家だけだったぼくに、少しずつ居場所が増えた話〜不登校だったぼくの話
ぼくが小さい頃、居場所は家だけではなかった。
歩いて5分ほどの場所にある祖父母の家。
そこへ行けば、いつものように迎えてくれる人がいた。
子どものぼくにとって、大切な居場所だった。
でも、不登校になると、ぼくの居場所は家だけになった。
最初は、それでよかった。
傷ついた心を休ませるには、家が必要だったからだ。
学校へ行けない。
誰にも会いたくない。
何もしたくない。
そんなぼくを、家はそのまま受け入れてくれた。
ぼくは親にひどい言葉をぶつけたこともあった。
苦しくて、どうしていいか分からなかったからだった。
それでも毎日、ご飯は用意されていた。
「出て行け」と言われたこともなかった。
どんな自分でも、ここにはいていい。
家には、そんな安心感があった。
でも、心が少し元気になると、今度は別の苦しさがやってきた。
孤独だった。
家で一人で過ごしていると、ふと思うことがあった。
「ぼくは誰ともつながっていない。」
学校へ行けば、「今日は休みなんだ」と誰かが気づいてくれる。
でも、ぼくが家にいても、家族以外は誰も気づかない。
「ぼくは必要とされていないんじゃないか。」
そんなことまで考えてしまった。
だから、家だけでは足りなくなった。
家は心を休ませる場所だった。
でも、少し元気になると誰かとのつながりも欲しくなった。
ずっと家で過ごし、やっとの思いで、
自分に合うフリースクールに出会えた。
フリースクールへ通い始めた。
朝、ドアを開けると、
「おはよう。」
スタッフや友達が、当たり前のように声をかけてくれた。
たったそれだけだった。
でも、その「おはよう」が、ぼくには何よりうれしかった。
「ぼくはここにいていいんだ。」そう思えた。
フリースクールは、ぼく以外の人とのつながりを
取り戻す居場所だった。
その後、通信制高校へ進学し、アルバイトも始めた。
勉強する場所。
働く場所。
友達と過ごす場所。
居場所が一つ増えるたびに、生きることが少しずつ楽になっていった。
卒業して、アルバイトを辞めると、また居場所はなくなった。
でも、以前ほど不安ではなかった。
18きっぷを持って、一人旅に出た。
その旅で気づいたことがある。
ぼくは、自分の中にも居場所を持てるようになっていた。
だから今は、図書館でも、カフェでも、職場でも、自分でいられる。
振り返ると、居場所にはそれぞれ役割があった。
家は、傷ついた心を休ませる場所だった。
フリースクールは、「自分のままでいい」と思わせてくれた場所だった。
学校や仕事は、自分の役割を見つける場所だった。
そして最後は、自分自身が居場所になっていた。
だから今思う。
もし今、お子さんの世界が家だけだったとしても、その一つの居場所が、
次の一歩を支えていることもある。
今は、家がその役割を果たしている時間なのかもしれない。
安心できる場所があるから、人は次の居場所へ歩いていける。
ぼくは、そうやって少しずつ居場所を増やしてきた。
そして今は、親になった。
今度は、この家が子どもたちにとって、
どんな日も帰ってこられる居場所でありたい。
安心という土台があるからこそ、
人はいつか、自分だけの居場所を見つけて
歩き出せるのだと思っている。
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ここに書いているのは、
あの頃の僕が母に伝えたかった言葉です。
いただいた気持ちは、
いま孤独な場所にいるお母さんへ
そっと言葉を届け続ける力にします。