「記憶力が悪い子」は、本当に記憶力が悪いのか― 覚えられない子どもを、もう一度見つめ直す その1
教育現場にいると「記憶力」という言葉をよく耳にします。
「僕は記憶力が弱くて……」
「何回やっても、なかなか覚えられません」
「うちの子は、昔から記憶力が悪いんです」
子どもたちからも、先生方からも、そして保護者からも聞く言葉です。
しかし、私は長年、子どもたちを見てきて、「本当にそうなのだろうか」と考えることがあります。
この子は、本当に「記憶力が悪い」のか、と。
そこから、私のアプローチが始まります。
もしかすると、私たちが「記憶力」という一つの言葉で、あまりにも多くのことをまとめて考えているのではないでしょうか。
「覚える」ということは、単純な一つの作業ではありません。
まず、情報に注意を向ける。
そして、情報を受け取る。
意味を理解する。
これまでに知っていることと結びつける。
頭の中で整理する。
しばらく保持する。
そして、必要なときに思い出す。
この一連の過程を経て、初めて「覚えた」という状態になります。
ですから、「覚えられない」という結果だけを見ても、どこに原因があるのかは分かりません。
そもそも、最初に十分な情報が入っていなかったのかもしれません。
聞いてはいたけれど、意味が分かっていなかったのかもしれません。
理解はしていたけれど、既に知っていることと結びついていなかったのかもしれません。
あるいは、覚えているのに、うまく思い出せないだけかもしれません。
つまり、
「覚えられない」ことと「記憶力が悪い」ことは、同じではないのです。
ここを、教育では大切にしたいと思います。
例えば、先生が子どもに10個の言葉を教えたとします。
一人の子は、その10個をすぐに覚えました。
別の子は、3個しか覚えられませんでした。
私たちは、つい「この子は記憶力がいい」「この子は記憶力が悪い」と考えてしまいます。
しかし、その10個の言葉が、その子にとってどのような意味を持っているのかによって、覚えやすさは大きく変わります。
知っている言葉が多い子は、新しい言葉を既に知っている言葉と結びつけることができます。
経験が豊かな子は、新しい情報を過去の経験とつなげることができます。
一方、何の手掛かりもない情報は、頭の中に置いておく場所がありません。
だから、覚えにくい。
私は以前から、
「言葉が次の言葉を連れてくる」
と考えてきました。
一つの言葉を知ると、その言葉から別の言葉が思い出される。
その言葉から、さらに別の言葉が生まれる。
そうやって、子どもの中に言葉と言葉のつながりが広がっていく。
記憶も、それとよく似ています。
記憶とは、頭の中に情報を一つずつしまい込むことではありません。
新しく入ってきた情報を、これまでに知っていることとつなげていくことなのです。
だからこそ、幼い子どもの語彙がある時期から急激に増えていく姿には、大きな意味があります。
言葉が増えると、新しい言葉を受け止める土台も増えていく。
そして、新しい言葉がまた次の言葉を連れてくる。
記憶は、単純に「量」が増えるだけではありません。
つながりが増えていくのです。
そして、ここで大切になるのが「間」です。
先日、先生方の研修で、私は「間」の大切さについて話しました。
先生が質問をした。
子どもが答える。
そのとき、すぐに答えを求めるのではなく、少し待ってみる。
この「間」に、子どもは頭の中を探します。
「何だったかな」
「どこかで聞いたことがある」
「そうだ、あれだ」
この時間こそ、記憶を取り出している時間です。
情報を入れたら、すぐに次の情報を入れる。
質問したら、すぐに答えを求める。
分からなければ、すぐに正解を教える。
このような学習ばかりになってしまうと、子ども自身が記憶の中を探す機会が少なくなります。
覚えるためには、「入力」だけでは足りません。
「思い出す」という時間が必要なのです。
そして、そのためには「間」が必要です。
これは、今の情報社会を考えると、ますます重要な問題になってきます。
私たちの周囲には、あまりにも多くの情報があります。
分からなければ、すぐに検索できる。
暇になれば、すぐに動画を見ることができる。
次から次へと新しい情報が入ってくる。
便利な時代です。
しかし、その便利さの一方で、私たちは「自分の記憶の中を探す時間」を失ってはいないでしょうか。
先日、福島県喜多方市で5日ほど過ごしました。
電波状態が悪く、Wi-Fiもありません。
情報源は、テレビと新聞くらい。
普段とは比べものにならないほど、入ってくる情報が少ない生活でした。
ところが、不思議なことに、一日がとても長く感じられました。
時間そのものは、もちろん24時間です。
それなのに、時間がゆったりと流れている。
そして、人との会話がとても多い。
話す。
聞く。
考える。
また話す。
そこには、たくさんの「間」がありました。
私は、そのときの感覚と、子どもの学習を重ねて考えるようになりました。
情報を減らすことは、学びを減らすことではない。
むしろ、情報と情報の間にある時間を取り戻すことなのではないか。
そして、その「間」にこそ、子どもが考え、記憶し、言葉と言葉をつなげる時間があるのではないか。
「記憶力が悪い」と言われている子どもに必要なのは、もっと大量の暗記なのではないかもしれません。
必要なのは、情報を受け止める時間。
理解する時間。
思い出す時間。
そして、知っていることと新しいことをつなげる時間。
つまり、
「記憶力を鍛える」だけではなく、「記憶が働く環境をつくる」こと。
これが教育では大切なのだと思います。
子どもに「覚えなさい」と言う前に、私たち大人が考えてみたい。
その子は、覚えるための十分な「間」を持っているだろうか。
思い出す時間を与えられているだろうか。
そして、覚えようとしていることを、何かと結びつける経験を持っているだろうか。
「僕は記憶力が悪い」
そう言った子どもに、私はこう返してあげたいと思います。
「本当にそうかな。覚えられない理由を、一緒に探してみよう。」
子どもの可能性を、「記憶力が良い・悪い」という一言で決めつけてはいけない。
記憶は、育てることができます。
そして、その入口には、「ことば」があり、「つながり」があり、そして「間」があるのです。
次回は、幼い子どもたちの成長を見ていると実感する、
「言葉が次の言葉を連れてくる」
という現象について、もう少し深く考えてみたいと思います。
なぜ、ある時期から子どもの語彙は急に増えていくのでしょうか。
そこには、記憶と学びの本質につながる、大切な秘密が隠されているように思います。
―― Ishikawa Method|基礎から未来を育てる教育へ
Ishikawa Education Research Institute
イエリ「石川教育研究所」
