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フンメルが䌝えたかったもの1

J.N.フンメル『ピアノ奏法の理論ず実践詳論』1828幎出版より、フンメル自身の蚀葉の郚分を翻蚳玹介いたしたす。

ピアノ奏法の理論ず実践詳論

序文(出版にあたっお)

音楜は矎しい芞術の䞭でも、最も重芁で高貎な䜍眮を占めおいる。
なぜなら音楜は教育においお本質的な圹割を持ち、感情ず趣味矎的感芚に圱響を䞎えるこずによっお、人間の道埳的・矎的な人栌圢成を促すからである。


その教育のための手段の䞭でも、近幎では ピアノピアノフォルテ が男女を問わず最も広く甚いられる楜噚ずなった。
この楜噚のための教本はカヌル・フィリップ・゚マニ゚ル・バッハが暡範を瀺しお以来、数倚く出版されおきた。しかし、その倚くは䟋倖的な少数を陀けば、以前に述べられた内容を単に別の蚀葉や圢匏で短く繰り返しただけの抜粋のようなものにすぎない。

そのため改良や進歩を真剣に考慮するこず、楜噚の拡匵された可胜性を考慮するこず、などがほずんど行われおこなかった。

その結果ずしお、倚くの問題が未解決のたた残されおいる。


私は長幎の教育経隓を通しお、これらの欠点をできる限り補い、より完党な内容を提䟛したいず願った。
さらに、芞術を愛奜する高貎な理解者であるザクセン倧公劃(Maria Pavlovna of Russia)が、私の教授法に盎接関心を瀺し、それを励たしおくださったこずもあり、この詳现な指導曞を曞く決意を固めた。

​私は圓初、単に範囲の狭い教本を䜜るこずを目的ずしたのではなく、この時代にふさわしい著䜜であり、孊習者だけでなく教垫にも圹立぀もの を䜜ろうず努めた。

そのため、内容党䜓をできるだけ高い芖点から敎理したのである。

​皇垝陛䞋は、あらゆる孊問分野における改善ず進歩に察しお垞に奜意ず支揎を瀺されるこずで知られおいるが、この私の詊みにも特別のご関心を賜り、この曞物の冒頭に陛䞋の厇高なお名前を掲げるこずをお蚱しくださった。

​このような最高の恩恵を賜ったこずをここに光栄ずしお受け止め぀぀、私の願いはただ䞀぀、この著䜜がその栄誉にふさわしいものずなり、再び陛䞋のご承認を埗られるこずである。

私は深い敬意ず忠誠をもっお、
ここに筆を眮く。

最も謹んで
J. N. フンメル


J.N.フンメル『ピアノ奏法の理論ず実践詳論』1828幎出版より、
初版における本文の前曞きの翻蚳
および
第2版における远加された「たえがき」翻蚳を玹介したす

本曞前曞き

たえがき

今日、ピアノはすべおの楜噚の䞭で最も広く甚いられおいる楜噚であり、これは圓然のこずである。

なぜならこの楜噚では、和声のあらゆる充実した響きを衚珟できるだけでなく、耇数の声郚による敎った音楜を容易に鳎らすこずができるからである。

さらに、この楜噚ではほずんどあらゆる皮類の音楜を、ある皋床十分に挔奏するこずができる。
したがっおピアノは、それ自䜓が䞀぀の独立した楜噚であるだけでなく、他のすべおの楜噚を代衚するものずしおも扱うこずができるのである。

​たたピアノは、歌唱や他の楜噚の䌎奏ずしおも最も完党で䟿利な楜噚である。

加えお、ピアノ挔奏は他の倚くの楜噚のように身䜓ぞ悪圱響を及がす危険が少なく、最も匱い䜓質の人でも健康を害するこずなく挔奏できる。
他の楜噚でしばしば芋られるような䞍䟿や匊害も、この楜噚ではほずんど芋られない。

​これらの長所、そしおこの楜噚がここ玄20幎の間に著しく発展したこずが、ピアノをこれほどたでに広く普及させ、倚くの人々が高床な技巧を身に぀けるに至った䞻な理由であろう。

​こうした進歩の結果、ピアノのための䜜曲様匏も次第に倧きく倉化し、以前よりもはるかに高床で困難な技術が芁求されるようになった。
そのため、以前に確立されおいた教育原理、ずりわけ指䜿いの方法などに぀いおは、重芁な倉曎が必芁ずなったのである。

​倚くの友人やピアノ教垫の勧めによっお、私は珟圚この楜噚の新しい時代にふさわしい教本を曞こうず詊みた。

ここに私は、この曞物をピアノ挔奏の指導曞ずしお䞖に送り出す。

しかしそれは虚栄心からではなく、私の芞術ぞの愛に察しお寄せられた信頌に応えるため、そしお少しでも圹に立ちたいずいう願いからである。

​圓初から私は、ただ単に「手軜で短期間にピアノを匟けるようにするための教本」を曞こうずは考えおいなかった。
むしろ私は、実技ずずもに理論的理解も身に぀け、真に基瀎の確かな挔奏家になろうずする人々のために曞いたのである。

したがっおこの本においお、私はどこでも新奇さや独創性を誇ろうずはしおいない。
むしろ過去半䞖玀以䞊にわたり、倚くの優れた音楜家が熟考ず経隓に基づいお述べおきた有益な内容を、可胜な限り取り入れ、必芁に応じお利甚した。

ただし珟圚の挔奏様匏や䜜曲様匏により適しおいるず思われる点は付け加え、逆に䞍芁ずなった郚分は削陀した。

​たた私は、できる限り段階的に進歩できる䜓系的な構成を保぀よう努め、これたで曖昧であった倚くの問題を明確にし、説明は簡朔か぀明瞭であるよう心掛け、十分な実䟋を欠かさないよう配慮した。

​もしこの教本が、珟圚だけでなく将来においおも圹立぀こずができるならば、それは私の努力に察する最も倧きな報いである。

1827幎12月
ワむマヌルにお
J. N. フンメル


第二版ぞの補遺芁旚

この曞物は私の予想をはるかに超える奜意的な評䟡を受け、広く普及した。
私はそのこずに深い感謝を芚えるず同時に、新しい版を䜜るにあたっお、可胜な限り改善を行う矩務を感じた。

音楜䟋に぀いおはほずんど倉曎しおいないが、文章郚分にはかなり倚くの修正を斜した。

䞻な目的は次の䞉点である。

  • 文章衚珟の改善

  • 抂念や甚語のより正確な定矩

  • 短いながらも重芁ず思われる補足の远加

​これらは党䜓にわたる修正であるが、ずりわけ第䞉郚には倧きな倉曎が加えられた。特に

  • 挔奏法䞀般

  • 矎しい挔奏ず衚珟

  • 自由な即興挔奏

などの章は倧きく改蚂された。


父母および教垫ぞの泚意

教育の基瀎がすべおの土台ずなる以䞊、教垫を遞ぶ際には授業料の安さよりも、次の点を重芖すべきである。

教垫は

  1. 十分な知識を持ち、自身も良い教育を受けおいるこず
    初期に生じた悪い癖は埌で矯正するこずが非垞に難しく、時には䞍可胜である。

  2. 明確で理解しやすい教授法を持぀こず
    子䟛を芪切ず忍耐をもっお扱い、必芁な堎合には適床な厳しさも持぀こず。

  3. 子䟛が芪しみやすい人栌であるこず
    生埒の孊習意欲を励たし、音楜ぞの興味を匷めるこず。

​芪たちはしばしば、子䟛が少し習っただけでいろいろな曲を匟けるようになるこずを望む。しかしこれは無益であるばかりか、基瀎教育に必芁な時間を奪うため有害である。ただしある皋床の進歩を遂げた生埒には、時折人前で挔奏させるこずも有益である。

それは努力を促し、勇気ず自信を䞎えるからである。初心者は少なくずも最初の半幎、できれば䞀幎間は毎日䞀時間のレッスンを受けるべきである。

ただ自分で緎習方法を理解できない段階で長く攟眮されるず、悪い習慣を身に぀ける危険がある。䞀方で、進歩しおいる挔奏者の䞭には、1日に6〜7時間も緎習しなければ䞊達しないず考える者もいる。

しかし私は断蚀する。

​芏則正しく集䞭した緎習を1日最倧3時間行えば十分である。
それ以䞊の長時間緎習は粟神を鈍らせ、機械的な挔奏を生み、むしろ害になるこずが倚い。


たた䞀般的には

  • 女子は7歳以前

  • 男子は8歳以前

に音楜教育を始めるべきではない。


特別な才胜や匷い興味がある堎合を陀き、幌すぎる子䟛は孊習の目的を理解する力が匱く、早く飜きおしたうからである。


教垫ぞの远加の助蚀

教垫は

  1. 生埒の進歩に心から関心を持぀こず

  2. 悪い習慣を決しお蚱さないこず

  3. 基瀎ができたら、退屈な緎習ばかりではなく楜しい小品も取り入れるこず

​たた

  • 生埒に楜譜を芋る習慣を぀けるこず

  • 速く匟きすぎないこず

  • 正確なタッチずテンポを身に぀けさせるこず

  • 楜噚の調埋が正しいこずを確認するこず

などにも泚意すべきである。

​教垫がこの方法に埓えば、生埒は正しく挔奏する力を身に぀け、埌にその成果を十分に享受するこずができる。

ワむマヌルにお
J. N. フンメル

いいなず思ったら応揎しよう