しいたけと大家さん
私は苦手な食べ物がある。
それは、しいたけ。
いつかは克服できるように、なんて思っているけど、なかなか厳しい。
先日、外で中華料理を食べていたとき、
小さく切られたしいたけが入っていた。
箸でつまんで、一気に飲み込む。
最近は、ずっとこんな食べ方だ。
飲み込む瞬間、じわっと広がるあの味に、ある記憶を思い出した。
上京して、学生生活をスタートするために、私はアパートを借りた。
その入り口には、平屋に住む大家さんが住んでいた。
祖母よりは少し若いくらいの人。
人見知りだが、外面だけは必死の仮面をかぶっていた私は、お孫さんに重ねてもらったのか、かわいがってもらっていた。
大家さんはお花が好きだったので、夕方よくジョウロでお水をあげていた。
ひとつひとつに声をかけるみたいに、
ゆっくり水やりをする人だった。
「お茶飲んでいきな」
そう声をかけてもらうようになったのは、いつからだっただろう。
慣れない環境に、ずっと気を張っていたけれど、
その家に入ると、少しだけ肩の力が抜けた気がした。
湯のみから立ち上る湯気と、静かな時間。
おばあちゃんっこの私もまた、大家さんに祖母を重ねていたのかもしれない。
ある日の帰り際、
「たくさん作ったから持っていって」
そう言ってタッパーを渡され、私は笑顔で受け取った。
そして、中をのぞいた瞬間、
ほんの一瞬、息が止まった気がした。
そこには隙間なくキレイに並べられた、まんまるの傘の嵐。
しいたけの煮物だった。
10個以上はあっただろうか。
小さい頃は、スーパーでしいたけの前を通ることさえ苦手だった。
噛みしめるとあふれるあの味を、一瞬で思い出してしまうから。
大家さんに気づかれないよう、「あはは」と笑いながら、アパートの階段を一気に駆け上がる。
急いでドアを閉めると、ひとりぼっち静かな空間。
タッパーの重みを感じる。
ふたを開けると、
甘じょっぱい匂いが、ふわっと広がる。
だめだ、と思った。
でも、
どうしても、
そのままにすることができなかった。
私は食べる覚悟を決めた。
ひとつ、口に入れる。
大きくて噛むことを避けられない。
目をつぶって思いきって噛みしめる。
じわっと、味が広がる。
喉が拒否して、涙がにじむ。
それでも、飲み込む。
もうひとつ。
またひとつ。
台所に立って、
しいたけを煮ている大家さんの背中が浮かぶ。
「一人暮らしだと、こういうの食べないでしょう」
そんな声が、聞こえた気がした。
必死だった。
嗚咽と一緒に、喉に全部通した。
バレなければどうにでもできた。
でも、
大家さんの気持ちが、優しさが、嬉しかったのだ。
うまく息ができなくて、涙がこぼれた。
そして私はタッパーをピカピカに洗った。
ごめんなさい、大家さん。
「おいしかったです」は、嘘だったかもしれない。
でも、「ありがとう」という気持ちが「おいしい」に変換できるのなら、とてもおいしかった。
そのアパートは、事情があって一年ほどで引っ越してしまったから、その後大家さんがどう過ごしていたのかは分からない。
それでも、
あのときの夕方のやわらかな光も、
ジョウロの水の音も、
大家さんの優しさと笑顔も、
ちゃんと、私の中に残っている。
いつか思いっきり噛み締めて食べられるようになったら、あの日の記憶の中の大家さんに、
「おいしかったです」
を届けられるかな、なんて思う。
今でも私は、しいたけが得意じゃない。
でも、手に取ることはできるようになったし、家族のために料理にも使う。
克服まで、きっとあと少し。
