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マリア・コリナ・マチャドとヴェネズエラの祈り
ノルウェー・ノーベル委員会は10日、2025年のノーベル平和賞をヴェネズエラの反体制派指導者、マリア・コリナ・マチャド氏(58)に授与すると発表した。

マリア・コリナ・マチャド


マチャド氏は、長年にわたり独裁的なニコラス・マドゥロ政権と闘い、国民の自由と民主主義の回復を訴えてきた女性である。

昨年7月の大統領選でマドゥロ氏が3選を果たしたと発表した選挙管理当局に対し、マチャド氏らは不正があったと主張し、独自に集計した詳細な選挙データをインターネット上で公開し続けた。その行動は命を賭したものであり、昨年8月以降、彼女は身を隠しているという。

ノーベル委員会のヨルゲン・ヴァトネ・フリドネス委員長は、「広がる闇の中で、民主主義の炎を絶やさずに灯し続けた女性」に平和賞を授けると述べ、ラテンアメリカにおける勇気の象徴としてマチャド氏を讃えた。

マチャド氏は1967年、カラカスに生まれ、米国の名門大学で工学を学んだ後、民間企業を経て政界入りした。汚職の根絶、貧困の改善、女性の社会参画を掲げて活動を続け、幾度も逮捕や軟禁に追い込まれながらも、信念を曲げなかった。

独裁者ニコラス・マドゥロ政権


その背後には、豊かな石油資源を持ちながら貧困が蔓延し、人々が祖国を離れざるを得ないヴェネズエラの現実がある。独裁体制と腐敗が続く中で、真実を語ること自体が「勇気の行為」とされる国。彼女の闘いは、国境を越えて多くの人の良心を呼び覚ましている。

私にとってヴェネズエラは、ホロ苦い記憶がのこる国である。
まだ二十歳になったばかりの頃、移民船「サントス丸」で南米へ渡った。太平洋を越え、パナマ運河を抜け、カリブ海に出た船がキュラソーを経て停泊したのが、ヴェネズエラの首都カラカス近郊のラグアイラ港だった。

夜中の入港だったが、崖にへばりつくように灯りがきらめき、まるで宝石を散りばめたような幻想的な光景だった。

崖に張り付くスラム街


しかし夜が明けると、その灯りがスラム街の家々のものであることを知った。崖に張りつくような家々、密集した路地、裸足の子どもたち。貧困の現実が朝の光にあらわになった。

船員から「スラムへ入れば生きて帰れない」と脅かされていたが、若気の好奇心が勝ち、私は同船の青年と港周辺を歩き回った。狭い路地を登っていくと小さな広場があり、少年たちが草野球に興じていた。

彼らの仲間に加わった私を見て少年たちは、「クレメンテ!」と叫んだ。カリブ海出身でアメリカ大リーグに夢を託した英雄、ロベルト・クレメンテ。

貧困の中から夢を追う少年たちの瞳は輝いていた。私は50セント硬貨を出し、実をつけたバナナの木を指さして、もぎ取ってほしいと頼んだ。その瞬間、少年たちの目が変わった。獣のように光る眼差しに、私は危険を悟った。

港へ戻る途中、背後には大人も混じって、数十人の群れがついてきていた。息を殺しながら坂を下り、波止場が見えたとき、ようやく追っ手の影は消えた。ポケットの中に忍ばせた、キュラソーで買い求めたジャックナイフを握り締めていた手は、じっとりと汗ばんでいた。

異国の港町で、貧困が人の心をいかに変えてしまうのかを目の当たりにした体験だった。安易に貨幣を差し出した自分の愚かさを、深く恥じ入った。

それから数十年が経ち、ヴェネズエラの現状は当時よりもさらに厳しい。石油依存の経済は崩壊し、ハイパーインフレと失業が蔓延。電力も食料も不足し、人口の3分の1以上が国外に流出したという。

首都カラカス


貧しさは依然として子どもたちの未来を奪い、声を上げれば拘束される。だが、それでもマチャド氏のように希望を語る人々がいる。その姿は、かつてスラムの広場で白球を追っていた少年たちの眼差しと重なる。

マチャド氏の「闘い」は、権力を倒すことだけが目的ではない。沈黙を強いられた民衆が再び「語る自由」を取り戻すための闘いである。ノーベル平和賞は、彼女一人への栄誉ではなく、恐怖と貧困の中でも声を上げ続けた無数の無名の人々への光でもある。


崖の灯りを思い出す。
あの夜、闇の中に浮かんでいた無数の光は、貧しさの象徴でありながら、人々の生活の息づかいそのものだった。今、その崖のどこかで、マリア・コリナ・マチャドという女性の灯す小さな炎が、再びヴェネズエラという国を照らし始めている。

その光がやがて、恐怖と沈黙の夜を溶かし、自由と希望の朝を迎える日が来ることを、心から願わずにはいられない。

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