刑務所の思い出(漱石編)
刑務所ではたくさんの面白い本との出会いがあった
娯楽や情報の少ない環境もある
読書するにはこれ以上ない環境だったと思う
あれやこれの難しくて手が出なかった本も、刑務所でなら読める気がする
本気で読書のためにまた刑務所に戻ることを検討するレベル
食事も出るし、洗濯もしなくていい
風呂も号令がかかって入るし、
何も生活のことを考えなくていい
リソースを割かなくていい
最近のおれは本当に自分で生活するのが面倒なので、この環境はかなりありがたかった
(刑務所をおすすめするわけでは決してありませんが)
刑務所で出会った本について書いていく
まずは漱石
佐野洋子「がんばりません」という本を読んだら
私は「三四郎」「それから」「門」というのは、日本の恋愛の正しいあり方の基本であると思っている
漱石は「三四郎」「それから」「門」という順序で読むんだ
とあったので興味を持った
官本にちょうど「三四郎」があったので借りてみたが、
文庫本の表紙のヒロインが可愛くないことや、
解説が今一つ面白くないことから、
読むのをスルーしてしまった
その後数ヶ月が経ち、
懲罰房(やらかして罰で入れられる部屋)の官本にまた「三四郎」があり、
今度は表紙がなく、解説が古くて面白かったので、読む気になり、一週間で一気に読んだ
「小説内で起こる出来事は、クライマックスに至るまで、次々と運命のように三四郎を押しまくっていくようにできている」
というような文があったと思う
運命というのがキーワードで、読みたいと思った
本当の出会いは一期一会だと思う…
とても面白かった
「三四郎」は「青春」の語源らしく、
東京で大学生になりたくなる
「流行るものを読まないから光らない」「偉大なる暗闇」「浪漫的アイロニー」
東京のものはみんな利口で人が悪いから用心しろ
数ヶ月して、「それから」を読んだ(また懲罰房)
こちらはまた文体が違って、「三四郎」ほどのユーモアはないが、
100年前の小説と思われないほど身につまされた
最後は発狂して終わるオイディプス王
安吾は太宰のジェネリック、
太宰は漱石のジェネリック、
とは言わないが、
漱石は明らかに解像度が高いと感じた
太宰を読んでも恋愛がうまくいく気がしないが、漱石はもっと地に足がついていて、
「神経」なる人種を標榜しており、
親近感を覚えた
漱石信者
自分の神経は、自分に特有なる細緻な思索力と、鋭敏な感応性に対して払う租税である。高尚な教育の彼岸に起る反響の苦痛である。天爵的に貴族となった報に受ける不文の刑罰である。これ等の犠牲に甘んずればこそ、自分は今の自分に為れた。否、ある時はこれ等の犠牲そのものに、人生の意義をまともに認める場合さえある。
このころ断薬している
「神経」とは「諸刃の剣」であり、「鬱」その「恐怖」は「おれのものではない!」とノートに書き殴っている
他にも感動・共感して書き抜いた箇所は多いが、面倒なので終わり
「門」はまだ読んでませんが、シャバに戻ると全く読む気がしねえ…
もう失われたのかもしれない
