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マルグリット・デュラス『ナタリー・グランジェ』日仏学院にて

今年は、マルグリット・デュラス没後30年ということで、日仏学院で彼女の映画作品の特集上映が行われている。
作家としてだけでなく、映画監督としても活躍したデュラス。今回は、全作上映されているそうだが、さすがに全て観に行く時間はないので、気になった数本を観に行くことにした。

日仏学院は、わたし好みの映画がしばしば上映されるので、時間と気力があれば、通い詰めたいくらい。
映画と同時に、研究者などによる講演会が開催されることもあるので、作品の理解が深まって楽しい。

東京日仏学院
周辺にはおいしいお店がたくさん♪

今回は(もう先月の話だけれど…)、『ナタリー・グランジェ』(1972)を観てきた。日本語字幕のDVDの発売はないと思われるので、貴重な機会だったと思う。
さらに当日は、字幕翻訳家の竹内航汰氏の講演も聴くことができた。デュラスの論文を執筆中なのだとか。


圧倒的な沈黙と迫力

本作は、セリフが極端に少ないうえ、行動の反復が見られるので、油断すると眠くなる…かもしれない静かな映画。
しかしそこには、ただならぬ不穏な空気が漂っていて、あらゆる要素が不気味に響き合っていた。

舞台は、あるブルジョア邸宅。ここはデュラスの実際の家なのだとか。この家に住む二人の女性と、その娘たちをめぐる物語が展開される。

デュラス邸は庭も広かった

竹内氏のお話によると、当初デュラスはジャンヌ・モローに出演をお願いしていたものの予定が合わず、ルチア・ボゼーの出演が決定していたという。しかし、撮影が始まる段階になって、ジャンヌから「予定がついたから出られるわよ」と連絡があったそうで、急遽ルチア・ボゼーとジャンヌ・モロー二人の女性が登場することになったとか。

映画の中でのふたりの関係性は友人同士。親族なのかと思ったけれど、友人同士という設定だったんだ…。一度観ただけでは読み取れなかった。

そして、この女性二人がなんというか…迫力がすごかった。ほとんど喋らないのに、気圧されそうな感覚になった。彼女たちはヒステリックなわけでもないし、冷徹なわけでもないのだが、言葉にできないものに圧倒的な何かが秘められていたように思えた。

沈黙が男を崩壊させる

特に強烈だったのは、あるセールスマンが家にやってきて、洗濯機の営業をする場面。

二人はセールスマンを追い出すことはしない。部屋の中に入れ、下手なセールストークをジッと聞き続ける。肯定も反論もせずただ聞くだけ。圧倒的な沈黙によって、セールスマンの言葉は虚しく空回りし、精神が崩壊していくかのような場面があった。
あのときは、自分がセールスマンにでもなったかのような居心地の悪さを感じた。さっさとこの家から出て、二人から解放されたいと思ったほどだった。

こんな表情で、ジッとセールストークを聞くのよ…

背景に流れる犯罪

そして、不穏な空気は圧倒的な沈黙によるものだけでなく、背景に流れている犯罪の影響もあった。
劇中、ラジオからは連続殺人犯のニュースが流れている。これは1971年に実際に起きた事件がベースとなっているのだとか。
だからといって、この家の中に犯罪が持ち込まれる劇的なことはない。

ただ、今振り返ってみると、娘がピアノを叩くように弾いたり猫を籠に入れて遊んだりする場面や、学校で問題行動を起こす子だと連絡がある場面などは、外で起きている不穏なものを暗示するかのようにも思えた。

明確なものは提示されないので、結局何だったの…と思ってしまうかもしれない。しかし、行間を読む文学作品のように、沈黙の中に沸き起こる緊張感のようなものを、画面上から読むような、そんな作品だったと思う。


映画の前に、神楽坂散歩。
たまたま見つけたお店で食べた、鳥そば(ラーメン?)のスープがまろやかでフレンチみたいだった。コクがあっておいしかった!

「鶏soba座銀」
調子に乗ってご飯のセットにしてしまった…汗!


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