短編小説「私のすねげさん」
私は、くたくたになって帰宅する。身も心もすり減る毎日だが、私には一つだけ最高の癒しがある。それは、三歳の娘と一緒に入るお風呂の時間だ。
しかし今日、出迎えてくれた娘の口から、無情な宣告が飛び出した。
「きょうはね、ママとおふろにはいるの!」
私のライフラインが絶たれた瞬間だった。
妻はキッチンで苦笑いしている。だが、私にはこんなピンチのために温めておいた「秘策」があった。
私はしゃがみこみ、娘の耳元で内緒話をするように囁いた。
「そっかぁ。でもね、パパの足に生えている『すねげ』さん、今日お水をもらえなくて、しなしなになっちゃうなぁ」
「すねげさん?」
「そう。パパのすねげに、お水をあげて育ててみない?ジョウロでジャージャーって」
娘の目が、キラリと輝いた。子供は「育てる」や「お世話をする」という使命感にめっぽう弱い。
「……おみず、あげる!」
すんなりと私の手を取った娘は、鼻歌交じりに浴室へ向かった。
洗い場の椅子に座る私のすねに向かって、娘は小さなバケツで何度も何度もお湯をかけてくれる。「おおっ、すねげが喜んでるぞ!」と私が大げさに喜ぶと、娘はケラケラと笑ってさらに勢いよくお湯をかけた。
チクチクとしたすね毛を伝う温かいお湯と、浴室に響き渡る楽しそうな笑い声。
私のすね毛が育っているかは定かではないが、明日を生き抜くための私の活力は、間違いなくここですくすくと育っていた。
