カップヌードルの「ド」が小さいワケ

カップヌードルの
小さな「ド」みたいに
気づかれにくい場所に
その人の願いが隠れていることがある
ただのデザインに見えたものが
ほんとうは遠い国へ向かうための
小さな合図だったりする。
シメのカップヌードル
先日、飲み会のあとに
近くで一人暮らしをしている友人の家へ
そのまま、なだれ込んだ。
もう1軒行くほどの元気はない
でも
このまま帰るには
少しだけ名残惜しい
そういう夜だった。
友人は冷蔵庫を開けたり
棚をのぞいたりしてから
申し訳なさそうに言った
「これしかなかったわ」
そう言って出してくれたのが
日清のカップヌードルだった
もう
その時点で勝ちである
ケトルでお湯を沸かして
フタを少しだけめくる
中から
あの見慣れた麺と
たまごと
謎肉と
エビが顔を出す
お湯を注いだ瞬間
ふわっと立ち上がる匂い
あれはもう
香りというより
記憶のスイッチだと思う
学生のころの夜食
仕事で遅くなった日の台所
コンビニの袋をぶら下げて帰った冬の夜
いろんな時間が
湯気に混じって戻ってくる。
3分待つだけなのに
妙にそわそわする
久しぶりに食べた
スタンダードなカップヌードルは
びっくりするくらい美味しかった
飲みのあとのシメとして
これ以上ないくらいのごちそうだった。
小さな「ド」が気になっていた
カップヌードルといえば
子どものころから
ずっと気になっていたことがある。

パッケージに書かれている
「カップヌードル」の
「ド」だけが小さい
シーフードヌードルを見ると
シーフードの「ド」は普通の大きさなのに
ヌードルの「ド」は
やっぱり小さい

なんでそこだけ
急に遠慮するんだろう
子どもの私は
その小さな「ド」を見ながら
ずっと不思議に思っていた。
一説には
「ヌード」と誤解されないように
あえて小さくしている
なんて話もあるらしい
余計に目立つ気もするけど
それもそれで
ちょっと面白い。
でも日清食品の説明では
英語の「noodle」の発音に合わせて
「ド」を小さく表記しているのだそうだ。
なるほど
日本語で見ていた私は
ただのデザインだと思っていたけれど
そこには英語の音が隠れていた。
商品より先に売る場所を作ってしまう
もともとカップヌードルは
ラーメンをアメリカに売り込むために
開発された商品だったという。
当時のアメリカには
どんぶりもない
はしもない
そんな国に、どうやって
インスタントラーメンを届けるのか?
創業者の安藤百福さんが考え続けていたとき
スーパーマーケットで
チキンラーメンを紙コップに入れて食べている人を見て
これだ、とひらめいたそうだ
どんぶりがないなら
どんぶりごと作ればいい
はしがないなら
フォークでも食べられる形にすればいい。
ないものを嘆くのではなく
ない前提で考える
そこから
あのカップが生まれた。
さらに面白いなと思ったのが、
カップヌードルが日本で発売されたのが1971年
その1年前の1970年には
すでにアメリカに現地法人を
立ち上げていたことだ。
まだ完成した商品が
しっかりあるわけでもない
けれど先に
アメリカで売る場所を作ってしまう。
普通なら逆だと思う
商品を作って
準備を整えて
それから海外へ行く
でも日清食品は
先に飛び込んだ
場所を作ったから
そこに届ける商品を
本気で考えざるを得なくなった。
この順番の逆転が
なんだかすごく人間らしい。
できれば整った状態で入口に立ちたい、けれど
占いの鑑定でも
似たような相談をよく聞く
「もっと自信がついたら、婚活を始めます」
「もう少し痩せたら、好きな人をデートに誘います」
「仕事が落ち着いたら、恋愛したいです」
その気持ちは
本当によくわかる。
不安なまま始めるのは怖い
中途半端な自分を見せるのも怖い
できれば
きれいに整った状態で
恋の入口に立ちたい。
でも恋は
準備万端の人だけに
やってくるわけではない
むしろ
まだ髪が少し乱れていたり
心が自信なさげに揺れていたり
言葉がうまく出てこなかったり
そんな状態のまま
誰かと出会ってしまうことがある。
そして不思議なことに
出会ってから整っていくこともある
好きな人ができたから
服を選ぶようになる
会いたい人がいるから
生活のリズムを整えたくなる
大切にされたいと思うから
自分を雑に扱うのをやめたくなる
準備ができたから恋をするのではなく
恋をしたから
準備が始まることの方が多いと思う。
必要なものは、あとからほどける
カップヌードルも
完璧な商品ができてから
世界へ出たのではないのかもしれない
世界へ出たいという思いが先にあって
その思いに追いつくように
商品が生まれた。
先に場所を作るなんて
かなり無茶に見える
でも
その無茶の中に
未来の器が用意されていた。
恋も
仕事も
人生も
似たところがある
全部そろってから始めようとすると
いつまでも始まらない
カタチだけが先でもいい
気持ちが先でもいい
少し足りないまま
始めてしまっていい
そこから
必要なものがあとから
ほどけてくることもある。
足りないものを数えはじめると
出発はどんどん遠くなる
でも
先に場所を作ったからこそ
そこに似合う自分が育つこともある。
恋も、仕事も、人生も
完成してから始まるとは限らない
少し無茶に見える一歩が
未来の器になることがある。

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