戦後の日本社会は多様性を失った~一億総平等という幻想~

高度経済成長期からバブル崩壊までの約40年間、日本人はみんな平等であるという幻想に支配されていました。
確かに日本の歴史の中では、格差が1番小さかった時期です。特に1970年代後半から80年代前半は。

戦前戦中は、現在から見ても比べ物にならないほど格差社会でした。明治維新を経て近代化を達成したとしても、大多数の一般庶民にとって、人生で到達できるゴールには上限がありました。
誰でも努力すれば、高い地位を目指せる社会ではありませんでした。
良い意味で諦めていて、弁えている人が多かったのです。
「頑張っても、このラインまでしか達成できない。」
このような価値観が一般的でした。
現在の欧米先進国でも同様ですし、日本と似た経済成長を遂げた韓国でも同様です。
韓国は同族経営の財閥が支配する社会ですから。
戦後日本が一億総平等を夢見たことがおかしい話なのです。

そもそも、人間は平等ではなく、スタートラインもゴールも皆それぞれ。
日本の場合、たまたま敗戦という外圧のおかげで、財閥解体・華族制度廃止が実行されて、階級が破壊されました。

平等という言葉は、ポジティブな意味を連想させます。
とはいえ、一般庶民に対してメリットだけを提供したかというと疑問が残ります。
戦後日本は資本主義体制ですから、文字通りの平等を実現できません。
一方で人々の意識は、誰でも頑張れば、同じゴールに到達できる幻想に支配されていました。
そうすると、同じゴールに位置していない人は、努力不足と軽蔑されるのです。生まれや個体差は考慮されません。
90年代中盤まで、男性は正社員として就職して、本人の意思に関わらず、年齢相応の出世をすべきという価値観を強要されました。悪平等です。
仕事のパフォーマンスだけでなく、長時間労働と忠誠心が求められました。
格差社会が進み、非正規労働者が増えた現在でも、男性だけ仕事で同じような働き方が求められます。上層部(50代・60代)が一億総中流を植え付けられましたから、あと15年ほどは毒が抜けないのです。

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