つい手放せない、我が家の愛おしいマグカップたち|エッセイしりとり
我が家の食器棚には、統一感がない。
特にマグカップは、どれもバラバラ。
でも見渡してみると、
それぞれに物語があることに気づく。
1番大きいMICHIKO LONDONのマグカップは、
私が中学生の時、仲良しの友達から誕生日にもらったもの。
当時は近くのショッピングセンターにこの専門店があって、
私も何かと、そこでプレゼントを選んでいた。
そういえば、中学の時にできた初めての彼氏へのプレゼントもここで選んだな……
そんなことを思い出す。
何より、このたっぷり入る容量が決め手で、嫁入りにも持ってきた。

くまのプーさんの淡い色味のマグカップは、
娘が生まれた時に夫の職場の人からお皿とセットでいただいたもの。
裏に娘の名前と誕生日が書いてある。
これを送ってくれた職場へ、
家族でお仕事見学会に参加した時のことを思い出す。
大勢の社員を前に、マネージャーとして堂々と話す夫の姿。
あの時は、思わず見惚れてしまった。
夫はもうその会社にはいない。
それでも、あの頃バリバリ働いていた夫の姿が、このマグカップを見るたびに鮮やかに蘇る。

使うのは長女(笑)
ディズニーキャラクターが賑やかに描かれたものは、
家族で行ったディズニーランドのレストランのお土産。
家族お揃いで4個あったけど、
ヘビロテ組だったので、割れたり欠けたりして
今では2個になっている。
急流をくだってびしょ濡れになったこと。
カメとの爆笑の掛け合い。
おっきくてキラキラしたクリスマスツリー。
そしてエレクトリカルパレードのあの音色。
このマグカップを眺めていると、
家族のたくさんの笑顔が思い出される。

可愛い絵柄のマグカップ3つは、
娘がピアノの発表会に出た時の先生からの記念品。
練習を重ねた日々の証でもある。
ドレスを着て、少し大人びてみえた小・中学生だった娘の姿が蘇る。
友達と楽しそうに連弾を弾いたこと。
司会を打診された時は、「ビュッフェを思い切り食べたい」という理由で、あっさり断っていたな(笑)
そして、このマグカップを見ると、
娘が奏でた、あのドビュッシーの澄んだ旋律が今でも耳の奥に響いてくる。

ウサギ柄の可愛いマグカップは、
娘たちが母の日にプレゼントしてくれたもの。
あの頃は、こっそり買いに行ってくれたり、手紙書いたりしてくれたなぁ。
今ではすっかり成長した娘たち。
母へのプレゼントより、彼へのプレゼント探しに夢中になっている。
幸せそうな姿を見るのは、私も幸せなんだけれど。

あとは、夫がハーフマラソンで完走した記念品もある。
これはマグカップじゃなく湯呑みだけど。
よく走っていた夫の姿を思い出す。
……って、今も健在ですよ(笑)

栄光の記録です(笑)
実家に帰って、紅茶やコーヒーを飲む時も、
食器棚を見ると、やっぱりバラバラ。
「これは、兄が使っていたな。これは弟のだ。」
学生時代の家族がそろった食卓を思い出す。
朝食に母が出してくれる、
たっぷりとお砂糖の入った紅茶が好きだったな。
「これは亡くなったおばあちゃんが使っていたマグカップだ」
娘たちが描いた可愛い祖母の似顔絵が焼き付けてある。
祖母とひ孫の、ほのぼのとしたあの頃のやりとりが思い出される。
100歳近くなり、施設で少しずつ記憶が薄れていっても、
会いに行くと、娘の名前だけはかなり最後まで呼んでくれたなぁ。
バラバラのコップって一見、オシャレじゃない。
でも、たくさんの思い出が詰まった、
どれも捨てられない大切なマグカップたちだ。
こうして眺めているだけで、
不思議と当時の記憶が鮮やかに蘇ってくる。
マグカップって割と丈夫で、
気がつけばずっと、そこにあることが多いから。
お揃いじゃなくても、
インテリアに馴染まなくても、
それでいい。
食器棚には、家族の時間が
ぎゅっと詰まっている。
あなたの家にあるマグカップは、
どんな時間を知っているでしょうか。
今回の記事は、tapi tapiさんからのバトンを受け取って書きました。
tapi tapiさんは、秀逸な言葉選びと独自のものの見方がとても魅力的な、素敵なクリエイターさんです。
※「#エッセイしりとり」企画で「つ」のお題が回ってきたので
『つい手放せない、我が家の愛おしいマグカップたち』
を書きました。
▼ 前のバトン記事はこちら
締め切りが近いため、バトンは私でゴールとさせていただきますね😊
tapi tapiさん、素敵なバトンをありがとうございました。
マイキーさん、楽しいエッセイしりとり企画をありがとうございました♪
数ある記事の中から、見つけてくださり、本当ありがとうございます。とても嬉しいです。
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