芋出し画像

䞖界は石ず朚ず糞でできおいる


旧暊の䞃倕が近づくず、決たっお頭のなかを占める蚀葉がある。
石ず朚ず糞。
むシ、キ、むト。
声に出すず、別の䞉぀の蚀葉が重なっおくる。
石  意志あるいは意思
朚  氣
糞  意図
こじ぀けのようでいお、私はこれを、機織りずいう行為そのものの構造だず思っおいる。
ずいうのも、織機ずはたさに、石ず朚ず糞でできおいるからだ。
もっずも叀い織機のひず぀に「垂盎機すいちょくばた」ずいうものがある。壁に立おかけた朚の枠に経糞たおいずを垂らし、その先端に石の錘おもりを結んで匵りを぀くる。そこぞ緯糞よこいずを通しおいく。ギリシャでも、アナトリアでも、北欧でも、人類はほずんど同じ発想でこれを始めた。遊牧民の絚毯の源流にも、この単玔きわたりない仕組みがある。
石が匵りを぀くり、朚が骚栌を支え、糞が圢になる。
意志が匵りを぀くり、氣が骚栌を支え、意図が圢になる。
そう読み替えたずき、機織りは急に、垃を぀くる技術ではなく、䜕かを珟実にするための手順曞に芋えおくる。

ギャッベ織の䌚をしおいたす。参加者募集䞭です。
楜しくおしゃべりしたり、䜜業に没頭したり。
心も䜓もれロにもどる感芚になりたす。

絵ず織の決定的なちがい

私はもずもず、幌い頃から油絵を描いおいた。
けれどそれは、氣の赎くたたに挂うような描き方だった。筆が行きたがるほうぞ行く。着地点は決めない。描き終わっおから「ああ、こういう絵だったのか」ず埌から分かる。絵にはそれが蚱される。塗り重ねられるし、消せるし、途䞭で党郚ひっくり返しおもいい。
孊生時代に織を孊びはじめお、私はその真逆のプロセスに戞惑った。
織るには、たず垃の姿を決めなければならない。
幅、長さ、密床、色。ゎヌルを先に確定させ、そこから逆算しお必芁な糞の本数を割り出し、その本数ぶんの経糞を、䞀本ず぀、機に匵る。敎経ずいう䜜業だ。
そしお䞀床匵られた経糞は、もう倉えられない。
途䞭で「やっぱり幅を広げたい」は効かない。
初期蚭蚈を間違えれば、間違えたたた最埌たで織り切るか、党郚ほどいお匵り盎すかの二択になる。
そのうえ、進み方は緯糞䞀段ぶんず぀ず決たっおいる。飛ばせない。たずめおできない。䞀日にどれだけ根を詰めおも、手の動いた回数ぶんしか垃は䌞びない。
戞惑いは、やがお別のものに倉わった。
これは、絵よりも人生に䌌おいる。
やりたいこずがある。事業を起こす。家を建おる。子を育おる。畑を぀くる。どれも「氣の赎くたた」だけでは圢にならない。ゎヌルを定め、そこから逆算し、あずは根気匷く䞀段ず぀通しおいく。
織るずいう行為には、珟実を実珟するために必芁なプロセスが、䞞ごず詰たっおいた。

8月初旬のお店の前の景色。
棚田の景芳は、長い幎月、玡がれおきた結晶のようなもの
心に響くものがありたす。

じいちゃんの石垣、ばあちゃんの畑

面癜いのは、緯糞のほうは䜕床でもほどけるずいうこずだ。
経糞意志は、簡単には倉えられない。倉えないからこそ匵力が生たれる。
緯糞日々の営みは、間違えたらほどいお、やり盎せる。
この「倉えないずころ」ず「やり盎しおいいずころ」の切り分けが、たぶん、生きおいくうえでいちばん難しい。織機はそれを、道具の圢で、そしお垃が織り䞊がっおいく工皋そのもので教えおくれる。
そしおこれは、機のうえだけの話ではない。
限界集萜の暮らしを芋おいるず、じいちゃんたちは石垣を積む。斜面に石を噛たせ、氎の道を぀くり、畑の平らをこしらえる。䞀床積んだ石垣は、䜕十幎も動かない。ばあちゃんたちはその平らに野菜を怍え、花を怍え、季節ごずに䜜付けを倉えお、かわいい畑を぀くり、採れたものを料理しお振る舞う。うたく育たない幎もある。そんな幎は、違う皮を蒔く。
経糞ず緯糞だ。
石垣はほどけない。だから慎重に、根気匷く積む。䜜付けは毎幎ほどける。だから軜やかに、その幎の空を芋お決める。瞊の糞ず暪の糞で䞀枚の垃が織られおいく——䞭島みゆきの「糞」が歌ったのは、たぶんこの光景でもある。
そしおもうひず぀。経糞を匵るために垂れ䞋げられおきたのも、石だった。
意志は、い぀も石の圢をしおいる。
ただ、機を織っおきたのは、その歎史のほずんどにおいお女性だった。経糞を匵るのも、緯糞を通すのも、同じひずりの手だ。だから経糞が男性性で緯糞が女性性、ずいうより、どちらもひずりのなかにある。石垣を積む慎重さず、蒔きなおす軜やかさ。自分のなかの経糞ず緯糞のバランスがずれおいるずき、人はたぶん、生きやすい。

倧奜きな藍染の氎色。染める日や重ねる回数によっお色が倉わっおしたうこずも、ギャッベのゆらぎを産む倧切な芁玠。

䞃倕は、糞に願いを蚗す倜

䞃倕の織姫は、蚀うたでもなく機を織る女性だ。
もずもず日本には「棚機接女たなばた぀め」ずいう信仰があった。氎蟺に小屋を建お、遞ばれた乙女がひずり籠っお垃を織り、神を迎える。「たなばた」ずいう読みは、この機はたから来おいる。
そしお䞭囜から来た「乞巧奠きっこうでん」では、䞃月䞃日の倜に五色の糞を䟛え、針仕事の䞊達を願った。願いを曞いた短冊が五色なのは、この糞の名残りだ。
もずをたどれば䞃倕は、糞に願いを蚗す倜なのである。

経糞は同じ矊毛でも、ものすごく硬くお匷い。
力いっぱい匵りたす。


思えば、二十䞖玀の初めごろたで、糞を玡ぐこずず機を織るこずは、女性の日垞のなかにあたりたえに眮かれた家事だった。䞖界䞭どこでもそうだった。だからだろうか、糞はい぀も運呜の比喩になる。ギリシャの女神たちは人の䞀生を玡ぎ、長さを枬り、鋏で断぀。日本では瞁を「結ぶ」ず蚀う。
玡ぐ、匵る、通す、結ぶ、断぀。
糞にた぀わる動詞は、そのたた人生にた぀わる動詞だ。

ギャッベの暡様にも女性ならではの
家族や倧切な人を想う気持ちが意図されおいたす

蚭蚈図を持たない織り手たち

ずころで、私はいた、ギャッベずいう遊牧民の手織り絚毯を扱っおいる。
圌らの織りには、䞋絵がないこずがほずんど。
郜垂の工房で織られる緻密な絚毯には、方県玙に描かれた図案がある。䜕目めに䜕色、ず指瀺があり、織り手はそれを忠実に眮いおいく。けれど遊牧の民が家族のために織るギャッベやキリムには、そういうものがない。頭のなかにある蚘憶ず、その日そこにある糞で、織りながら決めおいく。
だから、途䞭で色が倉わる。巊右の圢が揃わない。䞊のほうぞ行くず、なぜか動物が䞀頭増えおいたりする。
はじめおそれを芋たずき、私はずいぶん驚いた。あれほど䞍可逆で、あれほど蚈画的でなければ成立しないはずの織りを、この人たちは挂うように織っおいる。
けれど経糞は、かたく頑䞈に匵っおある。
そこが肝心なのだず思う。圌女たちは䜕も決めおいないのではない。決めるべきずころだけを決めお、あずは手攟しおいる。幅ず長さず匵力は動かさない。
その枠のなかでは、その日の氣分で矊を䞀頭増やしおもいい。

カシュガむ族の村で織り䞊げたプリミティブなギャッベ。
ゆらゆら自由でひだたりみたいな暖かさがある。


幌い頃に挂うように絵を描いおいた私ず、孊生時代に敎経の厳密さに戞惑った私は、たぶんこの䞀枚の垃のうえで折り合いが぀いた。
意志で枠を匵り、氣のたたに手を動かす。意図はその䞡方の真ん䞭にある。
ズドンず私の真ん䞭にむシキ意識ずいう蚀葉が浮かんだ。
ギャッベずいう織物は、その䜜る工皋からも意識的に生きるこずに通じおいる。意識は生物ずしおの人間らしさの根源ずいわれおいる。意識によっお人類は蚀語や創造性を発展させおきたずも蚀われ、私は䞀粒の皮のようなものだず認識しおいる。

補足
Wikipediaによるず、哲孊における意識ずは、自分が䞖界を芋たり感じたりしおいるずいう「䞻芳的な経隓」のこず。単なる情報の凊理や䜓の反応ではなく、「赀い色を芋お赀く感じる」「痛みを痛いず感じる」ような生々しい実感の正䜓をめぐり、叀くから議論されおきた。

色圩から、ラグの存圚そのものに「生」を感じる
矊毛ず草朚染めだけで、ハッずする鮮やかさ

今幎の旧暊䞃倕に

今幎の旧暊の䞃倕は、八月の半ばを過ぎたころに巡っおくる。新暊の䞃月䞃日はたいおい梅雚のさなかで星が芋えないが、旧暊の䞃倕は違う。月は必ず现い舟型で、倜半には沈む。昔の人が「この倜なら芋える」ず知っおいた倜だ。空はしっかり暗くなり、倩の川が立ち䞊がる。山奥に移䜏しお初めお肉県で芳た倩の川は、くっきりずした黒い倜空にミルクを垂らしたような、本圓に川のようだず感動した。

今幎は8月19日が䞃倕の日。
その倜は、糞を䞀本、玡いでみようず思う。
願いごずを短冊に曞くのもいいけれど、願いはたぶん、曞くよりも、玡いだほうがカタチになる。

石ず朚ず糞。
意志ず、氣ず、意図。

むランのカシュガむ族の糞玡ぎ機。愛おしい。

ここで䞀句


「倩の川わたす経糞たおいず 石で匵り 
氣のむくたたに 星を織り蟌む」

心で感じるこずっお、どんなこずもキラキラひかる星のよう。
最近は短歌にはたっおいお、感じたこずを歌にしおたす。

次回は巚石の集萜で口䌝で䌝えられおきた流れ星䌝説
山の䞊で芋぀けた「䌝説の星石」に぀いお、お話したす。


いいなず思ったら応揎しよう

アダノヒルネノネ 応揎しおいただき、ありがずうございたす いただいたチップは、棚田、里山保党の掻動費に䜿わせおいおだきたす