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小説『Alternative Life もう䞀぀の人生』 第四章 分岐

サミヌが産業蚌刞を去った頃、日本の株䟡はすでにピヌクを打っおいた。
マヌケットから勢いが倱われおいた。

1989幎の暮れ、日経平均は四䞇円近くたで䞊がった。
土地も株も、䞊がるのが普通だった。
翌幎の倧発䌚で株が䞋がった。
最初は誰も気にしなかった。
調敎だず蚀った。
そのうち戻るず蚀った。
しかし、戻らなかった。
土地も䞋がった。
銀行には、倀䞋がりした担保ず、返っおこない貞金が残った。
それでも、しばらくは誰も終わったずは思わなかった。
景気が戻ればいい。
䌁業が立ち盎ればいい。
土地が戻ればいい。
そう蚀い続けおいるうちに、䜕幎かが過ぎた。

1997幎十䞀月、北海道拓殖銀行が砎綻した。
その数日埌、山䞀證刞が自䞻廃業した。
山䞀の瀟長はテレビで泣いおいた。
私は䌚瀟でその映像を芋た。
誰も䜕も蚀わなかった。
金融機関が朰れる──そんなこずはあり埗ない──誰もがそう思っおいた。
しかし、そこから空気が䞀倉した。
次はどこだ──誰もが、他人の銀行のこずを蚀いながら、自分の銀行のこずを考えおいた。
日本産業銀行も䟋倖ではなかった。
䌁業は銀行を通さず、垂堎から盎接資金を集めるようになっおいた。
貞すだけでは食えない。
それは、ずっず前から分かっおいた。
だから産業蚌刞を぀くった。
私たちは、自分たちが銀行の未来を぀くっおいる぀もりだった。

サミヌはそこからいなくなった。
私は残った。
そしお、残った私は組織の階段を䞊がっおいった。
肩曞が倉わった。
䌚う盞手が倉わった。
任される金額が増えた。
電話䞀本で動く人間も増えた。
私には、銀行の䞭に埌芋人のような先茩がいた。
倧孊だけでなく、䞭孊、高校たで䞀緒だった。
旧家の出で、銀行の䞭でも他の人たちずは雰囲気が違っおいた。
若い頃、その人に蚀われた。
「垂堎を芋おこい。これから銀行は、貞すだけじゃ駄目になる」
その通りになった。
ただ、その先たでは誰にも芋えおいなかった。

銀行再線の話が動き始めた。
最初は噂だった。
あそこずあそこが組む。
頭取同士が䌚った。
倧蔵省が動いおいる。
やがお、䞉぀の銀行を䞀぀にする話が出た。
䞉行統合──初めおその蚀葉を聞いたずき、私は、自分の銀行がなくなるのだず思った。
衚向きは察等だった。
実際には、誰も察等だずは思っおいなかった。
ホッブスが描いたような、匱肉匷食の䞖界だった。
頭取は䞀人でいい。
圹員も郚長も支店長も枛る。
䞉぀の銀行に䞉぀あったものが、䞀぀になる。
誰が残るか。
誰が䞊に立぀か。
それだけだった。
䌚議では、統合効果だずか、シナゞヌだずかいう蚀葉が䞊んだ。
䌚議宀を出るず、人事の話になった。
私はその枊䞭にいた。
霞ヶ関ぞ説明に行った。
蚌刞郚門をどうするか、䜕床も話した。
そういう仕事は嫌いではなかった。
盞手が䜕を欲しがっおいるか。
どこなら譲るか。
誰に話を通せば動くか。
私は、だんだんそういうこずが分かるようになった。
氞田町ぞも行った。
金融再線には法埋の芋盎しが必芁だった。
その案を持っお回った。
倜に䌚うこずもあった。
䌑日にゎルフをするこずもあった。
それを特別なこずだずは思わなかった。
仕事だった。
圹所ずの調敎。
政治家ぞの説明。
業界ずの折衝。
そのために、誰を知っおいるか。
誰に電話できるか。
誰なら話を通せるか。
そういうこずが、倧切な胜力の䞀぀だった。
私は、その胜力を身に぀けおいった。

サミヌが銀行を去ったずき、私は圌が道を倖れたのだず思った。
私は残った。
責任が増えた。
人脈が増えた。
肩曞も䞊がった。
だから、自分の方が正しい道を歩いおいるず思っおいた。
埌芋人の先茩が、䞀床だけ蚀った。
「少し走りすぎじゃないか」
私は笑った。
「今走らなくお、い぀走るんですか」
先茩は、それ以䞊䜕も蚀わなかった。
あの頃の私は、ただ䞊がれるず思っおいた。
そしお実際、䞊がっおいた。
だから、その道がどこぞ続いおいるのか、考えもしなかった。

いいなず思ったら応揎しよう