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第6話| いつから僕たちは、こんなに急ぐようになったんだろう。


走ることをやめたんじゃない。長く歩き続けるために、走る時、止まる時、そして人の力を借りる時を、自分で選ぶようになった。

20代の頃の僕にとって、休むことは、ほとんど「悪」だった。

いや、「罪悪感」でしかなかった、と言った方が近いかもしれない。

せっかく時間があるのに遊ぶ。
自分の娯楽に時間を使う。
座ってダラダラ雑談する。

そんなの、もったいない。

本気でそう思っていた。

だから、とにかく急いだ。

焦っていたわけではない。

取り組んだことを早く形にしたい。
早く結果を見たい。
昨日より今日、少しでも先へ進みたい。

それが楽しかった。


目次

1. 「あれ? もう終わったん?」が快感だった
2. 身体が止まっても、僕は止まらなかった
3. 急ぐことで失うもの
4. 「身の丈と、ほんのちょっとの背伸び」
5. 「不夜城」から、「自分の舟」へ
6. 休むことも、前へ進むこと
7. 20代の僕に、今なら何と言うだろう



「あれ? もう終わったん?」が快感だった

社会人になって最初の頃、僕は開発に関わる仕事をしていた。

あるものを加工して評価し、その結果をお客様へ提出する。

普通にやれば、一日にできる処理量はだいたい決まっている。

でも、不思議な結果が出れば再評価が必要になる。

「まだ答え出てへんの?」
「もうちょっと早くならへん?」

営業や他部署からそんな声が聞こえると、

だったら、もっと効率よくやればいい。
今日のうちにもう一度確認できるようにすればいい。

そう考えた。

気づけば朝5時には会社に着き、夜は10時、11時。時には夜中まで働いていた。

「あれ? もう終わったん?」

そう言われることが、僕には快感だった。

もっと早く。
もっとできる。
まだいける。

期限のない商品開発でも、土日にこっそり会社へ行った。

睡眠時間が3時間、4時間でも平気だと思っていた。

僕はたぶん、自分だけの「不夜城」をつくっていた。


身体が止まっても、僕は止まらなかった

当然、見えなくなっていたものもあった。

当時付き合っていた彼女、今の妻との時間もそうだった。

仕事では結果が出る。

でも、一番近くにいる人の小さな変化や、感情の揺らぎには気づけない。

そんなある日、本当に身体が止まった。

移動中まで仕事をして、一秒も惜しいと思って動いていた頃。

会社に着いた朝、突然身体がおかしくなり、更衣室で動けなくなった。

救急車で運ばれた。

手の感覚までなくなり、父と同じ脳梗塞かもしれないと思った。

でも、検査では脳に異常はなかった。

過労だった。

それでも僕が思ったのは、

「過労でなんで動かれへんねん」

だった。

しばらくして回復すると、また走り始めた。

ただ、自分が壊れる上限は分かった。

だから移動中に寝る。隙間時間に身体を休ませる。

つまり僕は、

休むことを覚えたのではなく、壊れない範囲で走り続ける技術を覚えただけだった。


急ぐことで失うもの

30代になって別の会社へ移ってからは、人に仕事を任せることも増えた。

口では、

「そんな焦らんでええよ」

と言っていた。

でも僕自身からは「早くせなあかん」という空気が出ていたのかもしれない。

人を急かして得られた結果を見ているうちに、違和感も生まれた。

未完成なのに、完成したように報告される。

うまくいっていないのに、ごまかして提出される。

怪しいと気づいているのに、間に合わせることを優先してしまう。

それは、僕が大切にしたいものとは違った。

そして仕事だけではない。

予定を分単位で埋めれば、確かにたくさんのことができる。

でも、余白がなくなる。

余白がなくなると、周りが見えなくなる。

家族のこと。
一緒に働く人のこと。
自分自身のこと。

急ぐことで得られるものはたくさんあった。でも、急ぐことで失うものもたくさんあった。


「身の丈と、ほんのちょっとの背伸び」

そんな僕の中に、ずっと残っている言葉がある。

以前いた会社で知った、長野県のある会社の話だ。

右肩上がりを求め、急ぎすぎたことで大変な経験をした。

そこから考え方を変えたという。

去年より今年。
今年より来年。

「ほんのちょっと良くなったね」

それを積み重ねていく。

その方は、それを「年輪」と表現されていた。

僕はその考え方に惹かれ、実際に創業者の会長さんやご子息にも会わせてもらった。

今の僕なら、

「身の丈と、ほんのちょっとの背伸び」

と表現すると思う。

これは、ゆっくりやればいいという意味ではない。

僕は今でも「これや」と思えば動く。

必要ならどっぷり浸かるし、いくつもの大きな出来事が重なれば、そこは堪えて思いっきり頑張る。

だって、自分がやりたいと思って始めたことだから。

ただ、昔と違うのは、

ずっと同じ回転数で走ろうとしなくなったことだ。

ピークを越えたら、休ませる。

「自分株式会社」を。
自分の心と身体を。


「不夜城」から、「自分の舟」へ

もう一つ、変わったことがある。

「お願いします」
「助けてください」

と言えるようになった。

20代の僕は、自分でやった方が早い、自分の方がうまくできると思っていた。

理由のない自信と、変なプライド。

ずっと誰かと競争していたような気がする。

だから「不夜城」だったのだと思う。

20代後半、初めて海外へ仕事に行く時、先輩から言われた。

「海外では“Help me”って言ってええんやで。絶対助けてくれるから」

その言葉は、今も残っている。

そして今、僕は自分の舟に乗っている。

カフェのこと。
新しい商品のこと。
47都道府県を巡り、バトンをつなぐお手伝いをすること。

全部を僕一人で抱えたら、たぶん破綻する。

だから、自分の夢を話す。

「僕はこんなことをやりたいんです」

そして、

「助けてください」
「お願いします」

と言う。

すると、本当に助けてくれる人がいる。

一人で漕ぐより、舟はずっと強くなる。

ただし、

「信じて任せる」は、まだ修行中だ。

48歳になったからといって、完成したわけではない。


休むことも、前へ進むこと

再出発してから始めたYOGAでも、僕はやりすぎて身体を痛めた。

昔なら、動けないことに罪悪感を持った。

今は少し違う。

止まったら、

なぜこうなったんだろう。
次はどうすればいいんだろう。

と考える。

限界まで行って止まるのではなく、その手前で自分の回転数を調整できないか。

僕は今、それを練習している。

第5話で書いたように、

ドットを打つ。
結果を見る。
必要なら物語を再編集する。

それは仕事だけではなく、自分自身に対しても同じなのだと思う。


20代の僕に、今なら何と言うだろう

もし20代の僕の前に、48歳の僕が現れたら、

「何があったん?」
「時間、もったいないやん」

と言うと思う。

でも僕は、

「お前の生き方は間違ってる」

とは言わない。

たぶん、こう言う。

「よう頑張っとんな。

身体には気ぃつけや。
身体が壊れたら前へ進まれへんからな。

でも、自分が信じてることは思いっきりやったらええで。

途中で止まることもある。

止まったら、休んだらええ。
考えたらええ。

でも、本当にやりたいと思ったことなら、
そこで全部やめてしまわんと、また動き出したらええ。

長い目でやったらええねんで。」

20代の僕が間違っていたとは思わない。

あの頃、思いっきり走った。

失敗もした。
身体も止まった。
大切な人をちゃんと見られなかったこともあった。

でも、あの時間がなかったら今の僕はいない。

あれも僕の一本の年輪だった。

48歳の今は、

一秒も無駄にしないことより、その一秒の中にあるものに気づけることも、成長なんじゃないか

と思っている。

人の表情。

自分の身体の声。

誰かとのつながり。

今までなら、急いで通り過ぎていたもの。

そんなものに気づきながら、

身の丈より、ほんの少しだけ背伸びして、

また一年、年輪を重ねていく。

僕は、急がなくなったわけではない。

長く歩き続けるために、急がないという選択もできるようになった。



2026.8.30 Hiro-C

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