故郷に帰る、その道のりで
移りゆく景色をぼんやり眺め、
ガタゴトとした揺れを体に感じながら、私は目的地を目指す。
鈍行列車の、いつもの場所に座って。
「青春18きっぷ」
それは、新幹線や特急列車には使えないけれど、期間内ならお得に乗れる切符。
学生時代の私は、その切符を使い、鈍行列車に7時間以上揺られ実家に帰省していた。
当時、5枚で約1万円。
片道300キロ以上を2000円ほどで帰れるのは、時間はあるけどお金はない学生にとっては本当にありがたかった。
とはいえ、「7時間も座るなんて..」という人も多いと思う。
しかも一番の問題はトイレ。行けるタイミングも回数も限られてしまう。
それでも私は、この鈍行列車の旅が好きだった。
水分は控えめに、少しのおやつをポッケに入れて、のんびり揺られていく。
窓の外の景色を、いつまでだって眺めていられる。
そんな時間が好きだった。
景色だけではなく、人間ドラマにも出会える。
向かいの学生のはじける笑い声。
居眠りでガクッとなっているお疲れさん。
お母さんと子供の微笑ましい会話。
だから基本は本も開かず、その空気ごと味わった。
目に映る景色はゆっくり変わっていく。
ビルが立ち並ぶ都会から、豊かな山々、空の青と田園風景へ。
長い時間を走るうち、電車はトンネルへと入る。
一瞬にして暗くなり、きしむ音が耳に響く。
心まで闇に包まれたようで、気持ちも沈む。
その時ばかりは、静かにそっと本を開く。
だけど、トンネルを抜けた瞬間、
この旅で私が一番心ときめく瞬間が待っている。
長く暗い空間は車両をゆっくり冷やしていく。
トンネルから抜け、明るくなるその時、窓ガラスがぱっと白く曇る。
水蒸気の細かな粒は次第に水滴となって、
きらめきながら流れ落ちる。
その向こうには、光を浴びて輝く景色が広がっている。
闇の先には、美しい景色が待っている。
それはまるで人生のようだ。
やがて電車は見覚えのある景色を映し始める。
そわそわして、お菓子をつまんだり、周りの声が妙に気になったり。
心はもう、景色ではなくその先の終着地点へと向かっている。
幼い頃から何度も利用した駅が見えてくる。
聞き慣れた駅名のアナウンスが響き、少し緊張しながら、ホームに降り立つ。
懐かしい空気を吸い込んで、思いきり伸びをする。
長時間のこわばりを、故郷の空気がほぐしてくれる。
そして、その先に見える大切な人。
「少し年老いたかな」なんて思いながら、大きな声で言う。
「ただいま」
顔をくしゃくしゃにしながら私は笑う。
一瞬で子供に戻るのだ。
長い電車の旅は、背伸びをして、どこか無理をしていた自分をゆっくり元の場所へ連れて帰る時間だ。
いつもの場所に座って、ほんの少しのおしりの痛みとともに、
私はまた私に戻っていく。
故郷へ帰る、その道のりで。
