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物語 ~めぐり㉘~

《28》

——休み明け。

加賀谷刑事の予告どおり、社内は完全にパニックだった。
報道各社からの取材依頼。
顧客からの問い合わせ。
それに紛れて、誹謗中傷や嫌がらせの電話まで飛んでくる。

通常業務などできるはずもなく、
ひたすらに電話対応をしていた。

「用地選定の業務とか、全然余裕でしたね」

福島が辟易した顔で呟く。

事件は……。
天野が主導していたらしい。
実行役は、三井商会に潜り込んでいた門田と、うちの椋本。

本来の筋書きでは、
門田が金を持ち逃げしたという体で搾取した金を分け、
椋本は「知らぬ存ぜぬ」を突き通す。
──そんな計画だったらしい。

夜の報道番組に出ていた専門家は「杜撰な計画」と断じていたが、
それについては激しく同意するしかない。

三井商会での土地売買契約に現れた
司法書士や西岡氏を名乗る老人も逮捕されたというが、
これも天野の手配だったらしい。

結局、この一連の流れで死亡した門田を除けば、
四人が逮捕された。

椋本は、門田の死亡をニュースで知り、
「天野の犯行だ」と察して逃亡したらしい。
逃げ込んだ温泉宿で、自ら警察に保護を求めたという。

──「殺される。助けてくれ。」

それが逮捕時の言葉だったそうだ。
ある意味、あいつの弱い心が事件の全容を白日の下にさらした。

——その日。
何本目かの電話対応を終えたタイミングで、
河野が受話器を俺に差し出した。

「佐々木、社長からだ」

「お疲れ様です」

そう応答すると、社長の声が落ち着いた調子で続いた。

「ご苦労さん。
 大変なところすまない。
 役員や河野には伝えているが、移転の話は一旦停止する。
 すまないが、井川様へ謝罪の報告に行ってくれ」

この状況だ。
そもそも移転は天野の発案で、
立ち消えになっても不思議ではない。

「……かしこまりました」

受話器を置くと、河野が短く言った。

「すまんな」

その一言に、俺は軽く頷くだけだった。


——井川様宅。

「申し訳ございません」

社内の混乱も含めて状況を説明し、
用地買収が中止になったことを伝えた。

「いいえ、いいのよ。
 あんなことになったなら仕方ないわ」

井川様は穏やかに微笑み、
こちらの申し出を受け入れてくれた。

「弊社以外の引き合いはあるんですか?」

「何件かね……でも、全然ダメだわ」

呆れたような声だった。
うちが良くて、他がダメ──その理由がどこにあるのか、
見当もつかない。

「フフフ……まだしばらく売ることはないと思うわ。
 何かいいお話があったら、ぜひ紹介して頂戴」

そう言って、井川様は紅茶を一口飲んだ。

「……かしこまりました」

その言葉の裏に何があるのか、俺には分からない。
ただ了承するだけの言葉を残した。


会社のパニックも少し落ち着きを見せ始めた夜。

福島と二人で来たジャズバー。
今日は、しっとりとミディアム調の曲が演奏されている。

俺は一人、カウンターに向かう。
そして、すでに座ってグラスを傾けている男の隣に座る。

「いらっしゃいませ。
 何に致しますか?」

蝶ネクタイを付けたバーテンダーが
お冷を置きながら尋ねてくる。

「彼と同じものを」

「畏まりました」

曲は相変わらずじっくりと響き、
店内のムードを落ち着かせている。

「お待たせいたしました」

「ありがとう」

目の前に置かれた琥珀色の液体。
そのグラスを持ち、一口飲む。
喉が焼けるような感覚が広がる。

「……結局、お前は上手く逃れたというわけか」

俺は隣に座る男——河野に問いかける。

「別に俺は犯罪を犯したわけじゃない」

そう言うと、河野は自分のグラスを見つめながら笑った。
河野は、初めから―—椋本が土地を紹介した時点から
全てを知っていた。
自分は傷つかないよう巧みに第三者を演じて。

「社長もご存じだったというわけか……」

そして、社長もまた同じように天野の犯行を把握していた。
これが俺が出した結論だ。

「お前が気づこうと気づくまいと、
 この件は表になっていた。
 ただ……お前が囀ったことで、
 描かれていた図面と大きく異なる結果となってしまった」

河野はため息をついた。
その仕草だけで、言いたいことは分かった。

「お前が……お前らがどう思おうが、
 そんなことは知ったことではないよ。
 目の前に犯罪に巻き込まれそうな人が居れば助ける。
 ただそれだけだ」

静かな怒りをぶつける。
河野はグラスを見たまま、もう一度ため息をついた。

「お前も組織の人間だろ。
 子供みたいな講釈を垂れるより、
 如何に組織の中で立ち回るかを考えるべきなんじゃないか?」

言葉は交わっても、考えは交わらない。
俺は残ったウィスキーを飲み干し、席を立つ。

「それが俺の考え方だ。
 上だけ見て仕事なんてできない」

そう言って、店を出た。

その一週間後。

俺には一枚の辞令が交付された。

——『札幌支社 釧路開発営業所 所長を命ずる』



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