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「あの音が怖かった」昭和の歯医者さん

昭和30年代は大人も子供も、みんな次の言葉を真面目に実行していた。
「朝起きたら歯を磨く」
だから歯がきれいなのは、朝食までのわずか15分間。虫歯になるのは当然だ。
だからニッと笑えば、黒く欠けた「みそっ歯」の子供がとても多かった。
それは大人も同じ、虫歯だらけで、歯医者さんはいつも大盛況だった。しかも、みんな痛くならないと歯医者さんには行かない。
予約制など無かった時代。行った順で受付をし、そのまま待合室で座って待つことになる。 だから20~30人待ちが当たり前。
「どうか今日は少ないように…」と祈りながらドアを開けて、ガクッと肩を落としたものだ。
待合室でズキズキ…それだけで地獄だった。
ほっぺたを押したり、つばをソロリとかけてみたり、あれこれやってみる。
痛みが無くなれば帰れるかも、という淡い期待を抱きながら待ち時間を過ごしていた。
そして診察室から聞こえてくる――ギュィーン!
あの心臓をえぐるような嫌な音と子供の泣き声。
「次の人!」
看護婦さんが言うたびに、次は自分の番かとビクッとした。
待合室にいるだけで、緊張して体がガチガチになっていた。

診察室では直角の金属椅子に座らされる。それがとても冷たくて嫌だった。
しかも子供は動くので看護婦さんに頭を押さえつけられる。
横目の端で先生がこちらにやってくるのをとらえた。
思わず握りしめる金属製のひじ掛けは硬くて冷たい。胸のドキドキがとてつもなく大きな音を立てていた。
先生が足元の空気入れをパコパコ踏むと、そのたびにガクンガクンと椅子が上がっていく。恐怖の治療開始の瞬間だ。

あの頃は、麻酔をすることはほとんどなく、神経に近づいてくる機械の感覚がリアルすぎた。
そして、ビリリッと激痛――「ああ、ごめん、ごめん!」と先生。
先生に謝られても、激烈な痛みが和らぐはずがない。
私は口を開けたまま、大泣きして、涙でぐしょぐしょの顔になっていた。
看護婦さんの「動かないで。」は恐ろしく無理な注文だった。
治療室を出ると母が「終わった?頑張ったね。」と声をかけてくれた。
私はヒック、ヒックしながら小さくうなずいた。

そうやって何回か通って、ようやく治療が終了する。
その時の解放感たるや――
「ああ~!もう何食べても痛くないんだ~!」
「もうあの恐ろしい治療をしなくてもいいんだ~」
治療終了日の帰り道は、自然と弾むようなスキップになっていた。
痛みや嫌な事をすぐに忘れてしまうのは子供の特権だ。

やがて学校では歯磨きの指導が始まった。林間学校では夜寝る前にみんなで並んで歯磨きをした。
年に一度の歯科検診後には貰うものがある。
虫歯ゼロの子には「よい歯のバッジ」。
それをさっそく校帽に付け「やったぁ!これで3個目だ。」「オレ初めて!」と喜び合う子どもたち。
そしてピンクの手紙「歯医者さんに行きましょう!」を貰う虫歯の子。
歯医者さんの終了印を貰うまで逃れられない手紙だった。
深いため息をつく子供たちの中に、うなだれながら立ち尽くす私もいた。
そのたった一枚で、忘れていた歯医者さんの風景が鮮やかに蘇るのだった。

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おわりに

歯医者さんがこわい(こわかった)という思い出がある方、こわかった思い出をぜひ教えてください。



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