Netflix: Charlie Wilson's War (2007)
1979年12月24日にソ連によるアフガン進攻が始まった。背景にはイラン革命がある。イランでは皇帝が1960年代に近代化改革を進めたが、石油収入の増加とともに貧富の格差が広がるなど、社会的不満が拡大。1979年1月には、皇帝がエジプトに亡命。2月11日にはホメイニ師を指導者とするイスラム教勢力が政権を掌握するに至った。ソ連はこのイスラム革命の影響の拡大を懸念し、またアフガンの親ソ連政権テコ入れのため、進攻を開始したとされている。
このソ連によるアフガン進攻に対して、ソ連との対立拡大を避けたいアメリカは露骨に介入することを避けたいと考えた。いずれソ連の進攻は失敗するという見方がアメリカ政府内にもあった。アメリカ議会も無関心だった。アメリカが介入するとしても、ソ連の進攻に抵抗していたのが「ムジャラヒディーン」というイスラム原理主義の反政府ゲリラだったことが問題だった。となると親イスラエルのアメリカとしては、これを支援しにくい。
その状況でテキサス出身の下院議員Charlie Wisonが起こした行動が、「ムジャラヒディーン」への軍事支援につながった経緯が語られる。
CIAが計画を立てる形で秘密の予算を拡大させ、イスラエル、エジプト、パキスタンが連携して、「ムジャラヒディーン」に武器を流すことを独特の行動力で実現させたという。他方、これらの国の宗教を超えたベースにあるのはソ連の南下を食い止める点での利害に一致だろうか。当時、サダト政権のもとでエジプトは、イスラエルと和平協議を進めた時期ではある。
ただしこの映画を見ただけでは分からなかったのは、レーガン政権によるパキスタンを通じた「ムジャラヒディーン」への支援との関係である。別物なのか、重なるのか、この映画だけではよくわからなかった。
なおソ連によるアフガンへの軍事進攻は、軍事クーデター(1977年7月)でパキスタンの政権を手に入れたムハンマド=シアウルハクを脅かしていた。ハクは、逮捕していた前首相のブットに政敵を殺害を指示した容疑をかけて裁判で死刑判決を出して、国際的に助命嘆願が出る中、死刑を執行(1979年4月4日)。国際的には、その強行姿勢が嫌われていた人物。そのハクと思われる人物が映画にも登場する。
ハクはアメリカに対して、アフガンへのソ連侵攻を名目に多額の支援を要求して実現させた。このパキスタンへのレーガン政権による支援と、Charlie Wisonの映画で語られる支援との関係が今一つ頭の中で整理できなかった。
なお1985年に誕生したソ連のゴルバチョフ政権はアフガン撤退のタイミングをはかり、1988年4月のジュネーブ協定で撤退が約束された。その背景に「ムジャラヒディーン」への米国の支援により、ソ連軍の人的犠牲が増えたことがある。1988年5月15日から89年2月15日までの時間をかけてソ連軍の撤退が行われた。その間も反政府ゲリラ「ムジャラヒディーン」とソ連軍との戦闘は続いた。
コメディ仕立てで、国際政治を学ぶのも悪くない、映画の中ではトムハンクス(1956-)がすごく長身に見えた(183cmとされる)、ジュリアロバーツ(1967-)の美女ぶりも健在。
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