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あの頃は必死、今はこんなに愛おしい。〜世界ダウン症の日に思うこと〜

すっかりジェントルマンになりました

良太は今、30歳。
ダウン症のある息子です。

今でこそ、どこに連れて行っても心配はありません。
突拍子もない行動をすることもなく、
誰かに迷惑をかけることもほとんどない。
それどころか、今では私にとって頼りになる存在です。

良太は今、就労継続支援B型の作業所で働き、
平日はグループホームで生活し、週末は自宅で過ごしています。

そんな日々の中で、少しずつ自分の世界を広げながら、生活しています。

先日も、そんな成長を感じる出来事がありました。

鹿児島から、久しぶりに良太と二人で飛行機に乗って帰ってきたのです。
お行儀よく、勝手知ったる様子で搭乗して、座席に着く。

それだけでも十分頼もしいのですが、
さらに、私のことまで気にかけてくれるのです。

「大丈夫?」
「こっちやで」

そんなふうに自然に声をかけてくれる。

ああ、成長したなあ…としみじみ思いました。
すっかり立派なジェントルマンです。

これからも、どんどん行きたいところに行ってほしい。
そんなことを思いながら帰ってきました。


娘のひと言に、ちょっと拍子抜け

最近、息子の幼い頃を思い出して「大変だったなあ」と口にした時のこと。

娘が驚いた顔で言いました。

「え?良太ってそんな大変なことあった?知らんねんけど」

あれ?そうだったかな。

私が悩んだり疲れたりしているところ、見てなかった?
それとも、忘れたの?

いずれにしても、バレてないならよかった。
そんなふうに思いました。

(母の奮闘って、案外そんなものなのかもしれませんね)


じっとしていられなかったあの頃

奈美と良太は4歳違い。

良太は2歳から保育園に通っていたので生活のペースも違い、
小学校でも2年しか一緒になりませんでした。

気がつけば、それぞれの生活。

一緒に過ごす時間は、どんどん減っていきました。

そして良太はというと――
とにかく、じっとしていられない子でした。

何十年ぶりに会った保育園の先生やママ友は、
今の良太を見てこう言います。

「え?良太くんがちゃんと座ってる!逃げてない!」

それくらい、いつもどこかへ行ってしまう子でした。


「できるかもしれない」と思えた日

5歳の頃、スイミングスクールを探しました。

有り余る体力を消費させたい。
得意なことを伸ばしてやりたい。
そして何より、良太が「楽しい」と思える場所を作ってやりたい。

そんな思いでした。

でも当時は、ダウン症で知的障害のある子どもを受け入れてくれるスクールは、ほとんどありませんでした。

理由は決まっていました。
「見られるスタッフがいない」
「前例がない」

そんな中で、たった一軒だけ言ってくれたスクールがありました。

「一度体験に来ませんか?それで大丈夫そうなら引き受けます」

その言葉に、どれだけ救われたことか。

そして迎えた体験の日。

……案の定、でした。

コーチの言うことは聞かないし、ふざけるし、
他の子にちょっかいを出すし。

「ああ、これは無理かもしれない…」

正直、そう思いました。

でも同時に、
「なんとかしなきゃ」とも思ったんです。

レッスンが終わってから、良太をこっぴどく叱りました。

身振り手振りをつけて、さっきのふざけた様子をそのまま再現しながら。

「ルール守らなかったら溺れて死ぬよ!」
「お友だちが怖がるよ!」
「そしたらプールに来られなくなるよ!」

今思えば、なかなかの迫力だったと思います(笑)

でも、あの時は本当に必死でした。

次のレッスン。

良太は、ちゃんとコーチの話を聞いて、みんなと一緒に練習していました。

その時、思ったんです。

「良太は、ちゃんとわかってる」

その後、10年以上続けたスイミング。
得意は、なんとバタフライです。
メドレーで、1,000メートルは余裕で泳ぎます。


子どもたちが教えてくれたこと

そして、小学一年生からサッカーも習い始めました。

きっかけは、学校でドッジボールを蹴っている姿を見た時。

「え、うまい!」

思わずそう感じて、ちょっと感動したのを覚えています。

でも理由は、それだけではありませんでした。

もう一つ、ずっと気になっていたことがあったのです。

授業中はいいけれど、休み時間、良太はどうしているのかな。
ひとりで寂しくしていないかな。

当時は、子どもたちの間でサッカーが大流行。

もしサッカーができたら、
休み時間に「サッカーしようぜ!」って誘ってもらえるかもしれない。

そんな思いもありました。

スクールを探すと、ここでもまた一軒だけ、
引き受けてくれるところがありました。

そして始まったサッカースクール。

そこで、私はまた驚くことになります。

ふざけてしまう良太に、子どもたちが自然に声をかけてくれるのです。

「ちゃんとせなあかんで!」
「ここ並びや!」
「こうしたら上手くなるで!」

時には、
「あぶないやん!」
「それはあかん!」

と叱ってくれる子もいました。

そこには遠慮がありませんでした。

障害があるとかないとか、そんな線引きもありません。

いいことは、いい。
ダメなことは、ダメ。

とてもまっすぐで、とても自然な関係でした。

私はその姿に、何度も救われました。

そして思うのです。

2歳から通った保育園や小学校、スイミングスクールやサッカースクール。
良太は、幼い頃から本当にたくさんの人との関わりの中で、
育ててもらってきました。

家族だけではきっと経験できなかったこと、学べなかったことを、
たくさん受け取ってきたのだと思います。

いろいろな経験をすることで、何が好きで、何が苦手で、
何が楽しくて、何がしんどいのか。

少しずつわかるようになっていく。

そして、自分が心地よくいられる場所を
選べるようになっていくのではないかと思うのです。

そう思うと、あの頃、いろんな場所に連れて行って本当によかったなあと、今、あらためて感じています。

私自身も、勇気を出していろんな場所に
連れて行ってよかった、そう思っています。

正直に言えば、迷うこともありました。
大丈夫かな、受け入れてもらえるかな、と。

それでも一歩踏み出した先で、
良太を受け入れようとしてくれる人たちがいました。

あの時、受け入れてくれた場所があったこと。
関わってくれた先生やコーチ、そして子どもたち。

そのひとつひとつに、今、あらためて感謝の気持ちでいっぱいです。

そして、そんな経験の積み重ねが、
今の良太につながっているのだと思います。

良太は今も、きっといろんな葛藤を感じたり、
納得できずにもやもやすることもあると思います。

それでも、その気持ちを誰かに伝えようとしたり、
困ったときに「助けて」と言える。

そんな力を、ちゃんと持っている。

それはきっと、これまで出会ってきた人たちや、
積み重ねてきた経験の中で、育まれてきたものなのだと思います。


大変だった日々は、ちゃんと宝物になる

良太との日々は、決して楽なことばかりではありませんでした。

悩んで、落ち込んで、くたくたになって。

「もう無理…」と思った日も、何度もあります。

でも今振り返ると、不思議です。

あの頃の毎日は、とてもにぎやかで、なかなかに面白くて、
そして、とても幸せな時間でした。

まるで嘘みたいに、愛おしい記憶になっています。


世界ダウン症の日に思うこと

3月21日は、「世界ダウン症の日」。

ダウン症のある人たちが、それぞれのペースで成長し、
それぞれの形で人生を楽しんでいることを、
多くの人に知ってもらう日です。

良太もまた、そのひとり。

あの頃は「大変」と思っていた日々も、
今では、ふとしたやりとりに笑ったり、
隣で当たり前のように会話ができたり、
そんな何気ない瞬間のひとつひとつが、かけがえのない時間になりました。

そして何より思うのは――

「大丈夫。その子のペースで、ちゃんと育っていく。」

ということ。

もちろん、楽ではないし、きれいごとばかりでもない。
でも、それぞれのペースで成長して、
それぞれの形で、その子らしい人生を歩んでいく。

だから今、子育ての途中でしんどい思いをしている誰かに、
そっと伝えたいです。

「その毎日は、きっと宝物になるよ」と。

そしていつか、
今日のこの時間も、やさしく思い出せる日が来ますように。

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