「味わう」という一週間を生きてみる
こんばんは、祥一郎です。
明日から一週間、
「味わう」というテーマで生きてみようと思います。
味わう。
そう聞くと、食べものを味わうことを思い浮かべるかもしれません。
けれど、私が今回大切にしたい「味わう」は、食べることだけではありません。
目で見る。
耳で聞く。
鼻で感じる。
肌で触れる。
空気を吸う。
足の裏で地面を感じる。
本を味わう。
今この瞬間に、自分がここにいることを感じる。
五感を使って、今をちゃんと受け取ること。
一つ一つの事柄に意識を向ける。
それが、私にとっての「味わう」です。

人は1日6万個ほどの思考が浮かぶようです。
思考しようと思って浮かぶというより、自動的にという事が多いそうです。
私は、気がつくと過去を悔いていることがあります。
あの時、こうすればよかった。
なぜ、あんなことを言ってしまったのか。
もっと上手にできたはずなのに。
そんなふうに、もう戻れない時間の中に心を置いてしまうことがあります。
また反対に、まだ来てもいない明日のことで不安になることもあります。だいたい日曜日の今ぐらいの時間には、結構嫌な気持ちになっています。
明日、何か起きたらどうしよう。
(今回はすでに起きてます😭)
スケジュール、こなせるのかな?
まとめなきゃいけない報告書多数。
心だけが先に走って、勝手に震えている。
何ならもう心の中は仕事をしている。
そして眠りがかなり浅くなる。
疲れがとれない。
でも本当は、私たちは『今ここ』でしか生きられないはずです。
明日は来ません。明日になったら、『今日』になっています。『今』です。
永遠に続く『今』
昨日に戻って生きることもできない。
明日に飛んで生きることもできない。
どれだけ悔やんでも、どれだけ心配しても、
実際に自分が息をしている場所は、いつも「今」しかありません。
それなのに私は、人生を少し遠くから眺めてしまうことがあります。全然、今ここに生きていない。
過去や未来を思い悩む時、それは頭の中にしかない出来事を体験しています。リアルでは決してない。
まるでドラマや映画を見ているように、
自分の人生を客席から見ているような感覚。
本当は自分が主役のはずなのに、
どこか他人事のように眺めてしまう。
でも、そうではなくて。
もっとリアルに、自分の人生の中へ戻りたい。
朝の光を味わう。
コーヒーの香りを味わう。
仕事場の空気を味わう。
人との会話を味わう。
歩く道の風を味わう。
疲れた身体の感覚さえ、今の自分として受け止める。
楽しいことだけを味わうのではなく、
重たい気持ちも、焦りも、不安も、
「今、自分はこう感じているんだな」と静かに受け取ってみる。むしろ、この不安や怒り、疲労みたいなネガティブとされる感覚を、逃げずに真っ向から感じてみようと思います。
狙いは、現在思い込んでいる大変だと思っていることは、自分の観念(心の中の思い込み)上の事で、本当は大した事ないんだ、と気づきたいんです。
自分を再教育したいです。
過去を悔やむ自分もいる。
明日を怖がる自分もいる。
それでも、『今ここ』に戻ってくる。
目の前の景色を見て、音を聞いて、息をして、
自分の足元を感じる。
そうやって一週間、
「味わう」ということを意識して生きてみたいと思います。
人生を遠くから眺めるのではなく、
この身体を使って、この心を使って、魂の声に従って、この現実を生きる。
今日という一日を、
ただ通り過ぎるのではなく、ちゃんと味わう。
二度と味わえない一瞬一瞬ですから。
まずはそういう一週間にしてみます。
自動思考で生きてきた私が、『今ここ』で、自分の意思で生きていく練習をする。
※ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
「味わう」ということは、ただ穏やかに過ごすことではなく、今この瞬間を、自分の足でしっかり生きることなのかもしれません。
過去に縛られず、未来に怯えすぎず、
心を整えながら、今日という一日を生き切る。
そんな生き方について、私はKindle本『蒼天の思想』にも綴っています。
不安に飲まれそうな時、
自分を見失いそうな時、
もう一度、心を青空のように広げたい時。
よろしければ、そちらも手に取っていただけたら嬉しいです。
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祥一郎
