🇺🇸ソウル音楽の歴史~魂の叫び❷スティービー・ワンダー、マーヴィン・ゲイ、アレサ・フランクリン
第2回 「ソウル」の誕生
19世紀、世界の農業大国となったアメリカでは、広大な農園の働き手として、黒人の労働力が必要でした。
小作人として働く黒人たちの貧しい生活の中から「ブルース」が生まれ、抑圧された感情の発露が「ゴスペル」を生みました。
ところが、20世紀になると、シカゴやデトロイトなどの北部の都市では工業が発達し、工場で働く人手が大量に必要になります。
一方、農村では機械化が進んで人手が余り、南部の黒人たちは、北部の大都市へと移って行くようになります。
ブルースも、そこで新しく発明されたエレキ・ギターやエレキ・ベースと出会い、リズムがより強調された都会的なブルースが生まれます。
これが「リズム&ブルース(R&B)」です。
ベン・E・キングの「スタンド・バイ・ミー」などが有名ですね🎧
ベン・E・キング「スタンド・バイ・ミー」(1962年)
20世紀後半になって、テレビが普及するにつれて、白人層のラジオ離れが進みます。
ラジオ局は生き残りを賭けて、こぞって黒人音楽をかけるようになります。
するとこれに、白人が作るお行儀のいい音楽に退屈していた、白人キッズたちが飛び付き、親たちが反対するのにもかまわず、リズム&ブルースは、いっきに白人層にも広まっていきました。
黒人音楽が商売になると知った白人のレコード会社は、教会のゴスペル歌手たちに、讃美歌ではなく、世俗的な大衆歌を歌わせるようになります。
1957年にサム・クックが歌った「ユー・センド・ミー」は、狙い通り、全米第1位の大ヒットになります🎧
サム・クック「ユー・センド・ミー」(1957年)
ここに、聖なる「ゴスペル」と世俗の「ブルース」とが一つになり、「ソウル」ミュージックが誕生したんですね。
さて、1960年代になって、レコード産業がビッグ・ビジネス化すると、レコード会社は、より大衆受けして売れるものを作るようになります。
中でもデトロイトのモータウン・レコードは、自社のお抱えミュージシャンに、お抱え作曲家の曲を演奏させ、歌手だけ取り替えた分業制で、次々にヒットを量産します。
中でもダイアナ・ロス&シュプリームスや、兄弟グループのジャクソン・ファイブが人気でした。
のちに末弟のマイケル・ジャクソンが、80年代の大スターになりましたよね🎧
ジャクソン・ファイブ「アイ・ウォント・ユー・バック」(1969年)
60年代末になると、公民権運動の指導者のキング牧師の暗殺や、ベトナム戦争への本格参戦といった社会情勢のもと、政治的なメッセージを歌う「ニュー・ソウル」が生まれます。
それまでの分業制と違って、自分たちで作った曲を自分たちで演奏して歌いました。
彼らはポップな曲を歌って、白人キッズに媚びるようなことはせず、黒人同胞へのメッセージを、レコードに込めました。
マーヴィン・ゲイは「ホワッツ・ゴーイン・オン」の中で、ベトナム戦争に対して、こんな風に疑問を投げかけています🎧
マーヴィン・ゲイ「ホワッツ・ゴーイン・オン」(1971年)
"ねえ、母さん。
泣いてる母親が、たくさんいるねぇ。
なあ、兄弟。
死にかけてる兄弟が、たくさんいるなぁ。
戦争じゃ何も解決しないさ。
愛でしか、憎しみを克服できないからね。
俺たちを厳しく罰しないでくれよ。
話してくれよ。そうすりゃ、きっとあんたにも分かるさ。
世の中どうなってるのさ?
みんな俺たちが悪いと言うけど、
髪が長いというだけで、勝手にそう決めてさ。
あいつら一体何様のつもりだい?
教えてくれよ。世の中どうなってるんだ?"
一方この頃から、音楽はシングル(EP)よりもアルバム(LP)の方が聞かれるようになり、盲目のシンガー、スティービー・ワンダーは、創造的で芸術性の高い「作品」を次々と発表します🎧
スティービー・ワンダー「迷信」(1972年)
72年のアルバム『トーキング・ブック』は、音楽で表現できる、あらゆる可能性を切り拓いた不朽の「芸術作品」です。
モータウンが白人向けの、ポップな都会のソウルでヒットを連発していた頃、南部では、ゴスペルの影響を受けた、泥臭くてディープな「サザン・ソウル」が生まれます。
中でも「ソウルの女王」と呼ばれたアレサ・フランクリンは、代表曲「ナチュラル・ウーマン」の中で、身体の底から魂を絞り出すように歌っています🎧
アレサ・フランクリン「ナチュラル・ウーマン」(1968年)
"主よ。あなた様に出合う前、
人生は不誠実でありました。
でも、あなた様が我が心の安寧への、鍵なのでごさいます。
あなた様こそが、わたしを私のままで、いさせて下さるのであります🎵"
サザン・ソウルは文字通り「魂(ソウル)」の歌だといえます。

このように、「ブルース」と「ゴスペル」が一つになって「ソウル」が生まれましたが、
70年代には、さらなる発展をとげることになります。
それはまた、次回の講釈で🎧
カーティス・メイフィールド「ムーヴ・オン・アップ」(1972年)
第3回 「ソウルの行方~ファンク」からヒップホップへ」へ続く。
🖋️本作品は、「〇〇新聞」(2020年6月22日号)に、『ソウルミュージックの歴史〜魂の叫び(中)』というタイトルで発表した記事を、加筆修正したものです。
