ほんの少しだけ、こちらにカラダを預けてくれている(バイナン 79)
これは、
現役の占い師がナンパ師に弟子入りをして、
1000人の女性に路上で声をかけた体験談の連載です。
途中から読むと、よくわからないと思うので、
はじめての方は、こちらをご覧ください ↓
お勘定は、けっこうですので
渋谷で声をかけたユイさん(仮名)と
串焼きの店で飲み、2軒目にバーへ入った。
ところがそのバーでは、
酔った客同士のトラブルがあり
早々に店を出ることにした。
バーテンダーに退店を伝えると
「お勘定は
けっこうですので」
と申し訳なさそうに
お辞儀をしながら言われた。
いやいや、店が悪いわけではない
私たちはちゃんと酒も飲んでいる
「飲んだぶんは払いますよ」
財布を出そうとすると
バーテンダーは首を振った
「そのぶん、あちらからいただくので
本当に大丈夫ですよ」
そう言って、まだ口論している
奥のテーブルへ目をやった。
なるほど
それなら
ありがたく甘えることにした
これ以上ここにいて
とばっちりを食うのも嫌だ
私は、自分とユイさんの
上着や荷物をまとめて抱え
ふたりで店を出た。
今は私の半歩後ろを歩いている
外へ出た瞬間、
冷たい空気が顔にぶつかった。
「さむっっ」
ユイさんが肩をすくめる
私は抱えていた革ジャンを渡した。
ユイさんは、袖へ腕を通しながら
一度だけ店の扉を振り返った
ほんの一瞬
でも、さっきまで奥のケンカを
面白そうに見ていた時とは
少し違う目だった。
すぐに前を向いて
何事もなかったように
襟を整える
扉が閉まると
怒鳴り声は急に遠くなった
「びっくりしたねー」
ユイさんはそう言って
いつものように明るく笑った。
でも、笑ったあと
ふうっ
と、小さく白い息を吐いた
その息だけが
さっきまで身体に入っていた力を
少し外へ逃がしたように見えた。
頭の片隅には
まだ、両手の中にあった
ユイさんの顔が残っていた
頬の感触
目が合った時の沈黙
そして
あの赤いくちびる
心臓がまだ少し速いのは、店の奥で
ケンカが始まりそうになったからなのか
それとも
ほんの一瞬、ユイさんに
もっと近づきたいと思ったからなのか
……たぶん、両方だった。
隣を見ると、ユイさんは
革ジャンのポケットへ手を入れて歩いている
一軒目を出た時は
少し前を歩いていたのに
今は私の半歩後ろにいる
人の流れが途切れると
また横に並ぶ
そして、次の人混みが来ると
ほんの少しこちらへ寄る。
ダウンの裾を軽く引かれた
串焼きの店を出た時にも
もう少し話したいとは思っていた
でも、今は少し違う
話が面白いから
もっと知りたいから
……それだけではなかった。
さっき、あれほど近くで
顔を見てしまったからなのか
ユイさんの存在そのものを
少し意識するようになっていた。
「ゆっくりできるところ
行こうか」
私は、そう言って歩き出した
ユイさんは、私の顔を見た
ほんの一瞬だけ
何かを確かめるような目だった。
でも何も聞かなかった
「うん」
とだけ言って
そのままついてきた。
渋谷センター街は
相変わらず人が多い
前から来たグループを避けるため
私が少し歩幅を速める
その時だった
ダウンジャケットの裾が
後ろへ軽く引かれた。
振り返る
ユイさんが
私のダウンの裾を
指先でつかんでいた
手をつなぐわけでもない
腕を組むわけでもない
裾の端を
親指と人差し指で
ちょこんとつまんでいる
私が振り返ると
ユイさんもこちらを見た
目が合った途端、なぜか
ほんの少しだけ視線をそらした
でも手は離さない
そのまま
何事もなかったような顔で
「人多いね」
と言った
「そうだね」
私もそれだけ返した。
ほんの少しだけ、カラダを預けてくれている
再び歩き出す
ユイさんは
裾をつかんだまま
半歩後ろを歩いている
信号の手前で
人の流れが詰まった。
前から酔った男性の集団が
大きな声で歩いてくる
その瞬間
裾をつまんでいた指が
少しだけ深く布をつかんだ。
ほんの一瞬だった
男性たちが通り過ぎると
またいつもの軽いつまみ方へ戻る。
ユイさんは何も言わない
前を向いたままだ
たぶん、本人だって
意識していなかったのかもしれない
でも、口では平気そうに笑っていても
指先だけは少し正直だった。
革ジャンが似合って
女子にモテて
ガールズバンドで歌っていて
私の恋愛遍歴を
遠慮なく聞き出して
ケンカが始まれば
好奇心いっぱいで覗き込む
そんなユイさんが
今は私のダウンの裾をつかんでいる
しかも、こちらが気づいたあとも
離さない
それが妙にかわいかった
強そうな人の中にある
弱さを見つけたからではない
普段は自分で歩いていく人が
ほんの少しだけ
こちらにカラダを預けてくれている
そんなふうに見えたことが
うれしかった
私は歩く速度を少し落とした
すると、後ろにあった裾の重みが
自然に横へ移ってきた
ユイさんがまた私の隣に並ぶ
手は、まだ裾をつかんだままだった
私は何も言わず、そのまま連れだって
Bunkamuraの横にある
ファミリーマートに入った……
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