉に覆われていく感覚を、彼女は作品に昇華させてきた。そこにあるのは「増殖」というテーマと、「自己と他者の境界を溶かす」という一貫した思想だ。

この「境界を溶かす力」こそが、草間作品がジャンルや場所を選ばない理由だと思う。多肉植物の群生と並べば生命の増殖と呼応し、ネオン輝く都市の夜景に置かれれば無機質な反復と呼応する。

ドットという最小単位のモチーフは、拡大しても縮小しても破綻しない、いわばピクセル的な普遍性を持っている。だからこそデジタルにもアナログにも、自然にも都市にも、等しい強度で溶け込める。

草間彌生の「グローバルな過去」

草間さんの普遍性は、最初から備わっていたものではない。

27歳で単身渡米し、1960年代ニューヨークの前衛アートシーンの中心にいた。ドナルド・ジャッドらと親交を持ち、当時としては異例の存在感を放っていた。しかし東洋人女性であることへの偏見や困窮の中で心身をすり減らし、1973年に帰国。長期入院しながら制作を続け、世界的な再評価を得たのは1993年のヴェネチア・ビエンナーレ以降、実はここ30年ほどの出来事だ。

つまり彼女は、若くして本場で挫折を味わい、日本に戻ってなお制作を続けた末に、時代の方が追いついてきた作家なのだ。世界を知ったからこそ、自分の内側にある譲れないものの輪郭がくっきりと見えてきた——そういう順序だったのだと思う。

「日本らしさ」は、外に出て初めて輪郭を持つ

これは、自分自身の実感とも重なる。

不思議なことに、日本の香川県で見た草間作品には日本らしさを感じなかったのに、シンガポールで見た同じ作家の作品には、圧倒的な日本らしさを感じた。

作品は変わっていない。変わったのは、見る側の自分だ。日本にいるときの自分は、日本という文脈の「内側」にいて、それを対象化する距離を持てていなかった。シンガポールという多様性の中に身を置く今の自分は、日本を外から意識する主体になっている。だからこそ同じ水玉を見ても、そこに「日本的なもの」を読み取ってしまう。

芸術を見るという行為は、実は「作品を通して自分の現在地を見る」ことでもあるのかもしれない。

チャイナタウン、リトルインディア、アラブストリート——薄まらない多様性

シンガポールの街を歩いていて感じるのは、それぞれのエスニックタウンが「薄まって混ざる」のではなく、隣接することでむしろ自分の色を強めていることだ。チャイナタウンの赤と金、リトルインディアの原色、アラブストリートのモスクとストリートアートの対比。

これはまさに草間さんの水玉の構造と同じだと思う。個々のドットは互いに溶け合うようでいて、実は一つひとつが独立した強度を保ったまま並んでいる。多様性の中にいるからこそ、自分の「母国色」がむしろ強くなる——シンガポールに住む今の方が、日本にいたときより日本らしくいられる、という感覚の正体はここにあるのだろう。

チームラボ、サンリオ、草間彌生に共通するもの

シンガポールで存在感を放つ日本文化を見渡すと、チームラボの没入型デジタルアート、サンリオのキャラクター文化、草間彌生の水玉——一見バラバラなこの3つに、共通する感性があることに気づく。それは「境界を溶かす力」だ。

- チームラボは空間と身体の境界を
- サンリオは高尚な芸術と日常消費の境界を
- 草間彌生は自己と他者、有機と無機の境界を

それぞれ溶かしていく。日本文化には元々、こうした「際を曖昧にする」感性が根付いていて、それが今、多様性が前提のグローバルな都市で強く求められる価値と一致しているのではないか。

日本が取り戻せる、シンガポールのようなパワー

シンガポールという国は、異なる純度の高いものが隣接することで化学反応を起こす、という構造を国家設計として体現している。日本国内では、同質性の高さゆえにこの化学反応が起きにくい面があったのかもしれない。

しかし日本文化そのものは、元々越境し、混ざり合う力を内包していたはずだ。ただそれを発揮する「場」が、これまで十分になかっただけなのだと思う。

シンガポールで日本文化が放つ輝きは、「日本文化に力がある」ことの再確認であると同時に、「多様性の中に身を置くことで、その力は初めて可視化される」ことの証明でもある。

日本にいたときより、シンガポールにいる今の方が日本らしくいられる——その感覚と、同じ構造がここにある。

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