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第6回 「個性を伸ばす」と「苦手を放置する」は違う― できることを伸ばすだけでいいのか

「その子らしさを大切にしましょう。」

「苦手なことを無理にさせる必要はありません。」

「得意なことを伸ばしてあげましょう。」

これも、現代の教育や子育てで大切にされている考え方です。

確かに、一人ひとりの子どもには違いがあります。

運動が得意な子。

絵を描くことが好きな子。

言葉が豊かな子。

数字に強い子。

人と関わることが好きな子。

静かに一人で考えることが好きな子。

子どもはみんな違います。

だから、全員を同じ形に育てようとする教育には問題があります。

一人ひとりの個性を見る。

その子の得意なことを見つける。

可能性を伸ばす。

これは、間違いなく大切なことです。

しかし、ここでも私は一つ問い直してみたいと思います。

「個性を伸ばす」ということと、「苦手なことを放置する」ということは、本当に同じなのでしょうか。

「苦手だからやらない」で、本当にいいのか

子どもには得意不得意があります。

それは当然です。

誰にでも苦手なことはあります。

しかし、最近は、

「苦手なことは無理にやらせなくてもいい。」

という考え方が、少し広がり過ぎているようにも感じます。

もちろん、すべての子どもを同じ能力にする必要はありません。

運動が苦手な子に、プロのスポーツ選手を目指させる必要はありません。

絵が苦手な子に、画家のような技術を求める必要もありません。

しかし、

文字が読めない。

自分の考えを伝えられない。

基本的な数の理解ができない。

人との関わりが極端に苦手である。

こうしたことまで、

「その子の個性だから。」

「苦手なことは無理にしなくてもいい。」

としてしまってよいのでしょうか。

私は、ここには大きな違いがあると思います。

皆さんの周りでは、

個性が「逃げ道」になってしまっていませんか?

あるいは、

大人が先回りして「この子は苦手だから」と、

挑戦の機会を奪ってしまってはいないでしょうか。

もちろん、これらの中には本人の努力だけではどうにもならない「特性」が隠れている場合もあります。

しかし、大切なのは「苦手だから諦める」ことではなく、

その子に合った習得方法や、

今の時代なら

デジタルツールの活用といった「合理的配慮」を探ることです。

自分に合ったやり方を見つけることもまた、基礎を身につけるための大切な一環なのです。

得意なことを伸ばすことは大切です。

しかし、生きていく上で必要な基礎まで放置してしまえば、その子の将来の選択肢を狭めることになるかもしれません。

個性とは、「できない理由」ではない

「うちの子は数学が苦手だから。」

「本を読むタイプではないから。」

「人前で話すのは得意ではないから。」

私たちは、ときに子どもの現在の姿を、その子の個性として決めてしまいます。

しかし、本当にそれは個性でしょうか。

まだ経験していないだけかもしれません。

方法が合っていないだけかもしれません。

基礎が十分に身についていないだけかもしれません。

一度失敗して、苦手意識を持っているだけかもしれません。

子どもの「苦手」は、必ずしも生まれ持った個性ではありません。

そして、

「今できないこと」

が、

「これからもできないこと」

とも限りません。

私は教育の中で、子どもをあまり早く分類し過ぎてはいけないと思っています。

「この子は文系。」

「この子は理系。」

「この子は運動が苦手。」

「この子は人前に出るのが苦手。」

そう決めてしまった瞬間、子ども自身も、

「自分はそういう人間なんだ。」

と思い始めることがあります。

個性を尊重することと、可能性を限定することは、まったく違います。

皆さんの周りでも、

「個性を尊重する」という言葉が、

いつの間にか「可能性を限定する」言葉にすり替わってしまってはいませんか?

得意なことだけでは、人は生きていけない

大人になれば、誰もが自分の得意なことだけをして生きられるわけではありません。

仕事の中にも、好きな仕事と嫌いな仕事があります。

得意なことと苦手なことがあります。

人との関わりもあります。

困難なことにも向き合わなければなりません。

このことで苦労している大人は沢山います。

だから、子どものうちからすべての苦手を避けてしまうことは、その子のためになるとは限りません。

苦手なことに向き合う経験には、大切な意味があります。

すぐにはできないことに取り組む。

工夫する。

人に教えてもらう。

繰り返す。

少しずつできるようになる。

この経験そのものが、子どもの成長につながります。

もちろん、すべてを克服する必要はありません。

苦手なものを得意にする必要もありません。

しかし、

「できないから避ける」のではなく、「必要なことは、できるようになるまで取り組んでみる」

という経験は必要なのだと思います。

得意を伸ばすためにも、基礎が必要

個性を伸ばすことと、基礎を身につけることも対立しません。

例えば、絵を描くことが好きな子どもがいます。

その子の個性を伸ばすためには、自由に絵を描かせることが大切でしょう。

しかし、色について知ること。

形を見ること。

線を描く技術を学ぶこと。

さまざまな絵を見ること。

そうした基礎的な経験も、その子の表現を豊かにします。

音楽も同じです。

自由な演奏のためには、基礎練習があります。

スポーツも同じです。

個性あるプレーのためには、基本があります。

学習も同じでしょう。

自由な発想は、何も知らないところから突然生まれるわけではありません。

多くの言葉を知っているから、自分の考えを自由に表現できる。

多くの知識があるから、新しい発想が生まれる。

基礎と個性は対立しません。

よく「型があるから型破りになれる」と言われますが、

これは教育にも通じる真理です。

基礎という「型」をしっかり身につけているからこそ、

それを自分なりに応用し、

独自の個性を発揮する「型破り」が可能になります。

逆に、

基礎がなければそれは単なる「形無し」になってしまい、

せっかくの個性も十分に輝くことができません。

むしろ、 基礎があるから、個性はより自由に伸びていく のだと思います。

苦手を克服することだけが教育でもない

一方で、ここでも極端になってはいけません。

私は、

「苦手なことを全部克服しなければならない。」

と言いたいわけではありません。

それもまた、別の極端です。

誰にでも得意不得意があります。

どれだけ努力しても、人には限界があります。

苦手なことに人生のすべての時間を使う必要はありません。

例えば、計算が少し苦手でも、言葉で優れた表現ができる人がいます。

運動が得意ではなくても、優れた研究者になる人がいます。

人前で話すことが苦手でも、素晴らしい仕事をする人がいます。

大切なのは、

苦手をなくすことではなく、苦手な自分を知ること

なのかもしれません。

自分は何が得意なのか。

何が苦手なのか。

何は努力すればできるようになるのか。

何は人に助けてもらった方がいいのか。

こうしたことを知ることも、自分自身を知ることにつながります。

ここが、自己肯定感を高める第一歩なのだと思います。

個性は、比較の中ではなく経験の中から生まれる

私たちは、子どもの個性を探そうとします。

「この子の個性は何だろう。」

「何が得意なのだろう。」

しかし、子どもの個性は、最初から見つけなければならないものなのでしょうか。

私は、個性は経験の中から少しずつ形づくられていくものだと思います。

本を読む。

運動する。

絵を描く。

音楽を聴く。

人と話す。

一人で考える。

さまざまなことを経験する。

その中で、

「これは好きだ。」

「これは面白い。」

「これは苦手だけれど、挑戦してみたい。」

というものが生まれてきます。

経験していないものを好きになることはできません。

知らない世界に、自分の個性を見つけることも難しい。

だからこそ、大人は子どもに多くの世界を見せる必要があります。

個性を見つけるために、最初から一つの道に絞る必要はないのです。

むしろ、さまざまな経験をする中で、自分に合うものを見つけていく。

その過程こそが大切なのだと思います。

「できること」と「できないこと」の両方を知る

このシリーズのテーマである「自分軸」について考えてみると、自分の芯を見つけるためには、自分の得意なことだけを知っていても十分ではありません。

自分が何を好きなのか。

何が得意なのか。

何を大切にしたいのか。

それを知ることはもちろん大切です。

しかし同時に、

何が苦手なのか。

何をすると疲れるのか。

どこに自分の限界があるのか。

何を人に助けてもらう必要があるのか。

それを知ることも大切です。

自分を知るとは、長所だけを知ることではありません。

弱さも含めて、自分自身を知ることです。

そして、その両方を知ったとき、人は初めて自分らしい生き方を選べるようになるのではないでしょうか。

個性を伸ばすとは、可能性を狭めないこと

私は、「個性を伸ばす」という言葉を、もう一度考えてみたいと思います。

個性を伸ばすとは、

「好きなことだけをさせること」

ではありません。

「苦手なことから逃げさせること」

でもありません。

その子がまだ知らない世界を見せる。

必要な基礎を身につける。

苦手なことにも少し挑戦してみる。

得意なことは、さらに深く伸ばす。

そして、自分自身で、

「これが自分らしい。」

と思えるものを見つけていく。

それが、本当の意味で個性を伸ばすことなのだと思います。

大人が子どもの個性を決めるのではない。

大人が子どもの可能性を早く限定しない。

さまざまな経験の中から、子ども自身が自分の得意なこと、苦手なこと、好きなこと、大切にしたいことを見つけていく。

子どもの個性とは、最初から完成されたものではないのかもしれません。

経験し、

挑戦し、

失敗し、

できるようになり、

また別の世界を知る。

その長い往復の中で、少しずつ形づくられていくものなのだと思います。

個性を尊重するとは、子どもを決めつけないこと。

そして、

その子がまだ知らない自分自身に出会えるように、多くの可能性を残しておくこと。

私は、それこそが教育の役割ではないかと思っています。


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