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noteに人に見られたくないドロドロを書いて、「下書き状態」にとどめておくだけで、かなりスッキリする理由

たまにSNSで「誰かに聴いてほしくてたまらない」、そんな切実な投稿を目にする。

投稿した人は、誰にも見られない日記に書くだけでは、満足できない。そんな苛烈な気持ちを抱えていたのだろう。

想いはわかる。誰かに聴いてもらえるということは、受け止めてもらうことでもある。「共有できた」という感覚が救いになる。

ただ、僕自身は少しちがう方法を選ぶことがある。

noteは、書きなぐりの短文を投稿しやすいSNSと異なる。ある程度のまとまりや文脈ができるため、より伝わるものもあるし、反対に文脈の乱れがその切実さを物語ることもある。

コンディションが悪いと、何度も思い出す嫌な出来事に対する、うらみつらみをこれでもかと書いたことがあった。書いて、すっきりしたが、これでは排泄行為でしかないと、自己嫌悪に陥り下書きにとどめた。

一度アウトプットすることで、心と脳内が整理される。見せるつもりで書いたものをお蔵入りにしても、書く行為自体があなたを楽にするかもしれない。

しばらく下書きにしておいたものを、冷静なときに再度、見直して修正してから出してもいい。それでも出さないと決めたなら、それもまた尊い選択だ。

誰かに見せるか見せないかは、あなたがあとで決めていい。

まずは内側にある感情を、記事として外に出す。このサイクルを作ることが重要である。


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