憧れはあったけれど人それぞれ
20代の頃
当時の職場の
上司から借りたCD
娘さんから薦められたらしい
いろんな職場に転職して
いろんな上司に仕えたけれど
とくに
娘さん大好きな上司だったな
単身赴任の上司は
娘さんが福岡に訪ねてくると
とても喜んでいて
娘と一緒にどこへ行った
とか
娘と一緒に何を食べた
とか話をよくしよんしゃった
我が父も
単身赴任のときがあったが
職場で
娘と~
なんて話は
絶対してないやろうな
と今記しながら思った
我が父は
THE 昭和の父
そんな
娘がどうのこうの言うわけない
そもそも…
例えば…
私が高校受験のとき
私が高校を受験することも
私の受験校も
知らなかった
とか
中学生の頃
叱られたとき
容赦なく
吹っ飛ばされて
あたりどころがわるく
病院へ行った
とか
そんな感じの我が父
※私の反抗期の時期の行いがかなりよろしくないことも一理由にある
娘を溺愛するパパに
憧れはあったが
憧れで終わった
今は
父と娘の
適度な付き合いをしている
と思っている
Automatic
宇多田ヒカル
~♪~
抱きしめれると
君と Paradise にいるみたい
(歌詞一部抜粋)
~♪~
宇多田ヒカルさんのデビュー曲**「Automatic」は、1998年12月9日にリリースされ、当時の日本の音楽シーンに絶大な衝撃を与えた金字塔的な名曲です。
当時、彼女はまだわずか15歳**でした。
この曲がなぜこれほどまでに伝説となったのか、いくつかのポイントに分けてご紹介します。

1. 日本の音楽シーンを変えた「本格派R&B」
それまでのJ-POPとは一線を画す、アメリカ仕込みの本物のR&B(リズム・アンド・ブルース)のビートを取り入れたサウンドが特徴です。
日本語を英語のように聴かせる独自のグルーヴ: 日本語の歌詞を独特のメロディラインとリズムに完璧に乗せ、当時のリスナーや音楽関係者に「こんな歌い方があったのか」と衝撃を与えました。
15歳とは思えない表現力: 作詞・作曲を宇多田ヒカルさん本人が手がけており、思春期の揺れ動く恋愛感情を瑞々しく、かつ大人びた視点で描いています。
2. 社会現象となった大ヒット
「Automatic」は両A面シングル『Automatic / time will tell』として発売され、驚異的な記録を打ち立てました。
売上枚数: 累計出荷枚数は255万枚を超え、ダブルミリオンを記録。
オリコン1位未獲得での歴代1位: 実はオリコン週間シングルチャートでは最高2位(8cm盤・12cm盤の合算はでは実質1位相当の週もありますが、当時の集計ルール上)であり、「オリコン1位を獲得していない楽曲」として歴代1位の売上を誇ります。
この曲が収録されたデビューアルバム『First Love』は、日本国内で約765万枚、全世界で約1,000万枚近くを売り上げ、日本国内のアルバム歴代チャート1位という、現在も破られていない不滅の金字塔を打ち立てています。
3. 伝説的なミュージックビデオ(MV)
「Automatic」といえば、あの独特なミュージックビデオを思い浮かべる方も多いのではないでしょうか。

低すぎる天井と黄色いソファ: 画面の高さが非常に低く設定された空間(天井が低い部屋)の中で、宇多田ヒカルさんが中腰になりながら、体を揺らして歌う姿がとても印象的です。
シンプルゆえの説得力: 派手な演出やCGを使わず、彼女の圧倒的な歌唱力と存在感だけで魅せる構成になっており、当時の視聴者に強烈なインパクトを残しました。
日本のポップス史における「前・後」を分ける境界線になったと言っても過言ではない、まさに歴史的な1曲です。
~♪~

最後まで目を通して下さり、
ありがとうございました✨m(_ _)m
