ペンは剣より強かった。これからは、問いがペンより強くなる。
「ペンは剣よりも強し」
昔から、そんな言葉があります。
武力よりも、言葉や思想の方が人を動かし、社会を変える力を持つ。
だから長い間、
書ける人は強かった。
考えを言葉にできる。
文章としてまとめられる。
人に伝えられる。
それ自体が、大きな能力でした。
新聞も、本も、演説も、広告もそうです。
情報を持つ人。
言葉にできる人。
広く届けられる人。
そういう人たちが、世の中を動かしてきました。
でも、AIが登場して、その前提が少し変わり始めています。
文章を書く。
資料を作る。
広告のコピーを考える。
メールを書く。
画像を作る。
コードを書く。
少し前までなら、ある程度の知識や技術が必要だったことを、AIはかなりの速度で手伝ってくれるようになりました。
もちろん、上手に使うには経験も必要です。
そして、自分の言葉で書くことや、磨かれた表現力の価値がなくなるわけでもありません。
むしろ、書くという行為そのものが、自分の考えを整理し、自分の中にある問いを深めてくれることもあります。
それでも、
「形にする力」そのものは、以前よりずっと多くの人が持てるようになった。
これはかなり大きな変化だと思います。
では、これから何で差がつくのでしょうか。
最近、私は、
答えよりも、問いなのかもしれない。
と思うようになりました。
AIは、聞かれたことには強い
たとえば、
「売上を上げる施策を10個考えて」
とAIに聞けば、かなりそれらしい答えが返ってきます。
広告を増やす。
SEOを強化する。
SNSを活用する。
キャンペーンを行う。
リピート施策を強化する。
おそらく、どれも間違いではありません。
でも、その会社の売上が落ちている原因が、
そもそも集客ではなく、
サイトのCVRなのかもしれない。
客単価なのかもしれない。
既存顧客の離脱なのかもしれない。
営業の受注率なのかもしれない。
商品そのものなのかもしれない。
だとしたら、
「売上を上げる施策を考えて」
という問い自体が、少し粗い。
AIは、その問いの中では一生懸命答えてくれます。
でも、
問いがずれていれば、ずれた方向にものすごい速度で進む。
ここが、AIの便利さと怖さの両方なのだと思います。
答えを出す前に、問題を疑う
仕事をしていると、
「何をやればいいですか?」
と考える場面があります。
新しい仕事なら、まずやることを確認するのは当然です。
でも、仕事に少し慣れてきた時、その一つ前にある問いまで考えてみると、見える景色が変わることがあります。
なぜ、それをやる必要があるのか。
本当にそこが問題なのか。
誰にとっての問題なのか。
その数字は、本当に追うべき数字なのか。
そもそも、その目標設定で合っているのか。
こういう問いは、すぐには答えが出ません。
でも、仕事で大きな差が出るのは、案外こちらの方だったりします。
たとえば、
「問い合わせを増やしたい」
と言われた時に、
すぐに広告施策を考えるのではなく、
「問い合わせが少ないのは、流入が少ないからなのか?」
と疑ってみる。
流入は十分あるかもしれない。
その場合は、
「来ている人が、なぜ問い合わせないのか?」
という問いになる。
さらに見ると、
問い合わせ自体は多いのに、来場につながっていないかもしれない。
そうなると、
「増やすべきなのは、本当に問い合わせなのか?」
という話になる。
一つ問いが変わるだけで、やることはまったく変わります。
知識や経験があるから、問いは深くなる
以前は、
答えを知っている人が強かった。
専門知識を持っている。
経験がある。
情報を持っている。
それ自体に、大きな価値がありました。
そして、その価値はこれからもなくならないと思います。
むしろ、
知識や経験があるからこそ、良い問いを立てられる。
そんな面もあります。
現場を知っているから、
「これは少しおかしい」
と気づける。
過去の失敗を知っているから、
「本当にこの前提でいいのか」
と疑える。
専門知識があるから、
多くの人が素通りする違和感に気づける。
問いは、何もないところから突然生まれるわけではありません。
それまでに見てきたもの、考えてきたこと、失敗したこと。
そうした蓄積の上に生まれるものなのだと思います。
AIによって、答えにアクセスするコストは急激に下がっています。
知らないことを調べる。
整理する。
仮説を出す。
比較する。
文章にする。
その速度は、以前とは比べものになりません。
だからこそ、
「何をAIに聞くか」
が重要になります。
ただし、これは単にプロンプトを書く技術の話ではありません。
上手な命令文を書くという話でもない。
もっと手前の、
「自分は、何を知るべきなのか」
を考える力です。
何に違和感を持つか。
何を疑うか。
どこを深掘るか。
何と何を比べるか。
そして、
そもそも今、答えるべき問いは何なのか。
そこを決める力です。
良い問いは、小さな違和感から始まる
では、どうすれば良い問いを持てるのでしょうか。
私は、特別なテクニックが必要だとは思っていません。
むしろ始まりは、
「あれ?」
くらいの小さな違和感なのだと思います。
なぜ、この会議は毎週必要なのだろう。
なぜ、この数字だけを追っているのだろう。
なぜ、この商品は売れているのだろう。
なぜ、以前より仕事がつまらなく感じるのだろう。
なぜ、これは当たり前だと思われているのだろう。
日常には、小さな疑問がたくさんあります。
でも忙しいと、つい素通りしてしまう。
その「あれ?」を少しだけ残しておく。
「本当にそうなのかな」と、一度立ち止まってみる。
そこから問いが生まれます。
そして今は、その問いをAIに投げれば、以前なら一人では辿り着けなかったところまで、一緒に掘っていくこともできます。
もしかするとAIは、
答えをくれる道具というより、問いを深める道具
として使った方が面白いのかもしれません。
誰もがペンを持てる時代になった
「ペンは剣よりも強し」
という言葉が生まれた時代、ペンを使って社会に広く影響を与えられる人は、今よりずっと限られていたはずです。
でも今は違います。
SNSがある。
ブログがある。
動画がある。
そしてAIがある。
誰でも、文章を作り、画像を作り、発信できる。
ある意味、
誰もが強力なペンを持てる時代になった。
もちろん、何を書くか、どう表現するか、その人にしか書けない言葉の価値は残ります。
むしろ、誰もが形にできるようになったからこそ、
その人が何を見て、何を感じ、何を問いかけたのか
が、以前より大切になるのかもしれません。
AIは文章を整えてくれます。
答えもたくさん出してくれます。
でも、自分の中に何の疑問もなければ、AIに聞くこともありません。
そして、同じAIを使っていても、
問いが違えば、出てくるものは大きく変わります。
だからこれからは、
答えをたくさん持っていることに加えて、良い問いを持っていることが強さになる。
そんな時代なのかもしれません。
ペンは剣より強かった。
そして、誰もがペンを持てるようになった今、
これからは、問いがペンより強くなる。
