何とかなるとしても、何とかしてはいけない時もある
忙しい毎日の中で、目の前のタスクやトラブルを気合いで「何とか乗り切った」経験は誰にでもあるでしょう。
たいていのことは、頑張れば何とかやれるものではあります。 もちろん、その踏ん張る力が必要な場面はありますし、それが正解な時もあります。
でも、目の前のことを「何とかしてしまう」ことを続けたことで、見逃してしまう大きな歪みがあります。
「無理した成功体験」という沼
「何とかなった」と感じると言うことは「だいぶ無理をした」ということです。
乗り切ったことは良かったけれど、無理があったと言うことは、本当なら、一度立ち止まってやり方や仕組みを見直すべきタイミングだったかもしれない。 あるいは、自分のキャパシティや考え方を根本から組み直すべき時期だったかもしれない。
それなのに気合いで乗り切ってしまうと、脳や身体には「あの時も何とかなった(何とかできた)」という「無理をした成功体験」として記憶されてしまいます。
そうすると「今回もちょっと無理すれば何とかなる」 「前も乗り切れたから大丈夫」と言う感じで、無意識のうちに「無理のパターン化」が始まります。
「今週だけ」が、延々と続いていないだろうか?
人生には、どうしても無理をして踏ん張らなければならない時期があるのも事実です。
それが「今週だけは頑張ろう」で終わるなら問題ありません。終わりが見えている中であれば「よっしゃ!」と腹もくくりやすい。
しかし、現代人が陥りやすい一番の罠は、 「今週も」 「今月も」 「今年も」 「来年も、その先も……」 と、無理してますモードのまま走り続けることが日常(デフォルト)になってしまうことです。
身体から「もう限界」「やり方を変えてほしい」とブレーキのサインが出ていたとしても、優秀で責任感がある人ほど、持ち前の「何とかする力」で「何とかしてしまう」。
その結果、ある日突然「バン!」とブレーカーが落ちて、深刻な不調が身体に現れたりします。
「何とかできる能力があること」と、「何とかし続けていいかどうか?」は全くの別物です。
だからこそ、少し立ち止まって自分に問いかけてみてください。
「何とかなるからと言って、ずっと何とかし続けていないだろうか?」
ということを。
治療家の仕事が、患者の「何とかなる」を助長させていないか?
そしてこれは、身体をケアする側の私たち治療家にとっても、常に問い続けなければならないテーマです。
患者さんの「つらい」「しんどい」をサポートするのが私たちの仕事です。 しかし臨床の現場では、まじめな治療家ほど葛藤を抱えます。
「ここで身体を楽にしてしまったら、この人はまた現場に戻って頑張り過ぎてしまうのではないだろうか?」
もちろん、目の前で苦しんでいる方に対して「ケアしない」「手を抜く」という選択肢はありません。全力で楽になれるよう手を尽くします。
ですが、これだけは知っておいてほしいのです。
施術や身体のケアは、「無理をし続けることを可能にするためのドーピング」ではありません。
痛みを一時的にごまかして、壊れるまで走り続けるためのものではなく、本来は「一度立ち止まり、自分の身体の声を聞き直すための時間」であるはずです。
乗り切る力があるあなただからこそ、あえて「何とかしない(立ち止まる・見直す・やり方を変える)」という選択肢が必要です。
連休明けの今週は、少しだけ、その気合いのアクセルを緩めてみるのもありなのではないでしょうか?
