見出し画像

ショートストーリーズ⑪

いつも比較的上の年齢層の話が多いので偶には。


みらい

昔、ばあちゃんが言っていた。

「初恋は甘酸っぱいものだよ」

情緒的すぎると思った。

「感情に味があるわけがない」

そう言い返した僕を、ばあちゃんはただニコニコと見ていた。

高校二年の夏休み前。
市内でも偏差値は真ん中くらいで、
校則もゆるい学校。
その教室で、僕は彼女に目を奪われていた。

二年から同じクラスになった影山みのり。
周りの女子が化粧をして髪を染める中、
彼女は化粧っ気がなく、黒く長い髪。
チャラついた空気の中で、
一人だけ凛とした雰囲気をまとっていた。

「鈴村、また影山のこと見てんのかよ」

声をかけてきたのは、
小学校からずっと同じクラスの深瀬だ。

「うるさいな。そんなことねぇよ」

誤魔化すように笑って返す。
深瀬は何でも話せる親友だ。
でも、この気持ちだけはまだ話していない。

「なんだ、つまらん。
 てか期末どうだった? 赤点? 赤点?」

嬉しそうに聞いてくるが、
僕はそこまで学力が低いわけじゃない。
ほんとに真ん中くらいだ。

「んなもん、一教科もねぇよ。
 まさか、お前……」

「俺もありませんでした!」

深瀬は大声で笑った。
何がそんなに楽しいのか分からないけど、
つられて笑った。

「補習ないなら、たっぷり遊べるな」

ワクワクした顔で話す深瀬。
夏休み……僕は頭の中で、
影山と待ち合わせてデートに行く妄想をしていた。

自然と向いた視線が、彼女の視線とぶつかった。
僕は、気恥ずかしくなり、すぐに視線を逸らした。
心臓の音が一気に大きくなる。

「深瀬~、夏休み皆でプール行くんだけど来る?」

クラスメイトの女子――確か高木さんが、
深瀬に声をかけてきた。

「まじで? 行く行く。
 鈴村も行くだろ?」

突然話を振られて固まっていると、
後ろから影山が近づいてきて、僕に聞いた。

「鈴村くんも来るの?」

これはどっちの意味だろう。
嫌なのか、良いのか。
思わず彼女の方を見つめながら、

「あ……うん、行く」

と弱々しく返事をした。

「そっか、楽しみだね」

影山は嬉しそうに笑った。

“やった。影山が喜んでる。”

“あれ、これ……チャンスある?”

僕の心の中は一気にざわつき始めた。
僕の心を見透かすように深瀬はニヤニヤしながら

「楽しみだな」

と僕の方に抱き着いてきた。

「あっついな。やめろよっ」

僕は内心が漏れだしそうな笑顔で
抱き着く深瀬を引っぺがした。


約束の日——

僕は玄関で下したてのスニーカーを履く。

「母さん、プール行ってくる」

準備は万端。
気持ちは前のめり。
あの日からずっと高鳴り続けている
心臓はいよいよ最高潮になった。

集合場所までの道筋。
うだるような暑さのはずが、
まるで気にならない。

私服の彼女はどんな格好なんだろうか、
水着……楽しみが止まらない!

待ち合わせ場所の駅前に向かう交差点。
そこへ向かう影山が歩く姿が見える。

隣には……
水泳部の高岸。
"彼"を見つめながら話す彼女。
その笑顔はあの時の笑顔より輝いている。

"あぁ……そういうことか"

口の中に味わったこともないような
"苦味"が広がる。

"ばあちゃん、甘酸っぱくないよ"

そう思いながら、僕は信号を渡るしかなかった。



いいなと思ったら応援しよう!