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人波に埋もれる私

この前、推しのライブ帰りに駅のホームへ向かって歩いていた時のことです。

たくさんの人がいて、みんな楽しそうに今日の感想を話していました。

「最高だったね」

「レスもらえた気がする」

「次の現場も行こうよ」

そんな声があちこちから聞こえてきて。

私も同じライブを見ていたはずなのに、なぜか少しだけ寂しくなりました。

私は昔から、人混みの中にいると不思議な感覚になります。

誰かと一緒にいても、自分だけ透明になったみたいな気持ちになるんです。

人波に埋もれる私。

きっと誰も気づかない。

別にいなくなったって世界は変わらない。

そんなことを考えてしまいます。

昔からそうでした。

クラスの中心人物でもなければ、目立つタイプでもない。

文化祭で主役になることもなかったし、みんなの前で面白いことを言えるわけでもない。

アニメの主人公みたいに特別な力もない。

だから私はずっと脇役側の人間だと思っていました。

でも本当は違ったのかもしれません。

私はずっと心のどこかで思っていたんです。

私も注目されたい。

私のことを見てほしい。

私がここにいることを知ってほしい。

そんな気持ちを。

だけど、その気持ちを認めるのが恥ずかしかった。

承認欲求なんて格好悪いと思っていたし、自分がそんな人間だと知られたくなかったから。

だからずっと隠していました。

推しを応援している時も。

コスプレイベントで写真を撮ってもらう時も。

SNSで投稿する時も。

「別に見てもらえなくても大丈夫」

そう言いながら、本当は通知を何回も確認していました。

好きな作品の感想を書いた時。

頑張って撮ったコスプレ写真を載せた時。

いいねが増えると嬉しい。

反応がないと少し落ち込む。

たぶんそれが本音です。

最近ようやく思うようになりました。

誰かに見てほしいと思うことは、そんなに悪いことじゃないのかもしれないって。

人はみんな少しだけ誰かに気づいてほしい生き物なんじゃないでしょうか。

「頑張ったね」

「見てるよ」

その一言が欲しくて毎日を生きているのかもしれません。

私は今でも不器用です。

嫌われるのが怖いし、人の目も気になる。

本当は不安なのに平気なふりもします。

叫びたいのに叫べない夜だってあります。

苦しい。

寂しい。

助けて。

そんな言葉が喉まで来ているのに、結局飲み込んでしまう。

だけど、だからこそ文章を書いているのかもしれません。

声にはできないことも、文字なら残せるから。

誰にも届かないかもしれない。

それでも書いてみる。

もしかしたら今これを読んでいるあなたも、同じ気持ちを抱えているかもしれないから。

人波に埋もれながら生きている人。

本当は注目されたいのに言えない人。

叫びたいのに叫べない人。

そんな誰かに向けて、今日も私は言葉を残してみます。

特別じゃない私だけど。

ここにいるよ、と。


前回の記事です。

#エッセイ #大学生 #生きづらさ #自己肯定感 #承認欲求 #SNS疲れ #ひとりごと #推し活 #オタク #等身大の私


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