天皇制を守った英雄「姉ちゃんは広虫」No.2
第二話 藤野の里 ― 和気の始まり
弟は、何度も私に同じ話をせがんでくる。
「姉ちゃん、今日もあの話をしてよ」
夕暮れの藤野の里。
吉井川の流れる音を聞きながら、弟はいつものように私のそばへやって来た。
「またその話なの?」
私は笑いながら言った。
「もう何度も聞いたでしょう。小さい頃から、何遍も何遍も聞いているじゃない」
すると弟は、目を輝かせながら答える。
「何遍聞いても聞きたいんだよ」
「だって、僕たちがどうしてこの土地に住んでいるのか、その始まりの話だろう?」
「和気の里が、どうやってできたのか。僕たちのご先祖様が、どうやってここへ来たのか……」
私は弟の顔を見て、思わず微笑んだ。
本当に、この子は昔から変わらない。
先祖の話が好きで、古い出来事を聞く時だけは、いつも真剣な顔をする。
「分かったわ。じゃあ、今日も話してあげる」
私はゆっくりと語り始めた。
「これはね、まだこの土地が和気と呼ばれる前のお話よ」
「ずっと昔、神功皇后様というお方がおられた頃――」
「大和の国では、大きな争いが起ころうとしていたの」
人の欲は、時として国を揺るがす。
平和になると思われた国にも、皇位をめぐる争いの影が忍び寄っていた。
「ここから、私たちの一族の物語が始まったのよ」
私はそう言って、弟の顔を見た。
弟は一言も話さず、じっと私の言葉を聞いていた。
まるで、遠い昔の祖先たちの声を聞こうとしているかのように。
神功皇后が長き戦いを終え、海の彼方から大和の国へ帰還された頃、都には再び大きな波乱が起ころうとしていた。
人々は、これで国は安らかになると思っていた。
しかし、天下を治める者が決まる時、必ずと言ってよいほど人の欲が動く。
皇位をめぐり、一人の皇族が立ち上がった。
その名は――
忍熊王(おしくまのみこ)。
「なぜ、自分ではないのか」
その思いはやがて怒りとなり、兵を集め、朝廷に背く行動へと変わっていった。
知らせを聞いた神功皇后は深く憂いた。
「国を二つに分けてはならぬ。民を苦しめてはならぬ」
そして、反乱を鎮めるため、一人の武人を選ばれた。
その人物こそ、後の和気氏の祖となる――
弟彦王(おとひこのみこ) であった。
弟彦王は静かに兵を整え、西へ向かった。
その先にあったのは、現在の岡山県東部、吉井川が流れる豊かな土地。
まだ「和気」という名もなかった頃の、藤野の地である。
山々に囲まれたその土地で、弟彦王は忍熊王の軍を追い詰めた。
戦いは激しく続いた。
しかし弟彦王は、ただ力で押し切るのではなく、敵の動きを読み、着実に包囲を狭めていった。
やがて忍熊王は逃れる道を失い、近江の地へと追われることとなる。
『日本書紀』には、忍熊王が琵琶湖近くまで追い詰められ、最後には海へ身を投じたと記されている。
こうして大きな争いは終わった。
国を分ける危機を救った弟彦王の功績を聞いた神功皇后は、深く感謝された。
「そなたの忠義は国の柱となった。この地を与えよう」
そうして授けられた土地が――
藤野。
後に人々は、この地を「和気」と呼ぶようになる。
一族はここに根を張り、田を耕し、子を育て、長い年月をかけてこの土地の人々となっていった。
そして時は流れ――
この藤野の里から、やがて日本の歴史を大きく動かす姉弟が生まれる。
姉の名は――
広虫。
弟の名は――
清麻呂。
まだ誰も知らない。
この小さな里で育つ二人が、後の日本を救う存在になることを。
じゃ今日はここまで
続きはまた今度ね。
