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生きづらさとは『斜陽』太宰 治 著/感想と考察

厚労省のデータでは、日本の昨年の自殺者集は三年連続で減しているらしい。原因・動機は、「健康問題」「経済・生活問題」が多いとの事だ。

しかし、実際のところ自殺に直接的な動機というのが存在するのだろうかと思うし、データだけでは分からない。

ところが一方、言わずと知れた名作『斜陽』を読んでいると、人の生きづらさ、自死するひと、その気持ちがなんとなく解る。

物語は、没落貴族である母、主人公のかず子、戦後麻薬中毒になってしまった弟の直治、流行作家でかず子が恋をする上原。その四者の滅びの姿が書かれている。

昔は、かず子だけは滅びどころか力を感じさせる終わりになっている事からそこに注目して読んでいたが、今読んでみると直治の切なさが際立つ。

ちなみに元貴族という身分から、生活力のない母・弟・かず子は三者三様に苦悩するのだが、女性については全般強さを感じる書かれ方をしている。

実際のところ直治は自死してしまうのだが、その遺書は自分と社会との相容れなさが正直に書かれている。

僕は、死んだほうがいいんです。僕には、所謂、生活能力が無いんです。お金の事で、人と争う力が無いんです。僕は、人にたかる事さえ出来ないんです。

太宰治「斜陽」新潮文庫(159頁)

資本主義社会で生きていくのに必要な要素が欠落している事。その事実を非常に簡潔に書いた文章だ。

自分に生きていく能力がない事を嘆き、貴族に生まれてしまった事を嘆き、最後には「希望の地盤」がないため死んでいくしかないと諦める。

元貴族として生まれ、その後貧乏になってしまった事は時代の波で、誰かを恨めるわけでもなく、貴族故に生活能力も身についておらず変わってしまった社会で強く生きる事は出来ない。

吹っ切って、自分をなくし、がむしゃらに働く事を自意識が拒否すること。

ここではそれが「元貴族」ゆえのプライドや弱さが理由として書かれるが、その背景を除けば、今を生きていく事が難しいと感じる人の心持ちが赤裸々に綴ってある本であると思う。

かず子が「恋と革命のため」、また、時代の犠牲者(直治)を心に持ち強く生きていこうとする姿とは対象的だ。

斜陽。直治は影となり、かず子は強く輝く光であるが、どちらもゆっくりと沈みゆく太陽である。

別にかず子にも生活能力がある訳ではないのだが、気持ちの強さがある点が特に対照的だ。

いずれにせよどこをとっても名文ばかりなので、万一読んだことが無い人には是非手に取ってもらいたい。

最後に、個人的に一番心に残っている文章を少し長いけど引用する。

「よくわからないけど、どうせ直治の師匠さんですもの、札つきの不良らしいわ」
「札つき?」
と、お母さまは、楽しそうな眼つきをなさって呟き、
「面白い言葉ね。札つきなら、かえって安全でいいじゃないの。鈴を首にさげている子猫みたいで可愛らしいくらい。札のついていない不良が、こわいんです」
「そうかしら」
うれしくて、うれしくて、すうっとからだが煙になって空に吸われて行くような気持でした。おわかりになります?なぜ、私が、うれしかったか。おわかりにならなかったら、
…殴るわよ。

太宰治「斜陽」新潮文庫(96頁)

かず子の好きな相手が話題になったところで、母が粋な返しをしてくれる描写だが、とても素敵だ。

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