北京。メイクオーバーと、届かない手紙
今から10年ほど前、私は北京のアメリカ資本の病院で雇用され、中国語を習い始めたばかりでした。夫はすでに普通語を話せたので、中級〜上級者コース、私は一歩目からの初心者コース。その時、夫の講師を務めていたのがダンさんでした。漢字で書くと「段」。彼女はまだ20代だったので、親しみを込めて「小段(シャオドゥアン)」と呼ばれていました。
夫は天秤座。 天秤座の人って人を見る目があるよね? 夫がダンさんはいい教師だからというので、私はダンさんに頼んで自宅でマンツーマンで中国語を教えてもらうことになったのです。
私の中国語は語彙力ゼロからのスタートでしたが、漢字の知識がある日本人にとって習得のプロセスはとても楽しいものでした。英語やフランス語に比べると、妙にしっくり来る部分とそうでない部分が混ざり合っていて、実に興味深いのです。
初心者が必ず通る道ですが、中国語(普通語)を学んでいると、思わず笑ってしまう単語にたくさん出会います。英語でいう「false friends(偽りの友)」、つまり形は同じなのに意味が違う「裏切り者」の単語たちです。


走るってこんなに普通に使う単語が歩くってどういうこと?


また、「愛人」は中国語では「配偶者(妻や夫)」を指し、日本語のような不倫相手という意味は全くありません。漢字の成り立ちを考えれば、日本の方が少し捻くれた意味を持たせてしまったのかもしれませんよね?

講師である小段と私は、年齢も文化も離れていましたが、不思議と波長が合いました。振り返ってみれば、彼女との交流は私の北京生活において非常に大きな割合を占めています。
当時の彼女は28歳。小柄でメガネをかけ、髪はショート。パッと見は「インテリ・オタク系」で、男性がくだらないジョークを言うとジロリと一瞥して無視するようなタイプでした。服装はいつも地味で、タイトなジーンズに丸首のスウェット、スニーカーというカジュアルな出で立ち。

私は日本でも若い看護師さんと長々おしゃべりすることはありましたが、プライベートに踏み込むことは稀でした。しかし北京では、一度話が弾むと一気に距離が縮まります。一緒にご飯を食べ、気づけば人生相談が始まる。小段と週に1〜2回顔を合わせるうちに、私たちはどんどん親密になっていきました。
「お年頃なんだし」と、まるで彼女のお姉さんになった気持ちになり、「髪の毛伸ばした方がいいんじゃない?」から始まって、「そのメガネ変えようよ。私がプレゼントしてあげる」と遠慮する小段をひきずって一緒にメガネ屋さんに行って、年季の入った赤ふちのメガネを、あーだこーだと散々試着した上に黒縁メガネに変えさせて、洋服の趣味にまで口を出すような間柄になりました。がんばれ小段。彼氏を作って欲しい。
痩せさせて、髪の毛切って、洋服も全部変える番組、メイクオーバーさながらでしょう。私、メイクオーバーの番組見るの大好きだし。
小段は、いわゆる「あざとい女子」の対極にいる子でした。

ボーイッシュで、スカートは履かない。流行りの「ゆるふわ」とは無縁で、伸ばし始めた髪もパツンと切り揃えられている。相手に媚びて「すごーい!」とうるんだ瞳で微笑むことも一切ありません。物静かで思慮深く、真面目で倹約家。そして何より用心深い。モテるための「隙」が全くないのです。誰かに泣きついたり、頼ったりもしない。
そんな彼女を見て、私はつい「若いのにしっかりしているわね」と言いたくなります。もし私に息子がいて、嫁として彼女を連れてきたら、これほど安心できる相手はいないでしょう。地に足のついた彼女は理想的なパートナーに思えるのに、どうして世の中は、ふわふわとした危うい色気を振りまく女子ばかりをちやほやするのでしょうか。
2013年から2017年までの4年間、北京は凄まじい勢いで近代化していました。地下鉄はあっという間に路線を増やし、今や30ライン。

街には外国人が溢れ、三里屯(サンリートゥン)では洗練された中国人女性と白人男性のカップルをよく見かけるようになりました。それは、締め付けの厳しい体制から「一抜け」して自由を手にしたいという、切実な願いの象徴のようにも見えました。
私の勤めるアメリカ資本の病院に来る患者たちは、外国人か、あるいは英語を操るニューリッチな中国人でした。彼らは賄賂や劣悪な環境の一般病院を避け、格差を享受し、自由を買っているようでした。
賢い小段も、はっきりとは口にしませんでしたが、人生の自由を求めていることを私は知っていました。だからこそ、外国人の彼氏を作ることが、彼女にとっての「自由への近道」ではないかと勝手に願っていたのです。私の妹分として、いつでもここから逃げ出せる自由を持っていてほしかった。
しかし、時代は変わりつつありました。
VPNを使用して、規制の網を掻い潜って、いつも通りにGoogleとかFacebookとか、Youtubeとかを見ている私たちのパソコンの画面にいきなり、「違法なネットワーク接続です」「警告」といった警察や当局名義の警告ページへリダイレクト(強制転送)するシステムが現れたりするようになり、習近平氏がそれまであった10年の上限を撤廃して、10年を超えて何年でもトップに座り続けられるようにしたころ、私たちは北京を離れる準備を始めたものの、私はいろんな書類の山に四苦八苦していました、日本から外国へ行くのでさえ面倒なのに、自国でないところから外国への移住は容易でなかったのです。
その頃、小段が、
「昔の同級生に告白された〜」
と教えてくれたのです。彼女らしく、浮かれてもいない、普通のトーンで。
喜び勇んで彼と一緒に食事をしましたが、彼の職業は警察官でした。
日本であれば、警察官との結婚に不安を覚えることはないでしょう。しかし、中国では事情が違います。警察官は共産党員でなければならず、国家機密保持や亡命防止の名目で、プライベートな海外渡航(海外旅行)は厳しく制限されるという。いや、厳しく制限=不可能という世界。「学習強国」というアプリで毎日党の思想を学ぶことが義務付けられ、ネット上の言論監視や取り締まりなども仕事の日常となる世界。
小段と私は旅行が大好きで、一緒に京都で抹茶を楽しんだり紅葉を愛でたりした仲でした。もし彼女が彼と結婚すれば、もう二度と一緒に海外旅行へ行くことは叶わなくなるかもしれない、そういうこと。


あれから9年。
スコットランドへやっとのことで移住して間もなく、私はWeChatを削除しました。交友関係や資金の流れをすべて把握されるという嘘のような噂だけれども、暮らしていたからわかる、それはきっと本当だ。そして何より警察官の彼氏(あるいは夫)を持つ小段にとって、外国人の友人がいることがマイナス査定になるかもしれないという恐れがあったからです。
いつの日か、きっと、しっかり者のお母さんになった小段に再会できることを願っています。そして、彼女のようなあざとくない善良なすべての人々に、心から、自由が訪れることを祈ってやみません。
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