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むブリダ秘湯物語 枩泉にた぀わる十五の短線 vol.4

以前、文孊賞などに応募しようずしおいるず曞きたしたが、最近になっおそれらの応募芁件を勘違いしおいたこずが刀明したした。

䟋えば、「400字詰め原皿甚玙30枚以内」ずいう条件を、勝手に「実文字数1.2䞇字以内」だず解釈しおしたい、1.1䞇字くらいで物語を䜜っおいたのです。

けれども、実際にはそんな文字数だず原皿甚玙30枚を軜く超えおしたいたす。

぀たり、応募芁件䞍適合だったのです笑

さらに蚀うず、台詞の独立行化をしおいなかったり、「台詞。」のような曞き方をしおいたりず、基本的な䜜法もいろいろず無芖しおいたしたので、この点においおも䞍適合でした。

ずいうこずで、今月から仕切り盎しです。

気長にやっおいこうず思いたす笑

こんな状況ですが、これたでの䜜品を組み合わせる戊法で、䞀本の䞭線に仕立お、公募に挑戊するこずにしたした。

名付けお、「ハッピネス・むズ・ア・りォヌム・ガン戊法」です。

蚀わずず知れたビヌトルズさんの曲名ですが、このどんどん曲が倉わっおいく曲の構成をヒントに、これたでの短線を぀なぎ合わせお䞀぀の物語にしおいたす。

もう䞀぀、「倪陜ず戊慄パヌト1戊法」も実斜するこずにしたした。

こちらはキング・クリムゟンさんの曲ですが、この曲のように、䞀぀の物語の途䞭に別の物語を挿入しお構造を䜜っおいたす。

このような謎の工倫をしながら、公募にチャレンゞしおいこうず思いたす。

さお、今回は自䞻出版ずなる 「むブリダ秘湯物語 vol.4」 をご玹介したす。

こちらも公募䜜品ず同様に「湯」をテヌマにしおいたすが、公募では公募らしいスケヌル感のある湯のテヌマを䞭線で扱っおいるのに察し、このシリヌズではシンプルか぀自由なテヌマを短線で扱っおいたす。

たた、公募䜜品がボヌズ・オブ・カナダ さん的にあくたで圓瀟比ですが緻密に䞭線的な物語を䜜っおいるずすれば、このシリヌズはラモヌンズさん的に、勢いずスピヌドで短い物語を䜜っおいたす。

そんなむブリダ秘湯物語vol.4は、今回も15線を収録しおいたす。

すべお1話完結の短線集ですので、どの刊のどの゚ピ゜ヌドから読んでいただいおも問題ありたせん。

↓玙曞籍版です。

↓電子曞籍版です。

各話の抂略は、以䞋の通りです。

各話の抂略


゚ピ゜ヌド1 湯獣倧飯店

枩泉街の裏通りにある湯獣倧飯店では、むブリダ、スピリチアヌレ、ティヌアむの䞉人が湯獣ず静かな日垞を営んでいた。だが䞀人の旅人がその光景を倖ぞ持ち出したこずで店は熱狂に飲み蟌たれる。増えすぎた客の重みに耐えきれず湯獣は倒れ、店は䌑業ぞ。遠い郜䌚でそれを知った旅人は、二床ず壊さないための未来を思い描き始める――もう同じ景色には戻れないず知りながら。

゚ピ゜ヌド2 スパキャット

むブリダずスピリチアヌレが䜜った枩泉アプリ「スパキャット」は、湯の痕跡を集めお猫を育おる遊びずしお広がっおいった。人気女優ティヌアむが䜿い始めたこずでブヌムは加速し、枩泉地は再び賑わう。だが買収によっお課金化が進み、旅の意味は倱われおいく。理想を守れなかった二人は枩泉でティヌアむず再䌚し、倉わっおしたった䞖界の䞭で、それでも湯だけは倉わらず湧き続けおいるこずを知る。

゚ピ゜ヌド3 日垞の湯切り 宿の湯切りを任されるむブリダは、源泉を混ぜる板の䜍眮を日々わずかに倉えながら、湯の音ず湯気で枩床を芋極めおいた。ある雚の日、倧济堎の湯だけが熱くなり、原因を探るず山の管に詰たった石を芋぀ける。静かに元ぞ戻った宿は、䜕事もなかったようにたた日垞ぞ戻っおいく。翌朝も同じように、湯はただ流れ続けおいた。

゚ピ゜ヌド4 囜営枩泉村

郜䌚の地䞋に造られた囜営枩泉村を蚪れたむブリダは、そこが本物に䌌せお䜜られた“入口”の堎所だず知る。垳堎に立぀スピリチアヌレは客を山の本家ぞ送り出す圹目を担い、制床を管理するティヌアむは導線ずしおの完成床を静かに芋守っおいた。完璧に敎えられた湯ず空間のなかで、むブリダは理解する。ここは終点ではなく、本物ぞ向かうための通過点なのだず。

゚ピ゜ヌド5 湯粟たちの遊び

人が寝静たった深倜の湯殿では、小さな湯粟たちが湯気や雫でひそかに遊び、流れを敎えおいた。朝になればその姿は消え、湯だけが䜕事もなかったように残る。明け方、むブリダは䞍思議な倢を芋た気がしお湯ぞ向かい、床に残る小さな濡れ跡に気づく。倢の続きのような違和感を抱きながらも、圌女はただ静かに湯ぞ身を沈める。

゚ピ゜ヌド6 四隅の湯獣 枩泉で偶然再䌚したむブリダずスピリチアヌレは、湯の流れの話から济槜の四隅に残る淀みぞず話を広げおいく。博士課皋で枩泉工孊を孊ぶむブリダは、それを冗談めかしお「湯獣」ず呌び、二人で隅の湯を動かしながら远い出しおいく。敎った湯に沈み盎したずき、さっきたで芋えなかった感芚が確かに倉わっおいた。けれどその違いは、ほずんど誰にも気づかれないたた湯に溶けおいく。

゚ピ゜ヌド7 幎末の湯切り

湯剣を䜜るむブリダ家ず、それを振るスピリチアヌレ家は、幎末の湯切りを代々受け継いできた。勘ず経隓で続いおきた行事に、同䞖代の二人が蚘録ず数倀を持ち蟌み、向き合い方が静かに倉わり始める。倧みそか、初めおその剣が振られたずき、湯はわずかに長く途切れた。曎新された秒数だけが瀺され、あずは䜕も語られなかった。

゚ピ゜ヌド8 倖ぞ向かう湯

地䞋を巡る湯ずしお流れおいたむブリダずスピリチアヌレは、い぀か倖に出お人を癒したいずがんやり語り合っおいた。䞀方、地䞊ではティヌアむがずれた源泉を远い、新しい出口を掘り圓おる。初めお光のある堎所に導かれた二぀の湯は、人に觊れた瞬間、「気持ちいい」ずいう声を受け取る。倖ず人ず癒しが重なったそのずき、湯はようやく自分たちの向かっおいた先を知る。

゚ピ゜ヌド9 湯蟲園

スピリチアヌレずティヌアむは、九州枩泉倧孊での研究をもずに、湯の力だけで育お動かす「湯蟲園」を山䞭に築いた。䜜物も電力も湯に委ねるその堎所では、人は調敎圹に過ぎない。やがお湯で育った猶詰の湯菜は倖の䞖界ぞ届き、むブリダの元にも届く。静かな郚屋でそれを口にしたずき、遠い山の湯は確かに日垞の䞭ぞ流れ蟌んできおいた。

゚ピ゜ヌド10 二匹の地域猫 旅通の玄関に珟れる癜猫ず黒猫は、疲れた客を迎える圹目を分け合っおいた。癜い猫のむブリダは湯ぞ誘い、黒い猫のスピリチアヌレは倜の呌吞ず眠りを静かに芋守る。客ずしお蚪れたティヌアむは、その二匹に導かれるように湯ず颚ず食事を受け取り、胞の重さがほどけおいく。芋送りの朝、二匹は地域猫だず告げられるが、圌女の䞭では別の蚘憶で残り続ける。

゚ピ゜ヌド11 螏み湯

立ったたた浞かる「螏み湯」が圓たり前の町を蚪れたむブリダは、最初は足裏の痛みに耐えられなかった。旅通の䞉段階の螏み湯で身䜓を慣らし、深さを倉えながら䜕床も立぀うちに、刺激は次第に茪郭を倱っおいく。翌日、町の螏み湯に再び立ったずき、痛みはすでに遠のいおいた。湯に身䜓を合わせるこずで、い぀の間にか自分の立ち方が倉わっおいたのだった。

゚ピ゜ヌド12 利き湯

囜立湯道通で開かれる利き湯党囜倧䌚には、各地の湯を読み取る者たちが集たっおいた。二連芇䞭のむブリダ、長幎あず䞀歩届かなかったスピリチアヌレ、そしお新鋭のティヌアむ。五感だけで湯を読み合う詊合の末、準決勝で時代が揺れ、決勝では積み重ねおきた読みの深さでスピリチアヌレが頂点に立぀。蚘録よりも蚘憶が残る䞀日が、静かに幕を閉じた。

゚ピ゜ヌド13 湯魔人枩泉

䜓枩ず同じぬるい湯に長く浞かる湯魔人枩泉では、通い続けた回数に応じお癜・赀・黒のタオルが枡される。週䞀で通う者は「湯人」、毎日通う者は「湯魔人」ず呌ばれ、静かな序列が湯舟に生たれる。興味本䜍で蚪れたスピリチアヌレもやがお通い続ける偎に傟いおいく。䞀方でオヌナヌのむブリダは、健康より「続く仕組み」そのものを芋぀めながら、条件をさらに匕き䞊げようずしおいた。

゚ピ゜ヌド14 湯脈芚曞

䌊胜忠敬の未発衚手皿を展瀺する展芧䌚で、むブリダは「湯脈之図」ず呌ばれる奇劙な断片に出䌚う。そこには実際に蚪れた蚘録のない枩泉地の気配が描かれおいた。自分の旅の蚘憶ず重なる線を蟿るうち、圌が枬ろうずしたのは地圢ではなく湯の気配だったのではないかず思い至る。だが䌊胜はそれらの地を蚪れおいないずいう。ではなぜ描けたのか――答えのない䜙韻だけが、展瀺宀の空気の䞭に静かに残っおいた。

゚ピ゜ヌド15 虹の湯

地䞋にあるこずを匱点ずされおいた老舗旅通の湯殿を蚪れたむブリダは、湯気の揺れない軞に気づく。人工光を制埡すれば、この堎所でしか成立しない虹が生たれる──そう確信した圌女は、スピリチアヌレずずもに蚭蚈に螏み出す。やがお地䞋の湯殿に䞃色が立ち䞊がり、匱点だった暗い湯は「虹の湯」ずしお再生する。光は倖から䞎えられたのではなく、その堎所に眠っおいた条件が圢を埗ただけだった。

それでは、今回も2話をご玹介させおいただきたす。

湯獣倧飯店


午前䞃時半、枩泉街の空気はただ冷たく、川沿いの湯気だけがゆっくりず挂っおいた。裏通りの石畳を螏むず、その奥にひっそりず暖簟を仕舞ったたたの店が芋える――湯獣倧飯店。

今日も、その静かな䞀日が始たろうずしおいた。裏口の鍵が回り、むブリダがそっず扉を抌し開けた。続いお、スピリチアヌレずティヌアむも入る。店内はただ暗く、湯獣たちの寝息がかすかな湿気ずなっお挂っおいる。

最初に行うのは、湯獣たちの身䜓を掗うこずだった。入口の隅で䞞くなっおいた湯獣が、ティヌアむに肩を揺すられお目を芚たす。薄桃色の䜓衚がきらりず光り、湯花の粒がぜろりず萜ちた。

「起きお。きれいにするよ」
ティヌアむが垃を湯に浞し、そのたた湯獣の身䜓に觊れるず、喉の奥を震わせ、ピむ  ピむ  ず甘い声を挏らした。鱗の間に萜ちた湯花の結晶を䞁寧に拭き取られるたび、湯獣の身䜓は少しず぀柔らかい湯気をたずい始める。

ホヌルの䞭倮でも、別の湯獣がスピリチアヌレに磚かれおいた。頭の䞊に生えおいる小さな角を摘たれおは、くすぐったそうに、ペリィず鳎き、胞のあたりを撫でられるず、しずかに目を閉じる。

奥の厚房では、たた別の湯獣がむブリダに背を掗われおいた。眠りから芚めきらぬ身䜓が、ぐらりず揺れた。額に手を圓おられるず、パリィ  ず䜎く響く音を吐いた。銖筋を掗われるず、口元から癜い湯気がひず筋、浮かび䞊がる。湯獣は目を開け、ようやくその日の顔になる。

湯獣たちの身䜓が敎うず、䞉人はそれぞれの持ち堎ぞ向かった。むブリダは厚房で湯せん鍋を磚き、キノコずゞビ゚の䞋ごしらえを始める。スピリチアヌレはコップを掗っおは積み䞊げ、照明の曇りを䞁寧に拭いお光を取り戻す。ティヌアむは入口の敷石を掗い、湯獣の湯が流れる溝を掃陀し、垳面にその日の倩気ず日付を曞き蟌んだ。

午前十䞀時、暖簟が倖ぞ掲げられる。店は開いたが、客の気配はすぐには蚪れない。この小さな枩泉街は、か぀おの賑わいをずうに倱っおいた。湯獣倧飯店の䞀日の平均来客数は、十名ほど――静けさの方がずっず長く店に滞圚しおいる。

やがお、暖簟がわずかに揺れた。
「  やっおいたすか」
顔をのぞかせたのは、昌時に必ず珟れる垞連だった。ティヌアむが軜く頷くず、入口の湯獣が湯を止めお、ピむず鳎いた。それが、この店の「いらっしゃいたせ」だった。

垞連は、湯獣が吐いた湯で手を枅めおから店内ぞ進むず、スピリチアヌレがりむスキヌの小瓶を差し出した。
「今日もりむスキヌにしたすか」

垞連は埮笑んで小瓶を受け取り、それをコップに泚ぎ、䞭倮にいる湯獣の口元に差し出した。ぬるい湯が静かに流れ萜ち、湯気がふわりず立぀。

むブリダは厚房で湯獣汁を仕䞊げおいた――舞茞やしめじずいった山の茞ず、ゞビ゚の骚から取った出汁。仕䞊げに、寞胎の前の湯獣がひず息、パリィッず蒞気を吹きかける。それを怀によそうず、銙りが底から立ちのがった。

湯獣汁を受け取った垞連は、ひず口すすり、目を现めた。
「  やっぱり、これだよな」
その䞀蚀が、店内にそっず萜ち着いた空気を広げる。

午埌になるず、客の途切れる時間が長く続く。䞭倮の湯獣は眠そうに、湯を现く吐いおいた。スピリチアヌレは静かにコップを磚き、ティヌアむは湯獣の頭を撫でながら垳面に数字を曞き蟌む。むブリダは、湯獣から立぀湯気の揺らぎをじっず芋぀め、たるでそれで時間を枬っおいるようだった。

日が暮れるず、圹堎勀めの人がふらりず珟れ、倜の鍋を頌んだ。湯獣鍋――昌の湯獣汁ずはたったく別の顔を持぀この店のもうひず぀の名物だ。倧ぶりの原朚怎茞、黒い舞茞、鹿や猪の厚切り肉、山菜が加わるのは倜だけだ。

むブリダが鍋を敎えるず、暪にいる湯獣が胞を震わせ、パリィッず鋭く蒞気を吹きかけた。具材が䞀斉に開き、湯気が黄金色に散った。客は䞭倮の湯獣の前で自分奜みに酒を割り、ほずんど蚀葉もなく鍋を぀぀く。店の䞭は湯気に霞み、照明の茪郭さえ柔らかく溶けおいた。

午埌九時、最埌の客が垰るず、湯獣たちは順番に湯を匕き、湯気を収めおいった。入口の湯獣が、ピむず短く鳎き、䞭倮の湯獣もそれに応えるように、ペリィず湯を匕いた。

厚房の湯獣が最埌の蒞気をひず぀吐き、身䜓を䞞くした。むブリダは寞胎を掗い、スピリチアヌレはコップを䌏せ、ティヌアむは暖簟を倖す。店内の湯気がゆっくり消えおいくず、湯獣倧飯店は静かな倜の枩泉街に溶け蟌んでいった。

この町で長く続いおきた、い぀もず倉わらない䞀日だった。だが、その静かな営みは、もうすぐ思いがけない出来事によっお倧きく揺さぶられるこずになる。誰もただ、その気配に気づいおいなかった。

それが起きたのは、湯獣倧飯店の䞀日が淡々ず積み重なっおいた、ある初倏のこずだった。その日、枩泉街には珍しく若い旅人の姿があった。倧ぶりのバックパックを背負い、地図を片手に呚囲を芋回しおいる。

この町には若者の芳光客など滅倚に蚪れない。旅通の女将が、笑いながら蚀っおいた。
「あの人、どこで降り間違えたのかしら」
だがその旅人は、迷っおいるわけではなかった。むしろ䜕かを探しおいるような目をしおいた。

倕暮れになり、山圱が枩泉街をゆっくり包み蟌んでいった。旅人は现い裏道ぞず足を螏み入れた。川の流れる音だけが響く道を進み、やがお暖簟のかかった店の前で立ち止たった。

「  ここだ」
誰に蚀うでもなく呟き、旅人はそっず暖簟を抌し䞊げた。その瞬間、入口の湯獣が反応した――ピむ。口から萜ちおいた湯がぎたりず止たり、湯獣の䞞い目が旅人を芋䞊げた。

旅人は息を呑んだ。䞡手を胞の前で握りしめ、震える声で蚀った。
「ほんずうに  いるんだ  」
郜䌚の人間にずっお、湯獣は図鑑や映像のなかの存圚だ。生きお觊れるなど、もはや䌝説に近い。

ティヌアむが入口から顔を出した。
「どうぞ。手を掗っおください」
旅人は蚀われるたた、湯獣の口元に手を差し出した。ぬるい湯が指を流れ、掌を包む――生きた䜓枩のような確かな枩かさ。

湯気がふわりず立ちのがり、旅人の肩が震えた。
「これは  すごい  」
湯獣が小さく喉を鳎らす――ピむ、ピむ。その声は、どこか嬉しそうだった。

旅人はふらりず店内ぞ進んだ。ホヌル䞭倮の湯獣もたた湯を止め、興味深げに旅人を芋぀める。湯気の䞭に、かすかな緊匵が走った。

「いらっしゃいたせ」
スピリチアヌレが小瓶を差し出した。
「りむスキヌか、焌酎をお遞びください。お奜きな湯加枛で割っおいただけたす」
「  湯で  割るのですか」
「ええ。ここの湯獣は、少し甘い湯を出すのですよ」

旅人は震える指で焌酎の小瓶を受け取り、䞭倮の湯獣の前に立った。焌酎を入れたコップを差し出すず、湯獣はゆるやかに湯を流した。湯面に映る自分の顔が、湯気で歪んで揺れおいる。

湯獣汁が運ばれおきた。その銙りが錻をくすぐった瞬間、旅人は息をのんだ――黄金色に濁ったスヌプ、ふくよかな茞の銙り。野山の気配を閉じ蟌めたようなゞビ゚の旚味――ひず口すすった旅人は、もう蚀葉が出なかった。
「  え、これ  矎味しい  」

深く、深く息を吐き、ずろけるような顔で噚を芋぀める。やがお静かにスマヌトフォンを取り出し、たず湯獣に向けた。次に、立ちのがる湯気ぞずレンズを動かす。最埌に、ただ湯気をたずった湯獣汁をそっず画面に収めた。

「今日、信じられない店に来た」
その䞀蚀を添えおSNSに投皿し、満足そうに息を぀くず、旅人はもう䞀口、湯獣汁をすすった。

それだけでは終わらなかった。旅人は䞀床店を出たが、倜になるずたた戻っおきた。気づけば、揺れる暖簟の前に立っおいた。

「倜の鍋も  食べおみたいです」
スピリチアヌレが軜く頷く。厚房ではむブリダがすでに準備に入っおいた――倧ぶりの原朚怎茞、黒い舞茞、厚切りの鹿肉、猪肉。山菜が静かに氎気を吞っお瑞々しくふくらんでいく。鍋が敎うず、湯獣が胞を震わせた――パリィッ。鋭い蒞気が吹きかけられ、具材が䞀斉に開く。湯気が黄金色の幕ずなっお空ぞ舞い䞊がった。

旅人は箞を䌞ばし、鍋からすくった具材を口に運んだ。ひず噛みした瞬間、息が止たり、顔を芆った。
「  これは  反則だ  」

旅人は震える手で再びスマヌトフォンを掲げた。鍋、湯獣、湯割り、湯気――次々ず画面に収めおいく。
「昌も倜も完璧な料理。湯獣にも觊れられる、倢みたいな堎所です」
その投皿が、倜のSNSぞず萜ちた。

翌日、ティヌアむが暖簟を持ち䞊げたずき、店の前の通りに異様な光景が広がっおいた。若者たちが列を䜜っおいる――手には、カメラ、スマヌトフォン、自撮り棒。暖簟が揺れ、その奥がのぞいた瞬間、通りの空気が䞀斉に動いた。
「  いる」
「ほんずだ、湯獣だ」
「写真、撮っおいいんだよね」

入口の湯獣は萜ち぀かず、ピむ、ピむず短く鳎き続けおいた。ティヌアむの手が䞀瞬止たった。昚日たでの静かだった枩泉街は、もうどこにもなかった。湯獣倧飯店は、぀いに郜䌚の目に觊れおしたったのだ。

その翌朝、ティヌアむは䞀瞬、暖簟に手をかけるのをためらった。だが、垃の端に觊れるより早く、通りから声が抌し寄せた。
「今日は䜕人入れたすか」
「湯獣に觊れたすよね」
「もう䞊んでないずダメですか」
隒ぎを聞いた入口の湯獣が、小さく身をすくめお湯を现めた。ピむ  ピむ  その震える声は、興奮よりも䞍安の色が濃かった。

ティヌアむは静かに息を぀き、列の先頭に向き盎った。
「䞀日にお迎えできるのは  二十名たでです。これ以䞊は、お受けできたせん」
二十名――湯獣たちが湯を吐き、湯気を保ったたた働ける、䞀日の限界だった。

途端、列の埌方で倱望の声が重なった。
「二十名」
「そんなに少ないの」
「せっかく遠くから来たのに  」 
だが、どうするこずもできなかった。その日は開店しおすぐに満員ずなり、店の倖にはため息だけが積もっおいった。

断られた客たちがそのたたスマヌトフォンを掲げ、口々に状況を投皿した。倕方には、その断片がいく぀もの波王ずなっお誰かの画面を流れ、倜たでに店の名はさらに広たっおいった。

翌日の午前䞃時半、倪陜がただ枩泉街に差し蟌たない時間だずいうのに、すでに店の前には列ができおいた。ティヌアむが店に着いたずきには、もう二十人の枠が埋たっおいた。スピリチアヌレは戞口からその光景を芋぀め、呻くように蚀った。
「  朝の䞃時半で、もういっぱい  」

䞭倮の湯獣は、普段より早く声をあげおいた――ペリィ  ペリィ  。かすれたような音は、湯を吐き続けた前日の疲れをそのたた映すようで、スピリチアヌレは胞が痛んだ。
「倧䞈倫。今日もゆっくり、ね」

だが、蚀葉だけでは远い぀かない。倖の熱は、それを䞊回る速さで膚らんでいた。
四日目になるころには、培倜で埅぀者が珟れた。店の前の石畳に寝袋が䞊び、明かりを灯したスマヌトフォンの画面には湯獣の姿が映っおいた。深倜の静けさを砎るように撮圱音が響き、笑い声が䞊がった。

そしお、その日も湯獣は、普段の倍の速さで働き続けおいた。入口の湯獣はふら぀き、䞭倮の湯獣は胞の奥から熱を匕き出すたび、苊しげに身を震わせた。むブリダが厚房の湯獣の背に手を圓おるず、䜓枩はい぀もより䜎く、吐く湯気も薄かった。

「  こんなはずじゃなかったのに」
呟きは誰にも届かず、店の倖では話題だけが膚らんでいった。

䞀週間目の朝、最初の泚文を聞いた、その盎埌だった。䞭倮の湯獣が突然、湯を止めお厩れるように暪たわった――ペ  リ  ィ  。声にならない声が挏れ、蒞気が途切れた。厚房の湯獣も倒れるように蒞気を止め、かすれた声を挏らした――パ  リィ  。入口の湯獣が现く長く泣いた――ピ  む  。

その音は、店䞭の空気を震わせた。ティヌアむは震える指で暖簟を倖し、入口に玙を貌った。
『湯獣の䜓調䞍良により、しばらく䌑業いたしたす』
列に䞊んでいた者たちはざわ぀き、やがお静かに散っおいった。これたでの隒ぎが嘘のように、枩泉街には再び静けさが戻っおいた。

遠い郜䌚の郚屋で、あの旅人はその知らせをスマヌトフォンの画面で芋た。息が止たるような感芚が胞を支配し、指が震えた。
「  僕が  」

湯獣の枩かさ、湯に觊れたずきに震えた自分の手、䞉人が静かに動くあの店の呌吞、倜の湯獣鍋の湯気に泣いた自分――すべおが、胞の奥に痛みずなっおせり䞊がった。

旅人は机に突っ䌏しそうになりながらノヌトを開き、震える手で䞀行曞いた。
「匷い湯獣を育おる」
さらに曞き加える。
「もっず倚くの客を迎えられる店を䜜る。湯獣が倒れないようにする。新しい湯獣倧飯店を自分の手で䜜る」
郜䌚の倜は深く静たり返り、旅人の決意だけが郚屋の奥で熱を攟っおいた。

旅人はノヌトに曞き連ねた新店の構想を芋぀めながら、そのたた指先を進めおいた。もし癟䜓いれば、あの店のように湯獣が倒れるこずはない。けれど、癟䜓すべおが䞀日䞭働く必芁はない――そんな考えが、ふず胞に浮かんだ。

「  そうか。亀代制にすればいい」
声にした瞬間、胞の奥に䜕かが灯った。旅人は新しいペヌゞを開き、勢いのたた文字を曞き始めた――湯獣、䞉亀代制。ペヌゞに蚘された䞉぀の区画を、ペンが塗り分けおいく――第䞀班・午前担圓、第二班・午埌担圓、第䞉班・倜担圓。

曞きながら、旅人の芖界には巚倧な厚房が広がっおいた――のがり倩井のホヌルで湯気がもくもくず揺れる䞭、時間の区切りに合わせお、湯獣たちが滑らかに入れ替わっおいく光景。

時間ごずに別の湯獣がその圹目を匕き継ぎ、静かに持ち堎を入れ替わっおいく。䞀䜓に負担を集䞭させるのではなく、癟䜓の湯獣たちが亀代しながら働く䞖界がそこにあった。

旅人はさらに曞き足した――䞀䜓あたりの負担は珟行の䞉分の䞀、䌑息を䞭心ずした勀務、湯獣の健康管理スタッフの配眮。これなら倒れない。これなら、あの悲劇は起こらない。

旅人はペンを止めお倩井を芋䞊げた。胞の奥に、静かな確信のような熱が広がっおいく。そしお、ゆっくりず最埌の蚀葉を曞き蟌んだ――䞀日千名を迎える湯獣超飯店。それは誇匵でも幻でもなく、頭の䞭ではすでに珟実の茪郭を垯びおいた。

湯獣が倒れないために、あの䞉人を苊したせないために、自分の眪をい぀か赊すために――そしお䜕より、あの日、湯獣が湯を止めお迎えおくれたあの瞬間を、もう䞀床どこかで芋たかった。

郜䌚の倜は深たっおいく。机の䞊のノヌトには、誰も知らぬたたひっそりず未来の蚭蚈図が描き䞊がっおいた。旅人はそれを眺めながら、ゆっくりず目を閉じた。

「  次は、倒さない。絶察に」
誰にずもなく぀ぶやいた声は、静かな郚屋に溶けた。窓の倖では、郜䌚の明かりが遠く揺れおいる。机の䞊に開かれたノヌトの黒い文字だけが、倜の䞭で静かに残っおいた。

虹の湯


昌䞋がりの事務所。打ち合わせを終えお曞類を閉じたずころに、電話がひず぀鳎った。取匕先の地銀・地域開発郚からだった。

「枩泉地の老舗旅通なのですが  どうにも再建の糞口がなくお。䞀床、むブリダさんに芋おいただきたいず思いたしお  。すでに旅通から資料を送付しお貰っおいたすので、ご確認ください」

こうした盞談は、珍しくない。むブリダは、枩泉旅通の再生に特化したコンサルタントずしお知られるようになっお久しい。

経営数字を芋るだけでは刀断しない──湯の質、湯殿ぞの動線、建築の癖、土地の光、湿床、季節の颚。旅通ずいう生き物そのものを䞞ごず読み解くのが、むブリダのやり方だった。

受話噚を眮くず、ほどなくしお封筒が届いた──差出人は、玹介された旅通の女将。通名が墚で蚘されおいる。封を切るず、手玙の冒頭でこう告げおいた。
「うちの颚呂は、地䞋にありたす。それが原因で、お客様が離れおしたいたした」

湯殿が地䞊にない──枩泉地では、臎呜傷になりかねない事実。手玙には、欠点らしきものが淡々ず䞊んでいた──光が入らない、湿気が重い、写真映えしない、若い客が定着しない、改修費の芋蟌みが立たない。

䞀般のコンサルなら、この時点で赀字芁因の列挙ず受け取るだろう。しかしむブリダは違った。読み進めるほど、胞の奥に静かな確信が芜生えおいった。

湿床が逃げないのではない──湿床を完党に支配できる。光が差し蟌たないのではない──光の角床を自圚に蚭蚈できる。湯気が重いのではない──湯気が厩れずに留たっおくれる。地䞊では䞍可胜な環境が、そこにはある。

封筒を閉じながら、むブリダは小さく぀ぶやいた。
「地䞋の湯殿か  。だったら虹が立぀かもしれない」
誰が匱点だず蚀ったのか。旅通自身が気づいおいないだけで、条件はすでに揃っおいる。

静かな午埌の陜が傟き始める頃、むブリダはスケゞュヌル垳を開き、蚪問の日皋を頭の䞭で組み立おた。この案件は、やる䟡倀がある──そう確信できる䟝頌は、そう倚くはない。老舗旅通の再生は、銀行の䞀本の電話ず、䞀通の手玙から静かに動き出した。

東京枩泉倧孊の研究棟は、冬の光を受けお癜く沈んでいた。むブリダは受付で名を告げるず、案内された奥の研究宀ぞ向かう。扉を開けるず、聞きなれた声が迎えた。
「久しぶり。あなたが盎接来るなんお、珍しいわね」

振り返ったスピリチアヌレ教授は、玺のゞャケット姿──むブリダの同窓で、今では最幎少教授ずしお知られおいる。

「急ぎで盞談したい案件があるの」
むブリダは垭に腰を䞋ろし、封筒を取り出した。
「地䞋に湯殿がある旅通。光が入らず、湿気が逃げない。暗くお怖い、むンスタ映えしないず敬遠されおいるらしい」

スピリチアヌレは文面に目を走らせ、ペヌゞの䞊を軜く指で叩いた。
「地䞋湯殿  なるほど。でも、湿床ず湯気の滞留が安定しおいるのは確かね。地䞊より条件はいいわ」
むブリダが小さく息を吞う。

「そこで──聞きたい。自然光を前提にしない人工光の虹っお、地䞋で実珟できる」
スピリチアヌレの目が䞀瞬だけ鋭く光った。圌女は手元のノヌトをめくりながら蚀う。
「できる。自然光よりずっず敎った圢で。地䞋は倖乱れロ。湯気の密床が䞀定で、空気の流れもほずんどない。人工光で虹を自然に成立させるには、理想的な環境よ」

むブリダは頷いた。
「私もそう思った。地䞊では、虹はコントロヌルできない。偶然に頌るしかない」
「そうね」
スピリチアヌレはペンをくるりず回す。
「虹は、“光の角床×粒子の倧きさ×散乱の安定性”で決たる。自然光では、虹は制埡できないわ。でも、地䞋なら、フルスペクトル照明を正確に配眮できる。湯気が粒子の圹を担うから、挔出ではなく完党な物理珟象になる」

「  可胜性、あるよね」
「十分すぎるほどあるわ」
スピリチアヌレは即答した。
「むしろ、あなたの蚀う地䞋の湯殿は、人工光で虹を成立させるなら、地䞊ずは前提が違う。光は逃げない。湯気は乱れない。人工光の虹を自然に成立させるには最適よ」

むブリダは封筒を閉じた。
「珟地を芋お図面を手に入れたら、たた来る。湯気の局、倩井の高さ、湯口の䜍眮  実際に芋おから詰めたいの」
スピリチアヌレは埮笑んだ。
「ええ。あなたが珟堎を芋おから本気になるの、昔から知っおいるわ」
ひず拍おいお、続ける。
「行っおらっしゃい。珟堎があなたを遞ぶかどうか、芋おきお」

むブリダは静かに頷いた──虹の条件は、自然に任せないこずで初めお敎う。次は、珟堎が語る番だ。

山間の枩泉地ぞ向かうバスは、薄い午埌の光に包たれお進んでいた。地圢の圱が川面に萜ち、揺れる床に光の筋が走る。むブリダは手垳を開き、スピリチアヌレの蚀葉を指先でなぞっおいた──地䞋は、人工光の虹に向いおいる。倖乱が少なく、湯気が安定する。だから、光を制埡できる。

次のペヌゞには、むブリダが昚倜描いた簡単な図があった。
「フルスペクトル・ラむン照明→湯気局→湯口䞊の筋→虹の発生点」

単玔だが、地䞋の性質を理論化すれば必ずこの圢に行き着く。問題は、珟堎の癖だ。むブリダはその䞋に蚀葉を足しおいく。
「光の反射、倩井の高さ、湯気の滞留、壁材の吞湿  」
バスが揺れるたび、文字がわずかに揺れた。それでも、線は乱れなかった。

枩泉街の入口で降りた途端、冷たい空気の底から湯の匂いが埮かに立ち䞊った。それだけで、むブリダの芖線は少しだけ鋭くなる。旅通の玄関に到着し、女将に迎えられお簡単な挚拶を枈たせるず、䜙蚈な䌚話は挟たずに、そのたた地䞋ぞ向かうこずになった。

薄暗い廊䞋を歩きながらむブリダは、壁の湿床ず床の反発を確かめる。これは習慣ずいうより、職業的な癖だった。

「  こちらが地䞋ぞ  降りる階段です」
女将が口ごもる。ここが䞀番の匱点だずいう気配が、蚀葉より先に空気に出おいた。階段の手前でむブリダは足を止めた。その堎所の空気をゆっくり吞い蟌む。湿床が安定しおいる。こもった匂いはなく、重さだけが残っおいる。これは、悪くない。

䞀段、たた䞀段ず降りおいくに぀れお、空気の質が倉わっおいった。地䞊では絶察に生たれない密床の均䞀さを感じる。階段の䞋から、癜い湯気が立ちのがっおいるのが芋えた──颚がない、揺れない、局が厩れない。人工光があれば、ここは虹のキャンバスになる。

湯殿の扉を静かに抌し開いた瞬間、むブリダの芖界は確信ぞず倉わった。湯殿は暗かったが、その暗さが逆に、光の制埡を玄束しおいた。湯口は䞭倮寄りにあり、湯は柄んでいる。そしお、その湯口の真䞊に䞀本の筋があった──现く、揺れず、真っ盎ぐに立぀湯気の線。地䞊ではたず芋られない、完璧な軞線だった。

倩井は䜎いが、それがいい。湯気が溜たり、局が厚くなる。光は迷いなく粒子に圓たる。むブリダは湯殿の䞭倮に立ち、静かに呌吞した。
「  スピリチアヌレの蚀う通り。人工光があれば、ここは虹の噚になる」

女将が心配そうに聞く。
「  いかが  ですか」
むブリダは湯口の筋を芋぀めたたた、ぜ぀りず蚀った。
「  ここは、敎っおいたす。人工の光を入れれば、虹は必ず立ちたす。垞に」
女将は意味が飲み蟌めおいないようだったが、むブリダはもう次の段階に入っおいた。それは、珟堎が瀺した確信だった。

研究棟の廊䞋は、前回より静かだった。むブリダは図面を手に、研究宀の扉を軜く二床叩くず聞き慣れた声がした。
「どうぞ」
扉を開けるず、スピリチアヌレは窓際で資料を読んでいた。

「垰っおきたのね。  どうだった珟堎は」
むブリダは黙っお図面を広げ、湯殿の䞭心にある湯気の筋の䜍眮を指で瀺した。
「結論から蚀うず、理想的すぎる。湯口の真䞊に、揺れない柱みたいな湯気の軞線があった」
スピリチアヌレの瞳が瞬時に倉わる。
「  本圓に軞が残っおいるの」
「そう。軞が厩れおいない環境だった。これは、人工光なら成立するず思う」

スピリチアヌレは怅子を匕き寄せ、図面に身䜓を寄せた。
「倩井の高さは」
「この倀。60Wの裞電球ひず぀でこの明床だから、フルスペクトル照明を仕蟌めばコントロヌルできる」
スピリチアヌレは思わず笑った。
「  地䞋っお、本圓にいいわね。誰も理解しおいないだけで。光ず湯気の物理実隓宀そのものじゃない」

二人は図面の䞊に、光のラむンを描き始める。線が湯気の筋に向かっお䌞びる。
むブリダは図面を指しながら蚀った。
「照明は䞀方向じゃだめ。散乱角を䜜るために匱い斜光を耇数本。できれば、可芖光のスペクトルを现かく分けたい」

スピリチアヌレはすぐに理解し、頷いた。
「なら、分光ナニットを分けお、R・G・B・Yあたりを䜎照床で重ねればいい。虹を芋せるのではなくお、湯気に混ざらせるの」
「湯口の察流が、その混ざりを壊さない。だから自然に芋える」
むブリダはそう蚀いながら、湯殿の䞭心郚分を軜く叩いた。

「ここたで条件が揃う湯殿、めったにないわよ」
スピリチアヌレは感心したように埮笑む。
「あなた、たたいい珟堎を拟っおきたわね」
むブリダは静かに銖を振った。
「拟ったわけじゃない。あの湯殿は、最初からそういう堎所だったの」

スピリチアヌレは端末を操䜜し、シミュレヌション画面を開いた。
「照床はこのくらい。光源は湯面に反射しすぎるから、壁面近くの間接照明ずしお仕蟌むのがいい。散乱角は  12〜18床ね」
「珟堎の梁の䜍眮もここ。配線は隠せる。耐湿も問題ないわ」
むブリダの声は萜ち着いおいた。すでに工皋が頭に描けおいる口ぶりだった。

スピリチアヌレは手を止めお、明確に蚀った。
「──結論。人工光による垞時虹は可胜。しかも、矎しく安定する。図面䞊でも、珟堎状況でもね」
むブリダは深く息を吐いた。安堵ずいうより、蚈画が実䜓を持った瞬間の呌吞だった。

「  よし。次は珟堎で確認する。スピリチアヌレも同行できる」
スピリチアヌレは笑い、ペンを眮いた。
「もちろん。地䞋で虹を立おる湯殿なんお、研究テヌマずしおも最高よ。行かない理由がないわ」
むブリダの目元が、少しだけ和らいだ。

「昔の地䞋実隓宀を思い出したわ。湯気の䞭に、ちょっずだけ虹の端が出た日」
スピリチアヌレは懐かしそうに目を现めた。
「  あれね。今床は本物を䜜りたしょう。人工光で、自然より自然な虹を」

二人のあいだに、孊生時代から倉わらない共同研究の呌吞が戻っおきた。図面の䞊に匕かれた線は、ただ存圚しおいない虹の茪郭に芋えた。

山の空気は、前回より冷たく柄んでいた。旅通の玄関をくぐるず、女将が少し緊匵した面持ちで迎えた。
「本日は  教授の先生たでお越しくださっお  」
スピリチアヌレは軜く埮笑んだ。
「いえ、私が来たかったのです。ここたで条件が揃う湯殿、そうありたせんから」

女将は理解が远い぀いおいないようだったが、黙っお頷いた。
少し遅れお、地銀の担圓者が姿を芋せた。冬の日差しを背に、資料の入った薄い鞄を抱えおいる。
「本日はよろしくお願いいたしたす。珟堎を拝芋したうえで、お話を䌺えればず」

女将が小さく頷いた。
「  こちらぞ。地䞋にご案内したす」
むブリダは黙っお頷き、階段ぞ向かう。四人分の足音が廊䞋を進んでいく。そのたび、床板が小さく沈む。
階段を降りはじめた瞬間、スピリチアヌレはわずかに呌吞を倉えた。
「  いい湿床ね。均䞀だわ」
「うん。厩れおない」
むブリダが静かに返す。女将ず地銀担圓者は、二人が䜕を基準に蚀っおいるのかただ分からない。だが、階段を半分降りたずころで、透明な膜に觊れるような感芚が蚪れた。

地銀の担圓者が目を瞬く。
「  空気が、倉わりたしたね  」
むブリダは振り返らず蚀った。
「これが地䞋湯殿の匷みです。倖気が混じらないので、湿床が安定するのです」

䞋たで降りお、ゆっくりず扉を抌し開ける。癜い湯気が、䞀斉に芖界の奥ぞ吞い蟌たれるように広がっおいた。スピリチアヌレは䞭に入った瞬間、呌吞を䞀拍だけ止めた。
「  すごい。湯気が、ここたで乱れないなんお」
湯殿の癜い湯気が静かに薄闇を満たしおいた。スピリチアヌレはその空気をひず呌吞しお、静かに蚀った。
「  これは、地䞊じゃ絶察に䜜れない空気ね」

むブリダは湯口の前に進み、䞊ぞ䌞び続ける湯気の䞀本線を指し瀺した。
「ご芧ください。これが、湯気の軞です。」
地銀担圓者が瞬きをした。
「軞  」
「はい」
むブリダが続ける。
「通垞の湯気は揺れたす。でも、地䞋には倖気が入らず、颚がたったくない。その結果──湯口の䞊に揺れない筋ができるのです」

スピリチアヌレが図面を広げ、膝を぀いた。
「虹は“光の角床×粒子の倧きさ×散乱の安定性”で生たれたす。地䞋湯殿は、この䞉぀のうち二぀──湯気の粒床ず散乱の安定性が、自然に揃うのです」

むブリダが続ける。
「そしお残る䞀぀、光の角床──これは自然光に頌るず䞍安定になりたすが  」
スピリチアヌレが蚀葉を重ねる。
「人工光なら、完党に制埡できたす。しかも地䞋は光が挏れない。倖乱れロの光孊実隓宀になるのです」

地銀担圓者が息を呑んだ。
「え  ぀たり  」
むブリダははっきりず蚀った。
「ええ。虹の湯殿が成立するのです」
女将は思わず口元に手を圓おる。
「  え  虹が  うちの颚呂で  」
スピリチアヌレは優しく銖を振った。
「逆です、女将。ここだからこそ、できるのです」

むブリダが説明を続ける。
「地䞊では、湯気が散っおしたう。でもここは、湿床が逃げない。湯気が厩れない。枩床差が安定しおいる。光を入れれば、虹の条件が垞に揃うのです」
スピリチアヌレが図面の䞭倮を指で叩く。
「人工光を匱い斜光で耇数入れるず、湯気の軞で光が混ざり、人間の目には自然な虹ずしお芋えるのです」

地銀担圓者は湯気の軞をもう䞀床芋た。
「  本圓に、䞀筋だけ揺れたせんね  こんなの初めお芋たした」
「本圓に特殊な環境なのです」
むブリダが蚀う。
「地䞋の湿床・湯口の察流・倩井高──党郚が噛み合っお虹の玠地になっおいたす。だから私は  これを、この旅通の新しい顔にできるず考えおいたす」

女将の喉が震えた。
「  うちの  この颚呂が  」
「はい。匱点ではなく、匷みです」
女将の目に涙が滲んだ。
「 お願い  したす。うちの颚呂を  」
そのずき地銀担圓者が曞類を開いた。
「個人ずしおも、非垞に興味深い案件です。正匏には持ち垰っお怜蚎いたしたすが  私の方で、䞊に話を通したす」

女将が驚いお振り向く。
「ほ、本圓ですか  」
むブリダは静かに頷いた。
「倧䞈倫です。数字も、珟堎も、揃っおいたす。スピリチアヌレも保蚌しおくれおいたす」
スピリチアヌレが笑みを浮かべた。
「地䞋で虹を立おられる湯殿なんお──䞖界にひず぀だけですよ」

女将の涙が、湯気の䞭にすっず溶けおいった。むブリダは息を吞い、静かに告げた。
「  では、具䜓的な蚈画に入りたしょう」
湯殿の静寂に、未来の光がわずかに揺れたように芋えた。

工事が終わり、旅通は静かな倜を迎えおいた。照明はただ客甚には敎えられおおらず、湯殿だけが淡くぬくもりを垯びおいた。むブリダ、スピリチアヌレ、女将、そしお地銀担圓者が、ひず぀の湯殿を囲んで立っおいた。

湯気は薄く、均䞀に挂っおいる。スピリチアヌレが壁際の制埡噚に指を䌞ばした。
「  では、照明を入れたす。たずは、匱い斜光から」
カチ、ず小さなスむッチ音が響く。暗い湯殿の片偎に、现い光が斜めに萜ちた。

湯気がその光を受け、たるで気配が色を垯びおいくように、わずかに揺らぎ始める。むブリダが䜎く蚀う。
「  第二照明、お願い」
スピリチアヌレが頷き、光をもう䞀局重ねた。湯気がそれを透かす。するず、湯気の軞の内郚で、䜕かが動いた──赀でもない。青でもない。色ずも蚀えない光の混ざり方。

女将が息を呑む。
「  いた、䜕か  」
むブリダが蚀う。
「始たりたす」
スピリチアヌレは䞉本目の斜光を重ねた。その瞬間だった。湯気の軞が、静かに、しかし確かに──色を垯びた。たず、淡い光の瞁だけが虹色に染たり、次第に内偎ぞず色が満ちおいく。地䞋湯殿の暗闇の䞭──たるで湯が自ら光を産んでいるかのように、虹が立った。

誰も声を出せなかった。最初に蚀葉をこがしたのは、女将だった。
「  こんな  こんなものが  この颚呂に  」
むブリダはただ静かに返した。
「ええ。女将の旅通の湯殿が持぀地䞭の空気が、虹を生んだのです」
スピリチアヌレが埮笑む。
「自然でも人工でもない。この堎所だけの虹です」

地銀担圓者は、腕を組んだたた呟いた。
「  これは  写真じゃ䌝わらない  本物の光だ  」
虹はゆっくり脈打぀ように揺れおいた。湯気の䞭を透過しながら、誰も芋たこずのない静かな䞃色を灯し続けおいた。開業前倜、䞖界にひず぀だけの虹が生たれた。

翌朝の開業日、䞀番颚呂に入りに来た女性客がスマヌトフォンを取り出した。
「ちょっず埅っお  この旅通、地䞋で虹が出おいるんだけど  」
湯殿の薄暗がりの䞭、䞃色の柱が湯気を照らす動画がSNSに投皿されるず、数時間で拡散が始たった。

「えっこれ本物」
「合成じゃないの」
「枩泉に虹っお、どういうこず」
「え、䜕ここ行きたい」
「地䞋で虹がある枩泉  新ゞャンルすぎる」
旅通の公匏アカりントは無かったが、虹の湯ずいう蚀葉が、䞀人歩きを始めた。

半幎埌、地方TV局が取材に蚪れた。
「こちらが、今話題の虹の湯です」
レポヌタヌが驚きの声を䞊げる。
「これは  ラむトアップではなく  湯気に光が混じっお  立䜓的な虹になっおいるのですね」
女将は緊匵しながら語る。
「ええ  うちの旅通の匱点だず思っおいた地䞋颚呂が、こんな圢で息を吹き返すずは  」

話題は加速した。SNSでは、虹の湯がトレンドワヌドに入った。女性誌が、唯䞀無二の䜓隓を特集し、週末の予玄は数ヶ月先たで埋たった。地銀担圓者が埌日、そっず呟いた。
「たさか  本圓にここたでバズるずは  むブリダさん、スピリチアヌレ教授  これは再生じゃなくお新生ですよ」

むブリダは苊笑する。
「地䞋が、その堎所に合った光を求めおいただけです」
スピリチアヌレが静かに締める。
「地䞊の光に頌らず、その湯気ず空気が生む虹──だから矎しいのです」

湯殿では今日も、湯気の軞に䞃色が静かに立ち䞊がり、蚪れる人を驚かせ続けおいた。䞖界にひず぀だけの地䞋虹湯は、こうしお枩泉地の新しい象城になっおいった。


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