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21歳、手取り20万円未満。売上と、人の死の間で悩んだ責任者時代

「あお」では、訪問介護の経験を、私が看護師を目指すまでの物語として書いてきました。

今回は、同じ時代を「ひろ」の視点から振り返ります。

働くこと。

責任を持つこと。

そして、人の生活を支える仕事にも、お金や売上が必要だという現実についてです。

■ 21歳で「責任者」になった

訪問介護の仕事を始めた頃、私は常勤のパートで、時給は800円でした。

実際の介護にやりがいを感じ、毎日が充実していました。

その後、21歳になった私は、事業所の「責任者」を任されました。

責任者になってからの仕事は、利用者さんのお宅を訪問することだけではありませんでした。

営業。

訪問介護。

介護報酬の請求業務であるレセプト。

職員の面接。

利用者さんやご家族との契約。

現場の仕事をしながら、事業所を動かすために必要な業務にも関わるようになりました。

21歳だった私には、どれも大きな責任を伴う仕事でした。

■ 仕事が終わっても、電話は終わらなかった

責任者として、私は24時間電話に対応していました。

日中だけではありません。

仕事を終えてからも、いつ電話がかかってくるか分からない。

勤務時間が終わっても、責任者としての役割は終わりませんでした。

利用者さんの生活は、事業所の営業時間だけで続いているわけではありません。

何かあれば連絡を受け、対応を考える。

21歳の私は、常に仕事とつながった状態で過ごしていました。

■ 手取りは20万円に届かなかった

営業、訪問介護、レセプト、面接、契約。

そして、24時間の電話対応。

それだけの仕事を担当していましたが、手取りは20万円に届かないくらいでした。

決して大きな収入ではありません。

ただ、当時の私は、給料だけを見て働いていたわけでもありませんでした。

自分が任された仕事を続けること。

利用者さんの生活を支えること。

一緒に働く人たちが困らないようにすること。

目の前の仕事を回すことに必死でした。

肩書きがついたからといって、急に何でもできるようになるわけではありません。

収入以上に、背負う責任の方が大きくなっていきました。

■ 売上と、人の死の間で悩んだ

責任者になると、売上を考えなければなりません。

事業所を続けるためには、利用してくれる人が必要です。

売上がなければ、職員へ給料を支払うことも、サービスを続けることもできません。

一方で、私たちが関わっているのは「売上」ではなく、人です。

訪問介護では、利用者さんの死と向き合うことがあります。

一人の利用者さんが亡くなる。

そこには、ご本人の人生があり、ご家族の悲しみがあります。

しかし責任者としては、その後に売上が減るという現実とも向き合わなければなりませんでした。

人が亡くなったときに、悲しみだけではなく、事業所の数字まで考えなければならない。

そのことに、私は悩みました。

人の死と売上を、同じところで考えてよいのだろうか。

けれど、売上を無視すれば、残された利用者さんへの支援も、働く人たちの生活も守れません。

21歳の私には、その二つをどう受け止めればよいのか分かりませんでした。

■ お金は目的ではない。でも、必要だった

訪問介護を始めた頃の私は、お金が欲しいとは思っていませんでした。

誰かの役に立てることに、十分なやりがいを感じていたからです。

しかし責任者になり、初めて知りました。

人のための仕事であっても、お金を無視して続けることはできない。

売上は、人の命につける値段ではありません。

事業を続け、必要な支援を届け、働く人の生活を守るために必要なものです。

それでも、人を数字だけで見てはいけない。

お金だけでも続かない。

気持ちだけでも続けられない。

その間で悩み続けたことが、21歳の責任者だった私の経験でした。

当時は答えを出せませんでした。

今でも、簡単に答えを出せることではないと思います。

ただ、あの頃に売上と人の死の間で悩んだからこそ、私は今も、お金の向こうには必ず人がいることを忘れずにいたいと思っています。

手取り20万円未満。

24時間の電話対応。

そして、売上と人の死に悩んだ日々。

21歳で経験した責任の重さは、その後の私の働き方や、お金に対する考え方の土台になりました。

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