見出し画像

子どもにとっての「安全基地」とは?|発達に欠かせない愛着の役割

初めて見る遊具の前まで行った子が、少し立ち止まりました。

遊具を見る。それから後ろを振り返って、支援者の顔を見る。もう一歩近づいたけれど、今度は支援者のところまで戻ってきました。しばらくそばにいると、また身体の向きを変え、自分から遊具へ向かっていきます。

この場面で起きているのは、単に「大人から離れられなかった」ということなのでしょうか。

一度、外の世界へ向かって探索する。不安になると戻ってくる。少し安心すると、また自分から探索や試行へ向かっていく。

愛着を考えるとき、私はこの**「戻る」と「また外の世界へ向かう」の往復**を大切にしています。

愛着という言葉から、「よく甘える」「大人のそばにいる」「特定の人から離れない」といった姿を思い浮かべることがあります。でも、子どもにとって大人との関係がどのように働いているかを見るなら、近くにいる時間だけで測れるものではありません。

不安なとき、その人へ安心を求められるか。
安心したあと、また遊びや人、物、環境へ向かえるか。

この往復を見るための考え方の一つが、愛着理論でいう「安全基地」です。

愛着は「仲がいい」「よく甘える」だけでは分からない

愛着を、「大人と仲がいい」「べったりしている」「よく甘える」といった表面的な近さだけで捉えると、見落とすものがあります。

大切なのは、子どもにとってその大人との関係がどのような働きをしているかです。

不安になったとき、その人のところへ行く。声を求める。身体を寄せる。視線を向ける。何らかの方法で安心を得ようとする。そして少し落ち着くと、また遊びや人、物へ向かっていく。

つまり、愛着を見るときには「どれだけそばにいるか」だけではなく、安心を求めることと、安心を足場に探索することの両方を見る必要があります。

大人のそばにいること自体が目的なのではなく、その関係を使いながら子どもが世界と行き来している。その働きを見る、ということです。

「戻れる場所」と「外へ向かうための足場」

愛着理論では、不安や苦痛を感じたときに安心を求める働きと、安心を足場に探索へ向かう働きが重要になります。

子どもが怖い、困った、分からないと感じたときに戻れる。そして、そこで安心を取り戻すと、再び外の世界へ向かっていく。

安全基地とは、単に「安心させてくれる大人」という意味ではありません。

子どもが安心を足場にして外の世界へ探索に向かい、必要なときには戻ることのできる関係上の拠点。

私はそう捉えています。

愛着理論でも、養育者は探索のためのsecure baseと、苦痛時に戻るsafe havenの両方として位置づけられてきました。探索と安心を求める行動は、固定された順序というより、その時々の状況に応じて調整されるものです。

この考え方を持つと、現場で見るものも少し変わります。

「大人から離れられたか」ではなく、どんなときに外へ向かい、どんなときに戻り、そのあとどう再び動き始めたかを見るようになります。

戻れることと、また外の世界へ向かえること

例えば、新しい活動に取り組んでいる子どもが、途中で支援者の顔を見たとします。

それだけを見れば、「不安そうだった」と解釈できるかもしれません。

でも、そのあと支援者のところへ近づいたのか。声をかけられると再び活動へ向かったのか。身体に触れてもらう必要があったのか。それとも、顔を見るだけでまた始めたのか。

ここまで見ると、同じ「大人を見た」という行動でも意味は変わってきます。

重要なのは、

探索 → 不安 → 戻る → 安心 → 再探索

という往復です。

これは、すべての子どもが毎回この順序で動く、という意味ではありません。子どもによって安心を求める方法も違えば、外の世界へ戻っていくまでの時間も違います。

「戻ってきたから愛着が強い」と考えるわけでもなく、「一人で遊べるから自立している」と考えるわけでもありません。

見るべきなのは、安心を必要としたときに戻れることと、安心したあとにまた自分から外の世界へ向かって探索や試行ができることの両方です。

安心を足場に、子どもは何を広げていくのか

では、子どもにとって安全基地があることは、発達の中でどんな意味を持つのでしょうか。

ここで注意したいのは、「安定した愛着があれば社会性や言語が伸びる」と単純に考えないことです。

安全基地は、発達そのものを直接生み出す原因というより、子どもが安心して外の世界へ向かい、人や物と関わり、探索や試行を続けるための足場の一つとして考える方がよいと思います。

実際、早期の愛着の安定性と、その後の仲間との社会的コンピテンスには関連が報告されています。ただしこれは、愛着だけが社会性を決めるという意味ではありません。80サンプル、4,441人を対象にしたメタ分析でも関連は中程度であり、発達を一つの要因で説明することはできません。

人との世界が広がる

安心できる大人との関係を足場にして、子どもは少しずつ人との世界へ向かっていきます。

大人の顔を見る。視線を追う。同じものを見る。相手の反応を見る。真似をする。他の子がしていることに気づく。一緒に遊ぶ。

ここで見るのは、物理的に大人から離れたかどうかではありません。

安心できる関係を足場に、人との世界へ向かう行動がどう広がっているか。

ということです。

その一つに、子どもと大人が同じ対象へ注意を向ける共同注意があります。共同注意は、二者が第三の対象や出来事へ注意を協調させる行為として整理され、乳児期後半から発達していきます。また、ことばの発達や社会的認知との関連も研究されてきました。

子どもが人と対象を共有するようになっていく過程については、こちらの記事でも詳しく考えています。

▶ 子どもが見ている世界に、大人はどう参加する?― アイコンタクト、指差し、共同注意を「できた/できない」で終わらせないために

ことばの世界が広がる

ことばも、人とのやり取りから切り離して考えることはできません。

大人と同じものを見る。指差した先を見る。物を渡す。欲しいものを求める。嫌なことを拒否する。相手のことばを聞く。

こうしたやり取りの中で、ことばは単なる音ではなく、人と意味を共有するための道具になっていきます。

例えば、子どもが興味を持ったものを支援者も一緒に見る。その場でことばを添える。子どもがまた視線や身振りを返す。

共同注意と語彙発達の関連についても多くの研究があります。特に、子どもと大人が同じ対象へ注意を向けることで、ことばが「何を指しているのか」を捉えやすくなる可能性が指摘されています。ただし、共同注意だけで言語発達が決まるわけではありません。

安全基地そのものが言語発達を直接生むわけでもありません。

ただ、安心して人や環境へ関わり、やり取りを続けられることは、ことばが使われる経験を支える一つの条件にはなり得ます。

身体で確かめる世界から、概念で考える世界へ

子どもは、最初から頭の中だけで世界を理解するわけではありません。

ピアジェの発達段階を、子どもを年齢で分類するものではなく、世界をどのような方法で理解しているかを見る一つの目安として使ってみます。

感覚運動期では、子どもは身体や感覚を使いながら世界を確かめます。触る。叩く。落とす。押す。引く。隠れたものを探す。こうした行為を通して、物と自分の行為との関係を少しずつ理解していきます。

前操作期になると、目の前にないものを思い浮かべたり、物を別のものに見立てたり、ことばを使って経験を表したりする力が広がります。積み木を車に見立てる。箱を家にする。経験した出来事をことばで表す。探索は、身体で直接試すだけでなく、ことばやイメージ、象徴を使って世界を扱うことへ広がっていきます。

さらに具体的操作期になると、実際の物や経験を土台にしながら、比較する、分類する、順序づける、量や数の関係を捉えるといった論理的な操作がより可能になります。ピアジェの段階論自体には後年さまざまな批判や修正がありますが、感覚運動期、前操作期、具体的操作期という枠組みは、子どもの認知の質的な変化を見る一つの目安にはなります。

ここで言いたいのは、安全基地がピアジェの発達段階を進めるということではありません。

安心して探索し、試し、失敗し、必要なら戻り、また試す。そうした関係は、その子が今使える認知や身体の力を使って世界と関わる機会を支える、発達上の足場の一つとして考えることができます。

支援者は「離す・見守る・受け止める」を使い分けられているか

安全基地という考え方を現場へ戻すと、今度は私たち支援者の関わり方が見えてきます。

例えば、「自立のため」と考えて、子どもがまだ安心を求めている段階で大人側から分離を進めてしまうことがあります。

逆に、子どもが自分から試そうとしているのに、心配ですぐに声をかけたり手を出したりすることもあります。

「見守っています」と言いながら、困ったときに安心を求められる関係になっていないこともあります。

ここで大切なのは、どの関わりが正解かを決めることではありません。

いまの関わりは、この子の「探索と安心の往復」を支えているか。

それを見ることです。

私は、支援者には「離す・見守る・受け止める」を使い分ける必要があると考えています。

ここでいう離すとは、大人の都合で無理に分離することではありません。子どもが自分から外の世界へ向かい、探索や試行を始めようとするとき、その動きを邪魔せず送り出すことです。

見守るとは、放置することではありません。必要なときには戻れる位置にいながら、すぐに口や手を出さず、子ども自身が試す時間を保障することです。

受け止めるとは、何でも代わりにやることでもありません。不安や失敗、困難が生じたときに、子どもが安心を求めることができ、そこからまた外の世界へ向かえるよう支えることです。

子どもの発達を信じて、離す。見守る。受け止める。
支援者は、この3つを本当に使い分けられているか。

ただし、この3つにも万能な割合はありません。

ある子には待つことが必要でも、別の子には援助が必要かもしれない。同じ子でも、その日の体調や活動、相手、環境によって必要な関わりは変わります。

だから、関わり方は子どもの反応を見ながら調整する必要があります。

「安心させる」の先を見る

愛着を大切にすると聞くと、「まず安心させること」に意識が向きやすいと思います。それ自体は重要です。

でも、安全基地として考えるなら、その先まで見たい。

安心したあと、その子は何を始めたか。誰を見たか。何を触ったか。何を真似したか。どんなことばを使ったか。何を考え、どんな方法を試したか。

安心を保障したうえで、その子が外の世界へどう向かっているかを見る。

私は、そこまで含めて安全基地を考えたいと思っています。

安心させるだけで終わらず、その安心を足場に、人との関わりやことば、身体を使った探索、イメージ、比較や分類といった発達の広がりへどうつながっているのかを見る。

子どもにとって安全基地があるということは、ずっと大人のそばにいることではありません。

安心して世界へ向かえること。必要なら戻れること。そしてまた、自分のやり方で世界を確かめに行けること。

そこまで見て初めて、安全基地が「発達の足場」として見えてきます。

すべてを「愛着」で説明しない

ここまで安全基地の話を書いてきましたが、一つだけ強く残しておきたいことがあります。

子どもの行動を見て、

「これは愛着の問題だ」

とすぐに決めないことです。

例えば、大人のそばからなかなか動き出さない子がいたとしても、その理由は愛着だけとは限りません。活動の意味が分からないのかもしれない。感覚的に苦手なのかもしれない。身体的に難しいのかもしれない。過去に失敗した経験があるのかもしれない。その場の環境が不安なのかもしれない。

発達段階、認知、感覚、運動、経験、環境、相手との関係など、複数の可能性があります。

逆に、一人でどんどん遊びへ向かっているからといって、それだけで「安全基地が成立している」とも言えません。

だから、安全基地という考え方は子どもを説明しきる答えではなく、現象を見るための一つのレンズとして使います。

「この子は愛着が弱い」ではなく、

「不安になったとき、この子は誰に、どんな方法で安心を求めている?」
「安心したあと、探索や試行はどう変わっている?」

と、次に見るものへ戻す。

理論を子どもへ当てはめるのではなく、理論を使って、もう一度子どもを見る。

私はその使い方をしたいと思っています。

私が普段、理論や診断名からではなく、まず子どもの具体的なふるまいから考えたいと思っている理由はこちらの記事にまとめています。

▶ 子どもの「ふるまい」と「まなざし」から、支援の次の一手を考える

安心して戻れて、また世界へ向かえる関係

「自立させるために大人から離すこと」と、「ずっとそばにいて守ること」。

安全基地は、そのどちらかを選ぶ話ではありません。

子どもが自分から外の世界へ向かおうとしたら、その探索を支える。試しているなら、必要以上に先回りしない。不安になったら戻れる。そして安心できたら、また自分から世界へ向かっていける。

その往復の中で、子どもは人に気づき、ことばを使い、物を試し、イメージし、少しずつ世界の理解を広げていきます。

最後に残したい問いは、一つです。

私たちは、子どもが安心して戻ることができ、そこからまた自分で外の世界へ向かえる関係をつくれているだろうか。

愛着という理論を知ることよりも、その問いを持って次の子どもの姿を見ることの方が、現場ではずっと重要だと思っています。


参考文献・この記事を書くうえで参照した資料

今回のnote本文には文献を大量に並べず、記事の核を支えるものを3点に絞るのがよいです。

  1. Groh AM, Fearon RMP, Bakermans-Kranenburg MJ, van IJzendoorn MH, Steele RD, Roisman GI.
    The Significance of Attachment Security for Children's Social Competence with Peers: A Meta-Analytic Study.
    Attachment & Human Development. 2014.
    早期の愛着の安定性と、その後の仲間との社会的コンピテンスとの関連を80サンプル、4,441人で検討したメタ分析です。
    論文を読む

  2. Bradley H, Smith BA, Wilson RB.
    Qualitative and Quantitative Measures of Joint Attention Development in the First Year of Life: A Scoping Review.
    Infant and Child Development. 2023.
    共同注意を「他者と第三の対象への注意を協調させること」と整理し、乳児期の発達と評価研究をまとめたレビューです。
    論文を読む

  3. Piagetの認知発達段階についての参照資料
    感覚運動期、前操作期、具体的操作期、形式的操作期という段階構造、および感覚運動的探索から表象・具体的論理操作への変化を確認するために参照しています。なお、本文ではピアジェの段階論を絶対的な年齢基準ではなく、認知の質を見る一つの指標として扱っています。
    Piagetian stagesについて参照

いいなと思ったら応援しよう!